―[その判決に異議あり!]―

 性同一性障害の当事者が戸籍上の性別変更を求めた審判で、札幌家裁は10月、手術なしでの性別変更を認めた。現行法が求める「外観要件」を憲法違反と判断したもので、法律の生みの親である故・大島俊之氏の理想がようやく実現に向かっている。

“白ブリーフ判事”こと元裁判官の岡口基一氏は、この「性別変更で手術要件を違憲判断」について独自の見解を述べる(以下、岡口氏の寄稿)。

札幌家裁が「手術なしでの性別変更」を認める。元裁判官が語る、...の画像はこちら >>

手術の「強制」は人権侵害だ!法律家が社会を動かした勝利

 性同一性障害の当事者が戸籍上の性別を変更するためには、現在の法律(性別変更特例法)では2つの手術をしなければならない。例えば、男性が女性になるには、生殖不能になるために精巣を切除し、さらに、性器の外観が女性に見えるよう陰茎を切除しなければならない。

 しかし、自らの本来の性に戻るために手術を強いられるのは問題だ。手術を望まない当事者もいるし、手術ミスは身体・生命の危険をもたらしかねない。憲法13条は国民に幸福を追求する権利を認めているが、性別変更特例法のこの手術要件は、この権利を侵害するものではないか。

 ’23年に最高裁大法廷は、生殖不能要件について憲法13条違反との判断を下した。この判決を勝ち取った申立人代理人弁護士は、「ゲイ夫夫弁護士」として知られる南和行弁護士と吉田昌史弁護士である。

 しかし、まだ外観要件が残っていた。札幌家裁は今回取り上げた事件で、外観要件についても憲法13条違反とし、何の手術もしていない当事者の性別変更を認めた。同様の判断が全国の家裁でなされており、これで5件目となる。

 この結論を一番喜んでいるのが、故・大島俊之教授(後に弁護士)だろう。’03年の性別変更特例法の制定のために奔走した、この法律の生みの親である。


 自分が生みの親となった法律が憲法違反だと指摘されたのだから、気分を害しているのではないかと読者は思われるかもしれない。しかし大島教授も、本当はこんな手術要件を入れたくなかっただろう。

性別変更後の公衆浴場、スポーツ競技

 ’03年はまだLGBTが公然と差別されていた時代だ。もっとも人権感覚に優れた活動家ですらLGBT問題には関わろうとせず、存在そのものが無視されていた。欧米とは異なり同性婚が実現するかもわからないようなこの国で、この時代にこの法律ができたこと自体が奇跡と言っていい。

 それは大島教授が指導的な論文を発表し、数名の当事者と共に立ち上がり、多くの与党議員を説得して回った成果だった。

 それなのに今では、この法律の制定は大島教授の熱心な働きかけで実際に法案作成に携わった与党議員らの手柄とされてしまっている。ウィキペディアの性別変更特例法のページには議員らの名は出てくるが、大島教授に関する記述は一切ない。あたかも歴史から消し去られたかのようにだ。だから、読者の皆さんには今回の裁判を機に、ぜひ大島教授の名も覚えておいてもらいたい。

 そして弁護士夫夫もそうだが、法学者や法律家はこうして社会を大きく動かすことができることも知ってほしい。俺は今、伊藤塾という司法試験予備校の講師をしているが、法律家を目指す若者たちに対し、伊藤塾の沖縄スタディツアーなどの機会にそういう話もしながら、日々勉強を教えている。


 なお、この問題と、性別変更をした後に公衆浴場やスポーツ競技でどちらの性として扱われるかという問題は、必ずしもリンクしない。本来の性と身体の性のどちらにするか、その問題ごとに社会通念や公平の見地も踏まえ、個別にルールを決めていけばいい。その議論も法律家が関与して進めていってもらいたい。

<文/岡口基一>

―[その判決に異議あり!]―

【岡口基一】
おかぐち・きいち◎元裁判官 1966年生まれ、東大法学部卒。1991年に司法試験合格。大阪・東京・仙台高裁などで判事を務める。旧Twitterを通じて実名で情報発信を続けていたが、「これからも、エ ロ エ ロ ツイートがんばるね」といった発言や上半身裸に白ブリーフ一丁の自身の画像を投稿し物議を醸す。その後、あるツイートを巡って弾劾裁判にかけられ、制度開始以来8人目の罷免となった。著書『要件事実マニュアル』は法曹界のロングセラー
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