俳優の渡辺謙(65)は「風来坊の役者」を自認している。好奇心が刺激されたら、国境も言葉や文化の壁も軽々と飛び越える。
フランス時間の5月18日。渡辺は「国宝」が世界初上映されたカンヌ国際映画祭で、6分間に及ぶスタンディングオベーションの熱狂に包まれ、「心に響く人間ドラマに国境はない」と実感した。今をときめく吉沢亮(31)、横浜流星(28)と並んでも、歓声に応える「世界のワタナベ」の存在感は別格だった。
歌舞伎を題材にした「国宝」で演じたのは、上方の名門の当主・花井半二郎役。「40年くらいのキャリアで、いろんな場所に行って、ドラマ、映画だけでなく、舞台も経験している。喜びも、苦しみも、悩みもある。そういう中で、底にたまった澱(おり)みたいなものが醸し出せたら」と撮影に臨んだ。作品全体のグレードを押し上げるオーラは、悪戦苦闘しながら積み重ねたキャリアからにじみ出たものだ。
約4か月間、基礎からみっちり稽古して豪快な毛振りが印象的な歌舞伎舞踊「連獅子」に挑戦した。「衣装を着込んで、着込んで、さらに着込む。『俺はガンダムか!?』と思いましたよ。(184センチで)身長が高いので、通常より毛を10センチほど長くして、首ではなく腰で振りました。息が切れてアップアップになるし、音楽に合わせるのが難しかった。やっぱり歌舞伎俳優はすごいですね」と感心しきりだ。
半二郎は、父を亡くした喜久雄(吉沢)を引き取り、息子の俊介(横浜)と同じように芸を叩き込む。「亮も流星も決して一人ではできなかったと思う。2人がシーソーのようにパワーバランスが揺れ動く中で、お互いを見つめ合いながら役を作っていった」。それぞれの印象については「亮は闘志を内に秘めるタイプ。それに対して流星は闘志をむき出しにする。対照的で面白いなと思いましたね」と明かす。
李相日(リ・サンイル)監督とは「許されざる者」(2013年)、「怒り」(16年)に続いて3度目のタッグとなる。吉田修一氏の原作を読み、あまりにも壮大な物語に「これを映画化するのは無理だ」と思っていたが、「無謀な挑戦をした李(監督)の情熱に乗っかりたい」と出演を決意。「李の作品は小手先では通用しないのは分かっているので、無理にひねり出そうとせず、そこにちゃんと立つように準備をして臨みました」と振り返った。
歌舞伎で重視されている「芸の継承」は、渡辺自身も経験している。山崎努(88)と共演した1985年の舞台「ピサロ」が「役者を一生の仕事にする」と決意したターニングポイント。20代の若手俳優だった渡辺はインカの王・アタウアルパ役を演じ、スペイン将軍・ピサロ役の山崎に対し「挑戦的でしたね。横綱に何度倒されても、ぶつかっていく新米力士のようでした」。35年の時を経て2020年に渡辺がピサロ役、宮沢氷魚(31)がアタウアルパ役で再演された。
「歌舞伎の継承とは少し違うけど、まなざしをつないでいく感じかな。僕が山崎さんを見ていたまなざしと同じように、若い連中が僕のことを見てくれたらいいな、と思います」。宮沢とは「べらぼう」で再共演。親子役で「氷魚は透明感がある。
ハリウッド映画「ラストサムライ」で米アカデミー賞助演男優賞にノミネートされ、ミュージカル「王様と私」で英ウェストエンド、米ブロードウェーの舞台に立った。輝かしい実績が注目されがちだが、決して順風満帆な役者人生ではない。「しんどい、きつい、そういうのは基本だから。逆境は平常運転。作品を成功させるための前提条件。どんな困難も、やり遂げた時の喜びに凌駕(りょうが)される」と心得ている。
キャリアは約40年。「そこら辺からポッと出てきた野面(のづら)の役者ですけど、縁と運に恵まれて、今がある。求められたら、どこにでも行く。
上機嫌の理由は、仕事の充実だけではない。大ファンである阪神の好調ぶりを「大きな故障者がいない。藤川球児監督のマネジメントがうまくいっているということでしょうね。やっぱり彼のメジャー経験が大きいと思いますよ。(優勝も)いけるんじゃないかな」と分析。特に巨人戦には8勝4敗と勝ち越しているが、「岡本(和真)選手が離脱してますから、不可抗力ですよ。報知さんには謙虚に、そう言っておきます」と愛嬌(あいきょう)たっぷりに笑った。
取材を終えると「じゃあ、秋にまた会おう!」。
◆渡辺 謙(わたなべ・けん)1959年10月21日、新潟県生まれ。65歳。演劇集団「円」出身。84年に「瀬戸内少年野球団」で映画デビュー。87年にNHK大河ドラマ「独眼竜政宗」に主演。