俳優の内野聖陽(56)は痛みとともに前に進む男である。24日にスタートしたテレビ朝日系連続ドラマ「PJ~航空救難団~」(木曜・後9時)は、救難活動の精鋭部隊として知られる航空自衛隊の航空救難団が舞台。

訓練生が取り組む苛烈な課題を見守り、時には熱く導く型破りな主任教官役を演じている。教えを示し、若者たちをリードする役柄だが、内野自身は「失敗体験で強くなってきた」と回想。苦しみながら進んだ俳優人生で感じた「救い」についても語った。(宮路 美穂)

 子どもの頃、海で溺れかけたことがある。「海水浴に行っていて波にのまれたんです。小学校低学年か、もっと小さかったか…。『このまま死ぬんじゃないか』かと思ったときに、おやじがガッとつかんでくれた。印象深い記憶ですね」。差し出された腕が脳裏に焼き付いている。最初に「救われた」思い出だ。

 インタビュールームに姿を見せた内野は、スッキリとした短髪姿で、ジャケット越しにも鍛えられている姿が分かる。劇中で演じている主任教官・宇佐美は「命だけでなく心も救う」という志を持つ役どころ。

人命救助の最後の砦(とりで)と呼ばれる「パラレスキュー・ジャンパー(PJ)」を目指す訓練生を導く教官だけに、説得力を増すべく訓練やトレーニングにも励んだ。

 「えりすぐられた肉体能力の高い人たちによるエリート集団。訓練シーンを撮るのに訓練生が下手ではダメなので、選抜試験の懸垂や腹筋など、規定のせめて半分はできるようにと監督が宿題を出したんですよ。それはやっぱり自分自身にも言われているな、とも思って…。減量をしないと懸垂もできませんので、筋肉をつけながら体重も落としていきました」

 劇中では懸垂下降(ラペリング)シーンも演じたが「一切CGなしです。最初は位置につくとゾワゾワっとしますよね。ビルの端っこに立っているような感じです」。実際の自衛隊員とも対面し、並々ならぬ覚悟を受け取った。「命を救えるか、救えないかで2つに分かれるシビアな世界。特に救難現場は一番過酷で、海保や山岳救助隊が出動できないような大しけの海や吹雪(ふぶ)いた山のような理不尽な自然に立ち向かう。逃げずに心技体を磨き上げていく人たちの姿っていうのは、いろんな方に通じる話だと思うんですね。普遍的な訴求力があると感じました」

 新年度を迎え、教えられる立場から教える側になる人もいるだろう。

「僕は教える仕事ではなく、演じる仕事ではありますが…」と恐縮しつつ「今回、教官を演じてみて思ったのは、教えるということは『知らない世界に連れていく』みたいな感じですかね。人の限界っていうのは、みんな自分で勝手に思っちゃってるんですけど、限界以上のところにも実は世界がちゃんとある。広い視野の中で導いていくみたいな存在ですかね」と「教え」の本質について分析する。

 「ただ、僕個人として思うのは…」と内野は生真面目に続けた。「誰かに教えてもらう、教わるというよりは、自分で実際にたんこぶを作って、血を流して擦り傷を作りながら、痛い思いをして(経験を)獲得していくということが一番大事なんじゃないかと思います。『なるべく失敗させてあげる』というのも大事な教えなのではないかと。今は安全第一で、けがする前にこれをやればいいと助言してしまうけど本当はけがをして、たくさん失敗しなよ、とも感じますね」

 自身も、痛みとともに進んできた。「たとえば映像って結構待ち時間が多いので、勝負シーンに気持ちを高めて持っていく。でも、それがまだ下手くそな時代は待ち時間で疲れ切ってしまって、いいパフォーマンスができなかったこともあった」と苦い記憶がよみがえる。「僕自身も、成功体験より失敗体験で強くなってきた気がします」

 たくさんの試行錯誤があるからこそ、内野が演じてきた数々のキャクラターは血が通った、豊かな人間像となって広がりをもたらす。「キャラクターを役者人生に置き換えてみるというのはよくしますね。あとはイメージとして捉えること。

僕は、今回の宇佐美教官は夢に火をつける男だと思っている。今や配信でテレビコンテンツも海外の作品と並べられてしまう。自衛隊というのは、やっぱり日本を守る組織ですし『日本の自衛隊ってこんなものなのか』って思われたくない」と並々ならぬ思いで作品作りに向き合っている。

 表現の世界で0から1を創り出すのはしんどい作業だ。それでも内野は立ち向かう。「ものを生み出す過程って、安産であることはほとんどなくて、ものすごく苦しい。苦しんだ末にできあがったものを『どうですか』とお客さまに見せて『面白かった』とか『感動した』とか『明日から頑張れる』といった言葉を頂いたときに、本当に救われたという気持ちになりますね。僕の人生、救われてることだらけだと思います」

 大学在学中に俳優の道を志して33年。青年はたくさんの経験を手に入れて56歳になった。説得力ある演技と背中で引っ張る求心力でベテランと言われることも増えたが、当の本人は「欠落感を持って、不完全な状態でハングリーな心を持ったほうがいいと思っているんです」と今でも発展途上であると語る。

 「『俺、まだ本当に素人なんだ』という部分をどれだけ持ち続けられるか。人生は出会いでしかないですし、来たチャンスを徹底的に面白がって膨らましていけたらいい。

俺の辞書にない役だなと思うとうれしくて、燃えてくる。そうやって重ねていきたいですね」。転び、ぶつかり、もんどり打って傷をいっぱい作りながら前に進む。その先に待つ誰かの笑顔や感動に、内野はこの先も救われ続けていくのだろう。

 ◆内野 聖陽(うちの・せいよう)1968年9月16日、神奈川県生まれ。56歳。早大在学中の92年に文学座研究所に入所し、93年のNHKドラマ「街角」で映像作品デビュー。96年のNHK連続テレビ小説「ふたりっ子」の出演で人気を博す。2007年のNHK大河ドラマ「風林火山」主演。主な代表作にTBS系「とんび」、テレビ朝日系「臨場」、テレビ東京系「きのう何食べた?」など。13年に本名の「まさあき」から「せいよう」に改名。

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