デビュー35周年を迎えたバイオリニストの葉加瀬太郎(57)が、6日にベストアルバム「TARO HAKASE THE BEST OF 35 YEARS」を発売する。再録音した代表曲「情熱大陸」への思いや、国内外のビッグアーティストとの共演など、「ロックンロールなバイオリン人生をやってきた」という、これまでの歩みを語り尽くした。

(堀北 禎仁)

 笑みを絶やさず、時折交える大阪弁で会話を盛り上げる。葉加瀬のサービス精神が不思議と周囲に伝播(でんぱ)していく。さながらパワースポットのようだ。

 今年でデビュー35周年。「年を重ねてくると、皆さんに祝っていただいているような、くすぐったい気持ちの方が大きいですね。実感がないです」と照れた。

 ステージでのパフォーマンスは、40歳を超えた頃を境に変えていったという。「若い頃は舞台の上をいっぱい走り回っていたけど、そういうふうに演奏していると長持ちしない。派手に弾きまくるより、そんなに動かなくても音楽が伝わるように演奏に集中していくというように考え始めた」。大好きなお酒も「毎晩飲み明かすのは諦めた」そうだが、「僕の音楽を聴いて楽しんでくださる気持ちは変わってほしくないなあ」としみじみ語った。

 本番前のルーチンも変えていない。コンサート当日は5~6時間前に会場入りして、まず2時間ほどマッサージを受け、サウンドチェックを経て、またマッサージ。

「ステージに上る15分前までベッドの上にいる。トイレに行って髪の毛を整えてメイクして着替えて、気がついたらステージの真ん中に立ってる。僕が何も考えなくていいという意味で時間割通り。それをやらないとステージに立てないですね」

 35年のキャリアにちなんで、ベスト盤には35曲を収録した。「できる限り各アルバムから1曲ずつ選んだ。恥ずかしいところも含めて、成長してきた過程を(聴いて)いただければうれしい」

 一方で、自身の代表曲でもあるTBS系ドキュメンタリー番組のオープニング曲として親しまれてきた「情熱大陸」は、2020年からツアーに同行する羽毛田丈史(ピアノ)や屋敷豪太(ドラム)らとのスーパーバンド「THE LADS」で新たにレコーディングを行った。「今の時点での決定打を作っておきたかった。この曲がもともと持っているラテンのフィーリングを前面に打ち出した」という華やかな仕上がりだ。

 オリジナル盤は、作曲した1998年当時に住んでいたアパート周辺の雑音が入っていたことから、番組スタッフには「何度も再録音を提案していた」という。

 「『情熱大陸』は、やればやるほど面白い曲。コンサートでもこの曲を演奏しないことはまずないし、やらないで帰ったら怒られる自覚もある。書いてきた曲は自分の子供のような感覚を持つんですけど、この曲はもう自分で作ったという感覚がないんです。

親元を離れて独り歩きしている」

 同番組のエンディングを飾る「エトピリカ」は、23年発表のトリオバージョンを収めた。「1クールで終わると思ってました」という番組が四半世紀を超え、すっかり長寿になったことに触れ、「毎週毎週かかる曲なんて、ないですから。あの子はラッキーな子。皆さんに浸透していったことで、こいつも親の手を離れちゃった」と笑った。

 大阪・吹田市の団地に生まれ、4歳からバイオリンを始めた。窓を開けて夜遅くまで練習する葉加瀬少年を、団地中が応援してくれた。「鍵がかかっていない家ばかりでおおらかな時代。みんなの応援も感じてたし、その環境がなかったら音楽にのめり込んでなかった」

 18歳まではクラシック一辺倒だったが、東京芸術大への入学直後にセックス・ピストルズのコピーバンドに触れ「音楽の扉がバーンと開いた」。上京して初めてのアルバイトは、近藤真彦の明治座公演「森の石松」での演奏だった。「ワンステージ3000円でした。本番の後に飲んで終電がなくなると、(練馬区上石神井の)学生寮に帰れなくなる。帰れたとしても赤字です。

一銭も残らなかった」と懐かしんだ。

 バックバンドを務めるなかで衝撃だったのは、89年に来日したフランク・シナトラ。葉加瀬らは何十曲も練習して何日もリハーサルに臨んだが本人は当日まで現れず、出番寸前にリムジンで会場入りして美声を響かせていったという。「信じられない体験。夢のまた夢。もう桁外れ。20歳そこそこでそんなの見ちゃったら脳みそバグるよね」

 97年にソロ活動を開始し、今も年間約100回のステージに立つ。「365日のうち、300日近くは家の外にいる。バッハの時代から、音楽家は旅をして自分の音楽を届けるんです」。07年には「いつか住んでみたかった」というロンドンに移住。日英を行き来する生活を続けている。

 96年から3年間、世界ツアーに帯同した歌手のセリーヌ・ディオン(57)とは同い年。

昨夏のパリ五輪開会式で難病と闘いながら「愛の讃歌」を歌う姿に勇気をもらった。葉加瀬が顔面に異変を感じたのは、その直後だった。

 「朝起きたら突然、左目がしばしばする感覚で。ラジオの収録で毎回記念撮影をするんですけど、スマイルがうまくいかない」。その後、顔面神経まひの症状が出る「ラムゼイハント症候群」と診断。顔の左半分が全く動かなくなり会話もままならなかったが、直後の全国ツアーを執念で完走した。発症から約1年がたち「まだ不自然な感じは残ってますけど、90%以上は治っている」と回復傾向だ。

 今年も9月6日からベスト盤を引っさげての全国ツアーが始まる。「5年先や10年先は考えたところで分からない。自分の中でちょっとずつ小さな革命を起こすつもりで、やりたいことにどんどんトライしていく」と目の前のステージに集中する。

 18年に開校したオンラインのバイオリン学校「葉加瀬アカデミー」では、演奏の楽しさを広めている。「自分で開拓してきた音楽の道だったので、人に教えてたまるかと思ってた」という葉加瀬だが、22年には母校の東京芸術大で客員教授に就任するなど後進育成に本腰を入れ始めた。

 「世界の音楽界を担っていけるようなバイオリン弾きを育てたい。そういう活動にものすごく夢を持ち始めています。年を取ったのかもしれないけど、応援して引っ張ってあげたい。少しでも伝えてあげられることがあるのなら積極的にやっていきたい」

 音楽を通して、いつでも誰かのそばにいる。葉加瀬太郎はどこまでもエンターテイナーだった。

 ◆葉加瀬 太郎(はかせ・たろう)1968年1月23日、大阪府生まれ。57歳。4歳でバイオリンを始める。東京芸術大在学中の90年に弦楽トリオ「クライズラー&カンパニー」を結成。96年の解散後はソロを中心に幅広く活動。2022年に東京芸術大、24年に相愛大の客員教授に就任。今年は画家デビュー30周年記念の個展も開催。

夫人は女優の高田万由子。

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