「アニメや文化が大好き」「日本に行ってみたい」
外国人が日本語を学ぶ理由として、まず思い浮かぶお馴染みの理由だ。

だが、アメリカで長年、日本語教師をしている久美子さんに話を聞くと、彼らが日本語を学ぶ動機はそうした“定番”を遥かに超えていた。
なぜアメリカ人は日本語を勉強しているのか。語学の先にある彼らの意外すぎる日本観、そして日本人が気付けないリアルな本音に迫った。

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久美子さんは、アメリカの首都ワシントンD.C.の日本語学校で教師を務めた後、現在は、政治家や官僚、研究者らも多く暮らす首都近郊の街で、アメリカ人を相手に日本語の個人授業をしている。日本語教師歴は30年以上。アメリカだけでなく、日本や中国でも外国人に日本語を教えた経験があり、これまでの生徒数は優に300人を超える。現在は、首都近郊を拠点に、約20人の生徒に日本語を教えている。

画面越しのマンツーマン授業

なぜアメリカ人が日本語を学ぶのか? 学んで見えた“意外な姿”「日本社会には台本がある」
パソコンの画面上で授業をする久美子さんとエリーさん
ある週末の夜、授業を見学させていただいた。

「日本語の授業」と聞けば、教室でホワイトボードを前に授業をしている姿を想像するかもしれない。ところが、久美子さんの授業は違う。生徒はアメリカ各地や日本にもいるため、原則として1対1のオンライン授業なのだ。

この日の生徒は、ウィスコンシン州在住のエリーさん。

「今日はテレビで何を見ましたか?」

久美子さんが話す日本語を、パソコン画面上に映るエリーさんが繰り返す。日本語では「テレビ」だが、英語ではテレビ=TVなので、「ティービー」と発音する。
この独特のカタカナ言葉をエリーさんはゆっくりと発音を確かめながら、覚えていく。久美子さんは、エリーさんと共有しているアプリ画面に、カタカナで「テレビ」とタイプし、音だけでなくビジュアルでも説明する。

エリーさんは、助詞の「で」「を」も、丁寧に発音し、一文を繰り返す。

久美子さんとエリーさんの会話を中心とした授業は続く。

「エリー、今の会話の中に、敬語の表現はいくつあった?」

久美子さんが質問する。エリーさんは、会話の中に登場した敬語を確認しながら、その使い方を学んでいく。この日は、さまざまな会話文を話したり、読んだりして、1時間の授業を終えた。

久美子さんによると、この日の授業の内容は、エリーさんが12月に受験する予定の日本語能力試験のための文法項目の復習だという。

「日本の伝統を壊さないで」アメリカ人が惹かれた社会の調和


なぜアメリカ人が日本語を学ぶのか? 学んで見えた“意外な姿”「日本社会には台本がある」
久美子さんの言葉に耳を傾けるエリーさん。12月の日本語能力試験に向けて熱心に学ぶ
目下、試験勉強中のエリーさんだが、日本語を勉強し始めたきっかけは、若い頃に日本人の友達ができたことだという。その後、日本に住んでいる高齢者とペンパル(文通友達)となり、手紙のやり取りが楽しくなった。もっと日本語を勉強し、日本人の友人を増やしたいと思うようになったという。

その後、日本を訪れると、日本について書かれた本で読んだ考え方やマナーが、実際の日本社会にも存在しているように感じた。

「本で知った社会の調和が、現実の日々の暮らしの中にもありました」

エリーさんは、日本文化と接するうえで大切なのは「社会の調和を理解し、ルールやマナーを守る外国人として、その文化を尊重すること」だと考えている。


そんなエリーさんが、日本人が思っている以上に、アメリカ人も評価している日本の文化・習慣として挙げたのが、「いいとこどり」だ。外国の良いところを取り入れ、自分たちの文化に合わせる考え方を「すごいと思っている」と話す一方、「外のものを何でも取り入れ過ぎると、日本の伝統が壊れてしまうので、諸刃の剣に感じる」とも語った。

「日本には、伝統と社会の調和を守ってほしい」

そして、日本語を学ぶ理由も、友人を作るだけではなく、最近になって変わったという。

「完全な日本人を目指す必要はありません。社会のルールを尊重し、調和を支えることに役に立つ外国人でいられれば、それで幸せです」

そんなエリーさんだが、昨年、日本を訪れた理由は、「初詣に行って写真を撮りたかった!」からだそうだ。

きっかけは桜。今では、日本の田舎とサバの塩焼きをこよなく愛する女性

久美子さんの生徒には、桜の美しさが日本語を学ぶきっかけになったアメリカ人もいる。

エマさんは5歳の時、両親に連れられて首都ワシントンD.C.を訪れた。その時に見た桜の美しさに感動し、忘れられなかったという。そこから桜について調べるうちに、日本文化にも興味を持ち、自然と日本語を学ぶようになった。

これまで日本には3回訪れたことがある。初めて日本を訪れた際には、最初の夜に納豆を試しておいしいと感じた。
その後、日本の魚も大好きになったという。一番のお気に入りは、「サバの塩焼き」だそうだ。

そんなエマさんは、見聞きした日本と、実際に経験する日本は違うと語る。

「日本語を勉強したり、日本に実際に行ったりしないと、日本の文化がいかに深いかは理解できません。リサーチしたり、日本映画を英語の字幕で観たりして、ある程度は理解できます。でも、日本で、日本語で直接経験するのとは大きな違いがあります」

エマさんが日本を訪れる時に楽しみにしているのは、東京や京都のような大都市ではない。地方や田舎を訪れ、そこで見る景色や自然だ。

なぜアメリカ人が日本語を学ぶのか? 学んで見えた“意外な姿”「日本社会には台本がある」
日本旅行中、美しい景色に囲まれて笑顔を見せるエマさん(本人提供)
「そこで現地の人と日本語で交流した時、日本語を学んでいてよかったと思います」

エマさんも、日本語能力試験を受けたいと考えている。自分の力を確かめ、試してみたいからだという。目標は、もっと難しい日本語の本を読めるようになることだ。

「自分の目標なので、日本語を学ぶことに、ますますやる気が出ています」

「日本社会には『台本』がある」アメリカ人が感じた窮屈さ

別の生徒、スージーさんは、アニメなどをきっかけに、好奇心から日本語を学ぶようになった。だが、今では、その理由は哲学的な問いへと変化したという。日本語を学ぶ過程で、「英語を使う普段の自分」と「日本語を使う自分」の割合が、大きなテーマになったそうだ。


例えば、スージーさんは日本に滞在した際、日本社会には、人々が共有している「文化的な台本」のようなものがあると感じたという。日本のコンビニでは、店員と客のやり取りがかなり予測できる。

それは安心感を与える一方で、「台本」から外れることや、「台本」がないことに慣れているアメリカ人にとっては、窮屈にも感じられる。

では、日本語を学んだスージーさん自身は、その「台本」をどう感じるのか。それが、彼女にとっての問いになった。

一方で、スージーさんは、こんな率直な理由も口にする。

「バーで知らない人とおしゃべりするのが好きだから、日本語を覚えないわけにはいかなかった」

京都のホステルでの悔しさから一転、日本企業で働くまでに

久美子さんの生徒の中には、念願かなって、現在、日本で暮らし、日本企業で勤務しているアメリカ人もいる。マーティンさんがそうだ。もともと日本に特別な関心があったわけではなく、「ちょっとやってみよう」という軽い気持ちから日本語を勉強し始めた。

転機は、約10年前の初訪日だった。旅行中、京都のホステルで出会った高齢の日本人女性が、英語をほとんど話せないにもかかわらず、一生懸命、自分と会話しようとしてくれた。その姿勢に感銘を受ける一方、自分は日本語がまったくできず、相手の努力に応えられないことを申し訳なく感じたという。帰国後、真剣に日本語の学習を始めた。


日本語でのコミュニケーションで、最も分かりにくいのは「間接性」だと話す。英語なら比較的はっきりと言える「ノー」も、日本語では、どう伝えるかを学ぶ必要がある。それだけでなく、「ノー」と言うことで生じる含意や影響、相手や場の空気の読み方まで学ぶ必要があるという。

キリシタン大名から利き酒まで!首都エリアに集まる多様すぎる動機

久美子さんのもとには、実にさまざまな理由で日本語を学ぼうとするアメリカ人がやってくる。その背景はまさに百人百様だ。

・日本人の祖父と日本語で会話がしたい14歳の少年。
・柔道の黒帯5段で、日本の柔道仲間と話したい60代の女性。
・瀬戸内海を自転車で横断しながら日本を楽しみたいという夢を持つ男性。
・日本語の書体のビジュアル(フォントや習字)に魅せられた、博物館勤務の女性。
・戦国時代に生きたキリシタン大名・高山右近に関する日本語の文献を読めるようになりたい男性。
・ワインと焼酎の卸売業者に勤務し、出張で年に2回は日本を訪れ、利き酒をする女性。

学ぶほどに変わっていく「日本語を学ぶ理由」

なぜアメリカ人が日本語を学ぶのか? 学んで見えた“意外な姿”「日本社会には台本がある」
画面の向こうの生徒たちへ優しく語りかける久美子さん
月に1回程度じっくり授業を受ける生徒もいれば、週2回のハイペースで受ける人もいる。

生徒から「先生、どうしても単語が覚えられません」と弱気な発言が出ると、久美子さんは明るくこう返す。


「そりゃ、そうですよ。10個やったら8つは忘れるのよ。2つ覚えていればいいんです」

久美子さんは、生徒の人生に寄り添い、なるべく長い間、一緒にいられたら嬉しいと微笑む。

「生徒の人生の一部を伴走しているようなものです。一人ひとりの学習の役に立つ教師でありたい」

日本語を学び始めるきっかけはさまざまだ。しかし、学び続けるうちに、当初の興味が「日本社会をもっと深く理解したい」という思いに深まる。そして、日本の見え方も変わってくる。“日本語を学ぶ理由”には、それぞれの人生と、日本への深い愛着が映し出されていたのだった。

<取材・文/阿部貴晃>

【阿部貴晃(海外書き人クラブ)】
アメリカ在住のジャーナリスト。日系メディアのワシントン支局で20年以上、国際関係を中心に報道し、ホワイトハウスや米国の政治・社会、国際情勢を取材。2025年4月よりワシントンDCを拠点にフリージャーナリストとして活動。日米関係やワシントンDCから見たアメリカについて執筆している。世界100ヵ国以上の現地在住日本人ライターの組織「海外書き人クラブ」会員
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