東京出身の看護師Akiさん(42歳)が「おうち」と呼ぶのは、キャンピングカー(キャラバン)だ。彼女は派遣先のオーストラリア各地の医療現場を渡り歩き、仕事先がそのまま生活圏となる暮らしを送っている。
現在はクイーンズランド州ケアンズから車で約7時間、グレートバリアリーフに近いエアリービーチという場所が彼女の「住処」である。
いわば、「住所不定ナース」といったところか。
一見すると、旅と仕事がシームレスに混ざり合う自由なライフスタイルだ。ただ、この暮らしをもう少し覗いていくと、「自由」という言葉だけでは回収できない現実と彼女の価値観が見えてくる。
オーストラリアで「住所不定ナース」になったきっかけ
海外生活に憧れたきっかけは拍子抜けするほど「普通」なものだった。「もともと、洋楽好きの姉、洋画好きの母の影響で外国ってかっこいい!というイメージがあったんです」
当時、東京で看護師として勤務していた彼女はワーキングホリデーの年齢期限が迫ってきた29歳の時にオーストラリアに渡った。ワーホリ期間中、現地の生活に馴染み友人たちと築き上げた日々に、彼女は確かな手応えを感じていた。「私でも海外で生活ができた」。そう実感して一度は帰国したが、なぜか心は満たされなかった。
「ワーホリは、良くも悪くも『いいとこ取り』の期間。何かに深くコミットしなくても成立してしまう。帰国しても胸の奥がずっとウズウズモヤモヤしていました。このまま終わっていいのか、と。
「自分には無理だ」という思いと「今しかできない挑戦があるのではないか」という思い。後者が勝った瞬間、彼女は英語の学習に没頭し「オーストラリアで看護師」という新たな道へ本格的に舵を切った。
その後、オーストラリアの大学に進学し、キャンピングカー生活を共にするパートナーと出会うことになる。
キャンピングカー生活の始まり
「住んでみたら、楽しかったんです。お互いにこの不便さが全くストレスにならなかったんですよね。周りからは『普通の人は耐えられないんじゃない?』と心配されましたが、私たちは不思議とうまくいきました」
パートナーと常に同じ空間にいることは、ストレスにならないのか。そう聞くと、Akiさんは笑ってこう返した。
「距離は近いですね、物理的に(笑)。
イラっとすることはありますよ。なぜ片付けないのか。なぜ元に戻さないのか。
ただ、それは家の広さに関係なくどこで暮らしても起きる普遍的な問題だと達観している様子だった。
移動生活の裏側にある、地味で切実なインフラ事情
順調に見える生活の裏側には、トラブルもつきものだ。
「キャンピングカーの水道管が漏れたり、給湯器が真冬に壊れたり、窓が壊れて開かなくなったりと、不具合が立て続けに起きることもありました」
オーストラリアの田舎には「なんでも直すおじさん」のような人がいて、地元民の助けに支えられることもあるという。
Akiさんが暮らす車内には備え付けのトイレがあるが、一般的なトイレとは大きく異なる。
「便器の下に排泄物を溜めるカセットタンクが設置されていて、自分たちで処理する必要があります」
排泄物の処理は道路沿いやキャンプ場に設置された「ダンプポイント」と呼ばれる専用の廃棄場所で行う。これは決して気持ちの良い作業ではないが、キャンピングカー生活を送る上での「責任」だとAkiさんは語る。
毎回“はじめまして”の医療現場で働くということ
赴任先は小規模な病院が多く、8~10ベッド程度のクリニックや、介護施設が併設された場所が中心。都市部とは異なり、田舎になると患者数もスタッフの数も少なくなる。
この生活の最大のメリットは、自分でスケジュールを管理できること。
「仕事も遊びも充実した『大人版ワーホリ』です。タスマニアの離島で働いた時は最高でしたね。休みの日は同じ派遣ナースたちとハイキングやBBQを楽しみました。自分の行きたい土地の希望を出すことも可能です」
デメリットも当然ある。毎回「はじめまして」の環境に飛び込む気疲れは小さくない。病院の物の場所も、その土地のルールも、すべてゼロからのスタート。
時には、僻地での勤務も経験する。車で6時間走っても隣町にたどり着かないような場所では、天候ひとつで陸の孤島と化す。
では、そうした環境にどうやって馴染んでいくのか。
Akiさんが大切にしているのは、患者やスタッフの「名前を呼ぶ」というシンプルな行為だ。
「まず相手の名前を呼んでから話す。それだけで距離が縮まるんです。もし忘れてしまったら、ごまかさずに正直に聞くようにしています」
こうした関わり方は、Akiさんにとってはごく自然な習慣だという。同業の看護師の中には「派遣ナースに対して抵抗感を表す現場もある」と言う人もいるそうだが、Akiさん自身はそのような雰囲気を強く感じたことはあまりないという。どの現場でも比較的スムーズに受け入れられている印象のほうが強いそう。彼女の明るい人柄や関わり方の丁寧さが空気を変えているのかもしれない。
また、オーストラリアの医療現場は基本的に分業制が敷かれており、都市部の病院では看護師は看護業務に集中できる環境が整っている。
「レントゲンの誘導はヘルパーさん、採血は検査技師が担当します。すごく合理的で、精神的な負担は日本よりかなり軽いですね」
一方で、僻地や小規模医療の現場では、看護師がキッチン業務を担うことも含め、職種の垣根を越えた小さなチームで現場を回すこともある。それもまた、僻地医療ならではの醍醐味のひとつだという。
不安は「排除する」ものではなく「受け入れる」もの
Akiさんの答えは、迷いがなかった。
「不安になることはありますよ。でも、家を持っていてもローンに追われる不安はあるし、どこにいても人間って、結局なにかしら不安を抱えて生きていると思うんです」
彼女は不安がない状態を目指しているわけではなかった。
「解消されるかどうかもわからない不安を心配し続けても仕方ないなって思うんです。だから、『あ、いま不安なんだな』って、そのまま認めるようにしています。不安をなくすんじゃなくて、一緒に持っていく感じですね」
不安を消すのではなく、抱えたまま日常を進む。そのスタンスは、無理に前向きぶるでもなく、かといって立ち止まるわけでもない。
「東京で働いていた頃の自分に声をかけるとしたら?」
少し間を置いて、
「……『道は開けるよ』って言いますね。あの頃の時間も、ちゃんと今につながっていたので。振り返ると、あの頃はすでに今の状況のスタート地点だったのかもしれない」
とAkiさんは語った。
次なる冒険は「海」!?
「実はパートナーが『次は船で暮らそう』と言って、船の写真を見せてくるんですよね」
どこまで本気なのかはわからない……と言いながらも、冗談として受け流すでもなく、現実の選択肢のひとつとして淡々と受け止めている。
仮にいつか定住して家を買ったとしても、結局また車や船の中に住んでいるかもしれない、そう笑う彼女の言葉から伝わってくるのは、「どこで生きるか」ではなく、「どう生きるか」を自分で選び続ける姿勢だ。
次に住む場所は、まだ決まっていない。
それでも「住所不定ナース」としての彼女の暮らしは、明日もどこかで誰かを支えながら続いていく。
<取材・文/服部暁美(海外書き人クラブ/オーストラリア在住ライター>
【服部暁美(海外書き人クラブ)】
オーストラリア・シドニー在住。世界100ヵ国以上の現地在住日本人ライターの組織「海外書き人クラブ」会員。
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