ジャーナリストの森田浩之氏は、DAZNが今大会で独占配信を選ばなかった背景には、W杯というコンテンツの特殊性があるとみる。映画やドラマと違い、W杯は「みんなで見る」ことで価値が高まるイベントであり、だからこそ「DAZNが最後まで手放さなかったのは、『みんなで見る』というW杯の価値だった」と指摘する(以下、森田氏による寄稿)。
DAZNはなぜW杯を独占しなかったのか
まもなく開幕するサッカーのワールドカップ(W杯)で、不思議なことが起きた。日本で全104試合の放映権を獲得した英スポーツ動画配信大手のDAZN(ダゾーン)が、独占配信を選ばなかったのだ。独占していれば、多くのサッカーファンが加入しただろう。ビジネスだけを考えるなら、そのほうが合理的なはずだ。だが今大会では日本戦をはじめ、主な試合は地上波テレビで見ることができる。なぜDAZNはテレビとの共存を選択したのか。
ヒントになるのが、3月のワールド・ベースボール・クラシック(WBC)だ。大会は米Netflixが日本で独占配信した。配信サービスにとっては理想的な成功例だろうが、不満の声も大きかった。SNSには「日本代表の試合は誰でも見られるようにすべきだ」という意見があふれ、大会後にはスポーツイベントの無料中継を促す「ユニバーサルアクセス権」に関する議論も活発化してきた。
考えてみれば不思議な話だ。映画やドラマが独占配信されても、人々は怒らない。だが、日本代表の試合となると話は別だ。見たい人だけが見ればいいコンテンツではなく、多くの人が一緒に楽しむものだと考えられている。
W杯は試合だけでなく「みんなで見る」ことで完成する
W杯の商品価値は試合そのものだけでなく、「みんなで見る」ことにもある。だから閉じたサービスの中に囲い込むと、かえって魅力が薄れてしまう。なぜなら、人々が同じ試合を見て同じ話題を共有する社会現象だからだ。日本が勝てば東京・渋谷に若者たちが集まり、見知らぬ同士だというのにハイタッチを交わす。そんな「一夜限りの共同体」さえ生み出すパワーが、このイベントにはある。
しかもW杯は、テレビ時代が終わった今でも「テレビの王様」だ。FIFA(国際サッカー連盟)によれば、前回’22年カタール大会の試合を従来型のテレビで20分以上見た人は世界で約22億人。決勝だけの数字でも、テレビ観戦した人は12億人近くに達し、赤ん坊も含めて地球上のほぼ7人に1人という計算になる。
DAZNジャパンの笹本裕CEOは、今後の配信サービスでは「独占で見せる競争」が弱まるという見通しを語っている。配信ビジネスにとって、独占は最高の武器だった。だがW杯だけは、独占すると価値が下がる。
DAZNが最後まで手放さなかったのは、「みんなで見る」というW杯の価値だった。
【森田浩之】
もりたひろゆき●ジャーナリスト NHK記者、ニューズウィーク日本版副編集長を経て、ロンドンの大学院でメディア学修士を取得。帰国後にフリーランスとなり、スポーツ、メディアなどを中心テーマとして執筆している。著書に『スポーツニュースは恐い』『メディアスポーツ解体』など
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