信州大学特任教授の山口真由氏は、この構図を「政治vs中央銀行の神経戦」とみる(以下、山口氏の寄稿)。
金融エリートらの試練。アベノミクスの遺産をどう処理すべきか?
ポリティクスは、常にエコノミクスを脅かす。中央銀行は政府からの独立が求められるが、「物価」という庶民の生活を直撃するものを司るがゆえに、常に政治からの横槍が入るのだ。そして、アベノミクスによって大量に買い込んだ国債やらETFやらが結構な足枷になっている日銀の現状は、トランプ政権からの圧力に揺らぐFRBに、何らかの教訓となるのだろうか。日銀がETFの売却を決めた。異次元金融緩和の一環として購入したその総額は、9月19日時点でなんと東証プライム市場時価総額の8%にまで上る。当然、その売却は株価の下落要因となる。市場の混乱を避けるため、なんと100年以上かけてちょびちょびと売るのが日銀の計画だそうだ。そう、“アベノミクス”──当時の首相の名を冠した肝いり政策は、間違いなく日銀の軛になっている。いまは市場が強気だからよい。

日米の中央銀行にとって正念場
そしていま、海の向こうではFRBのパウエル議長がトランプ政権からの圧力を受けている。景気後退が懸念される局面で、予防的な利下げによってソフト・ランディングを試みる──。そんな繊細な超絶技巧が求められる作業の過程で、FRBは市場だけでなく、より大規模な利下げを求めて攻撃を仕掛けてくる政権とも対峙しなければならないのだ。トランプ大統領は、SNSでパウエル議長を罵倒するだけでは飽き足らず、自身の分身を理事としてFRBに送り込もうと躍起になっている。大手に市場、搦め手に政権という二方面での神経戦を余儀なくされるのは、日米を含めて、古今東西の中央銀行に共通の難題だろう。さて、日米の中央銀行ともここが正念場である。トランプ関税でさらに不透明になった未来を見据えながら、日本は異次元金融緩和を終わらせて利上げに踏み切る局面だし、米国は逆に利下げによって来るべき景気後退局面を乗り切らなくてはならない。市場も不透明なら政治も不安定である。
考えが違っても互いに尊重できると示してほしいのだ。それが分断にあえぐ日米の希望になると思うから。
<文/山口真由>
【山口真由】
1983年、北海道生まれ。’06年、大学卒業後に財務省入省。法律事務所勤務を経て、ハーバード大学ロースクールに留学。帰国後、東京大学大学院博士課程を修了し、’21年、信州大学特任教授に就任