人生100年時代。「人生最後の職場を探そう」と、シニア転職に挑む50、60代が増えている。
しかし、支援の現場ではシニア転職の成功事例だけでなく、失敗事例も目にする。シニア専門転職支援会社「シニアジョブ」代表の中島康恵氏が、今回はDXのリスキリングで誕生する残念な“ハイテクもどき中高年”について解説する。
急速に聞き馴染みのある言葉となったリスキリング。中高年のキャリアにプラスとなるケースもあるものの、残念な中高年を生み出す場合も……。中高年の転職に詳しい筆者が、リスキリングとその残念な実態を紹介する。

残念な「ハイテクもどき中高年」が急増中。リスキリング、生成A...の画像はこちら >>

リスキリングは実際に効果あるのか?

リスキリングという言葉は日本でもだいぶ浸透した感がある。2022年に当時の岸田首相が「5年で1兆円を投資する」と宣言し、現在では企業が利用できるものから個人が利用できるものまで、リスキリングに関する様々な補助金、助成金、給付金などが存在する。

なかでも東京都の「DXリスキリング助成金」はストレートなネーミングだが、このように、他のジャンルの知識・スキルの学び直しではなく、DX(デジタルトランスフォーメーション)に関連した知識・スキルを中高年に提供するリスキリングが主流となっている。

デジタル技術を用いた産業の成長への期待や、そこでの人手不足に対し、デジタル技術に弱いイメージのある高齢者を中心にリスキリングを提供することで戦力化し、活躍や労働移動を促そうという意図だろう。しかし、政府の意図通りに大活躍できるようになる中高年はごく一部にとどまると思われる。むしろ、なかには残念な“ハイテクもどき中高年”へと変身し、期待とは違った方向で活動し始める人もいる。

今回はそんな“ハイテクもどき中高年”の実例も紹介しながら、リスキリングに失敗した場合の未来を解説しよう。

中高年がリスキリングをしても企業が評価しない

さて、そもそもDXのリスキリングでは、どういった内容が学べるのだろうか?

リスキリングには、企業が所属している社員や新たに採用した社員向けに提供する講座・研修や、個人的に学ぶ講座・研修があり、どちらにも公的な補助金、助成金、給付金などが対応している。個人が受ける講座に限れば、数十万円の講座に公的な給付金が適応され、10万~20万円前後の実質負担となるものが多い。


個人向け講座はDX関連に絞っても、プログラミング、AI、Webデザイン、動画制作、データ分析など様々なものがある。内容だけでなく、期間や受講方法も、長いものから短期集中、夜間や土日のみのもの、オンラインのものから対面のものまで様々だ。講座の中には、転職支援(人材紹介)がセットになったものや、フリーランスとしての独立支援メニューがセットになったもの、カリキュラムの中で実際に仕事を受注できるものなど”ゴール”のあり方も様々なパターンがある。

しかし、多くの求職者を支援し求人企業のニーズを知っている立場から述べると、若手ならばともかく、中高年がこうした講座を受けたとしても、求人企業は受講歴をそこまで評価しない。受講だけの知識よりも、企業は実務経験を評価するためだ。

関連仕事がなければスキルもすぐに忘れる

また、企業が新規採用や既存の社員向けに提供するリスキリングの場合は、なおのこと効果が不明瞭だ。

というのも、企業が社内に提供するリスキリングも多くが外部委託され、へたをすると慎重な打ち合わせもないままに”丸投げ”されることもある。もちろん中には適切に準備されたものもあるだろうが、本当に個々の社員に本当に合ったカリキュラムが提供されているかは疑わしい。

そもそも、社内提供のリスキリングが中高年のプラスになるかは、その内容より提供後、つまりその後の仕事内容や、仕事をする社内環境が大きく影響する。新たに得た知識・スキルに合わせた新たな仕事が与えられなければ、学んだ知識もすぐ忘れてしまう。場合によっては、1回のリスキリングで終わりとせず、段階的・継続的な学びを提供し続けることも有効だろう。

Webデザインを学んだ社員ならばWebデザインを扱う仕事を、データ解析を学んだ社員ならばデータ解析を行う仕事を与えなければ、本当の意味でスキルが身につかないし、仕事がないのにリスキリングだけ中高年に提供しても転職を促すきっかけづくりにしかならない。

中には放っておいても自分で仕事を作ったり提案したりする猛者もいるかもしれない。
「DX関連の新事業を作れ」のような無茶な指示でも、背伸びしてものにする猛者もいるのだろう。しかし、大半の中高年は何も仕事に活かせないか、個人のデジタルライフが少し豊かになるレベルだろう。

口だけの怪しいハイテクもどき中年の誕生

そうした意味のないリスキリングがきっかけで、知ったかぶりで口だけの怪しい“ハイテクもどき中高年”が誕生することもある。

たとえば、自分自身ではデジタルを何も扱えず、実務はすべて部下任せであるものの、知ったかぶりをしながらデジタル領域にも口だけは出す“残念な上司”。ほかにリテラシーの低い相手に間違った怪しい営業や提案を次々仕掛ける“ニセモノの専門家”。そういった社員は、実はリスキリングが広まる前からしばしば誕生しているのだ。

DXのリスキリングで誕生した事例はまだ少ないが、過去のデジタル系の研修や勉強で誕生した事例も含めて紹介しよう。

あちこちの会社で高頻度で目撃されるのが「自分では何もしないシステム開発部長」だ。いや、正確には部下への指示だけはする。あと、なぜか会議もやりたがるし、さらに上層部へのおべっかも惜しまない。しかし、システム開発で自身の手を動かすことはない。ウチの社員や求職者の中にも、前職などでこうしたシステム開発の管理職を見かけたという人は多い。

また、頻繁に営業をかけてくるWebマーケティング関連会社に多いのが「間違った方法、または古い方法をアップデートできないマーケター」だ。


SEO(検索エンジン最適化)も、リスティング広告も、SNS運用も、変化の速度は非常に早く、過去に効果があった手法でも効果がなくなったり、かえって悪影響となったりすることが多い。だから担当者は頻繁なアップデートを求められるが、そのアップデートができないまま、古くなった手法をゴリ押しする中高年は多い。

筆者の会社にもSEOを目的としたのであろう相互リンクの依頼が頻繁に届くが、そうした中には、Googleがガイドラインで明確に違反とするような、海外の悪質なリンクスパムサービスからリンクを購入しているサイトも見られる。一部にはいまだにこうした海外からのリンク購入を対策のメニューに入れている中高年のSEOコンサルもいるというのだからひどいものだ。

生成AIブームでニセモノ専門家も登場

2022年11月に米オープンAIが対話型の生成AI、Chat GPTを公開して以降、特に生成AIの分野で急増したのが「たいした専門知識のないニセモノ専門家」である。

それ以前も、システム導入のような事前に結果が見えにくい領域や、SNSのような活用ハードルの低い領域では、本当に専門知識を持っているのか疑わしい自称専門家やニセモノが大量発生していた。しかし、専門知識がなくともソフトウェア開発すら可能にし、またそのユーザー増加速度が桁違いだった生成AIの分野ではニセモノの発生度合いも桁違いだった。

2023年頃は、単に「生成AIを率先して使っている」というレベルの実績も怪しい中高年が、Chat GPTが出たばかりであるためだろうか講師として大きいイベントに登壇しているのを頻繁に見たものだ。その後、こうした中高年は急速に失速したが、今でもSNSやオウンドメディアでは、自分はさも最先端であるかのような投稿を続けている人が多いので要注意である。

実際の中高年の転職市場で評価されるITスキルやリテラシーは、そういったものとは異なる。

例えば、筆者の会社のテレホンアポインターの仕事に、小売店舗の販売職を長年勤めていたシニアが就職したことがあったが、この人はタイピングなど不慣れなPCスキルを、前もってハローワークの講座に通って高めてから応募してきた。

販売職だったのでコミュニケーションスキルに問題はない。
しかし、テレホンアポインターとはいえ、アナログなメモではなく、PCでの入力は必須。そのために、不足スキルの底上げを図った心意気は十分なもので、その後は社内システムにもスムーズに習熟し、長い期間、テレホンアポインターの中核として活躍した。

中高年の学びでは、これまで培ったものや、眼の前で求められるものを無視した関係ない内容を学んでも効果が薄い。また、継続的・実戦的に学び続けるのではなく、学んだ知識を無理やり価値に変えようとする姿勢は逆効果となるだろう。

残念な「ハイテクもどき中高年」が急増中。リスキリング、生成AIのブームの功罪
シニア専門転職支援会社「シニアジョブ」代表の中島康恵氏


【中島康恵】
50代以上のシニアに特化した転職支援を提供する「シニアジョブ」代表取締役。大学在学中に仲間を募り、シニアジョブの前身となる会社を設立。2014年8月、シニアジョブ設立。当初はIT会社を設立したが、シニア転職の難しさを目の当たりにし、シニアの支援をライフワークとすることを誓う。シニアの転職・キャリアプラン、シニア採用等のテーマで連載・寄稿中
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