―[東大卒作家・布施川天馬の教育キャリア通信]―

 みなさんは普段からどれほどAIに頼っていますか?
 または、AIにどれほど仕事や居場所を奪われたと感じるでしょうか。

 アメリカではすでに反AIの活動が激化しており、データセンター建設への反対運動が起きたり、反AI団体が立ち上げられたりと、一概に肯定的な感情をもって受け入れられているわけでもなさそうです。


 AIの良いところは、素人でもそれなりの結果が出るところ。悪いところは、それなりの結果しか出ないところ。逆を言えば「それなり」でいい人にとっては、欠点が認められない最高の相棒になります。

 AI時代で問われる本当の価値について考えます。

AIで妥協する親が、子どもを「どんどんバカにする」理由。10...の画像はこちら >>

「AIっぽいデザイン」が何かわからなかった

 私は、今でも毎週のように高校現場にお邪魔して読解力の養成講座を行っています。

 もちろん高校生の彼らが退屈しないように色々な例を織り交ぜながら話すのですが、それだけではきっと退屈になってしまう。だから、手を動かしてもらうためにワークシートを作成して送ります。

 ですが、私にはデザインセンスがない。やりたいとも思わない。

 なので、先日はGoogleが提供するGeminiに頼んでワークシートの枠組みを作ってもらいました。

 自分が作るよりは遥かにカラフルで、満足のいく出来。早速社内に共有したところ、思いがけない一言をもらいます。

「布施川さん、これちょっとAIくさすぎませんか?」

 私は、その資料がAIくさいと感じられませんでした。
むしろ手作りよりよっぽどマシでいい出来だとすら考えていた。それが「AIくさい」と一蹴されてしまった。

 これは、私の能力の低さもさることながら、「デザイン」への造詣の浅さが如実に出た出来事だと感じます。

 例えば、私は現在、ライター志望の大学生の面倒を見ていますが、彼らは臆することなくAIを利用して記事を仕上げてくることがあります。

 もちろん、こんなものは文筆を仕事にしている人ならば、一瞬で見抜ける。

 でも彼らは「このタイトル・構成・文章って、おかしいですか?」と、何がおかしいかすら気付いていないのです。

AIはその人の「審美眼」を浮き彫りにする

 AIの作る成果物は、いつでも65点にすぎません。

 だからこそ品質が安定しているともいえますが、逆に言えば「65点でいいや」と感じる人にとっては、自分で作業するより、それどころか、下手なプロに依頼するより優れた選択肢に見えてしまいます。

「下手なプロに依頼するより」とは失礼な言葉に思われたかもしれません。

 ですが、皆さんの周りにも「回らない寿司なんて味がわからないから、いらない。自分は回転寿司で十分」と語る人はいませんか?

 一貫100円の寿司と1000円の寿司では、クオリティに天と地の差があります。ですが、「回転寿司でいい」人にとっては「100円でも1000円でも変わらない」としか認識できないのです。

 高い雑貨屋や専門店には行かず、百円均一やそれに近しいところで食器や雑貨を買って満足する人もいるでしょう。


 そうした人に「専門店に行けば」と勧めると、彼らは決まって「いやいや、百均で十分だから」と笑います。

 AIが浮き彫りにしたのは、私たちの審美眼そのものでした。

 自分が熱を注いでいる分野以外について、人は65点以上の鑑定がなかなかできません。

 私だって、AIの書いた文章が生でそのまま出てきたなら100%見抜く自信がありますが、AIの作ったプレゼン資料とかを出されたなら、きっと間違える自覚があります。私自身のセンスが65点に達していないからです。

65点が世の中にあふれるとどうなるか

「でも、生活に満足しているならそれでいいじゃないか」と思われた方もいるのではないでしょうか。確かに、一見すれば「本人が幸せならそれでいい」ようにも見えます。

 しかし、私にはこれが恐ろしい分断を生み出すようにしか思えません。

 先述した「回転寿司でいいや」という人や、あるいは「百均で十分」という人達は、高級な専門店に足を運ぶでしょうか?

 きっと「回転寿司(百均)でいい」からこそ、わざわざ高い値段を払おうとはしなくなるのではないでしょうか。

 実際、私自身も、今の会社の社長にすしざんまいでお寿司をおごってもらうまでは、「寿司なんて回転寿司で十分だろう」と考えていました。回らない寿司なんて見たことすらなかったのに。

 ですが、実際に食べてみると、その差は歴然でした。

 ここで、初めて私は「自分の見えない場所にも広大な世界が広がっている」ことを知ったのです。


 人が新天地に足を踏み出すのは、現状に不満を持つからでしょう。だから、地方から東京へ引っ越す。勉強してハイレベルな学校を受験する。

 ですが、AIは安易な65点をあらゆる分野でバラまきます。「これでいいや」と思うが最後、それより先の世界を知る気がうせてしまう。

 一方で、「85点や90点を知る人々」は、わが子に「85点と65点の違い」を認知させる教育を施すでしょう。主に、ハイクラスな事物へアクセスできるハイソな富裕層だけは「本物」を知っていく。

 ミドルクラスより下はAIの作った安易な代替物ばかりを追いかけて、どんどんバカになっていく。

中間層がいなくなる未来

「65点でいいや」という人は、せいぜい65点しか生み出せません。

 でも、同じ65点を出力するなら、病気にならず、文句を言わず、休まない機械のほうが圧倒的に優秀です。だから、仕事がどんどん奪われていく。

 教育格差・経済格差など様々言われてきましたが、今後は親世代が意識して世界を広げようとする知的好奇心を身につける必要性が一層生じてきました。

 さもなくば、子どもの世代の格差がこれまでの数十年の数十倍以上に広まってしまうでしょう。


「大人になってからも親が勉強している家庭」と、それ以外との差が浮き彫りになるのは、きっとそう遠くありません。

 あと10年もすれば、中間層がすっぽりといなくなり、僅かな超ハイレベル層と、大多数の下位層に分かれるはずです。

「本物の価値」を無視し続けた人間の末路

 ただ、これは今の若者や現役世代だけが悪いのかと問われれば、私にはそうも思えません。これは、社会が見て見ぬふりをしてきたつけが、今回ってきただけのことだからです。

「職人技は高いし、たかだか魚の切り身を飯に載せただけの料理に数千円~数万円はもったいない。そもそも大した味の違いはない」。だから、回転寿司が人気になった。

「専門店だと割高で、そうおいそれと使いつぶせない。どうせ消耗品なんだから、こだわりなんていらない」。だから、百均がもてはやされた。

「伝統芸能や工芸品なんて、どこかの金持ちが守ればいい。自分は安価な代替品で十分だ」。
だから、伝統は廃れつつあります。

 AIに代替されて職を失いかけているとすれば、それは「人間を雇うなんて割高だし、病気になったり文句を言ったり管理が面倒くさい。だから、AIでいい」と経営者層が判断した結果にすぎません。

 だって、どうせ85点の出力をしても、それがわかる人間なんてごく一握りに過ぎないのですから。

 それなら、安価に65点を量産したほうが経済的です。85点を出せる人間は、85点がわかる人向けの仕事をしてもらえばいい。味音痴にミシュラン掲載店のフルコースはもったいない。

 もちろん「人間ならではの温かみ」「人にしか出せない価値」もあるでしょう。これまでも「手作りの価値」は散々訴えられてきました。

 ですが、それを無視し続けてきたのもまた、我々自身です。「情けは人の為ならず」と言いますが、私たちはこの身をもって教えを体感する羽目になってしまったのかもしれません。

<文・布施川天馬>

―[東大卒作家・布施川天馬の教育キャリア通信]―

【布施川天馬】
著述家、教育ライター。
教育メディア「未来図」副編集長。一般財団法人「ドラゴン桜財団」評議員。 1997年生まれ。世帯年収300万円台の家庭に生まれながらも、効率的な勉強法を編み出し、一浪の末東大合格を果たす。著書に最小コストで結果を出すノウハウを体系化した『東大式節約勉強法』、膨大な範囲と量の受験勉強をする中で気がついた「コスパを極限まで高める時間の使い方」を解説した『東大式時間術』など。株式会社カルペ・ディエムにて、お金と時間をかけない「省エネスタイルの勉強法」などを伝える。MENSA会員。(Xアカウント:@Temma_Fusegawa)
編集部おすすめ