アントニオ猪木さんらとの激闘で知られ、日本でも人気が高い米プロレスラーのハルク・ホーガンさんが24日、米南部フロリダ州で死去した。71歳だった。
超人の異名を持ち、「プロレス史上最も成功したレスラー」といわれた男が天国へ旅立った。
77年にデビューし、79年にテレビドラマ「超人ハルク」にあやかり現リング名に変更。80年からは新日本プロレスに参戦し、故・アントニオ猪木さんの好敵手として熱戦を繰り広げた。
豊かな口ひげと頭に巻いた赤いスカーフがトレードマーク。胸に「一番」と書かれたTシャツを着て「イチバーン!」と雄たけびをあげる決めポーズで日本でも根強い人気を博した。
得意技は曲げた右腕を相手にたたきつけるアックスボンバー。83年、第1回IWGP決勝戦で、猪木さんに見舞って失神KOに追い込んだシーンは大きな話題となった。84年、WWF(現WWE)ヘビー級王者に。その後も同団体の中心レスラーとして活躍し、世界最大のプロレス団体に成長する立役者となった。2005年にWWE殿堂入りした。
1982年に大ヒットした米映画「ロッキー3」やドラマ「特攻野郎Aチーム」では俳優を務めた。映画やテレビ番組にも多く出演し、プロレス界の枠を超えたスターとなった。昨年の大統領選では共和党候補のトランプ氏を支援し、7月の党大会ではTシャツを引き裂くおなじみのパフォーマンスを交えて演説した。今年4月には自身をコミッショナーとする新たなプロレス団体の創設を発表していた。
かつては愛妻家で知られ、2000年代には長女で歌手のブルック・ホーガンさんら家族との暮らしを描いた人気リアリティー番組「Hogan Knows Best(邦題・ハルク・ホーガン一家のハチャメチャ私生活)」でも話題になったが、のちに不倫により離婚。12年にはプライベート動画が流出して訴訟を起こす騒動も。息子は交通事故により服役するなど、晩年の私生活は決して順風満帆ではなかった。