プロボクシングWBC&IBF世界バンタム級統一王者・中谷潤人(27)と同じM・Tジムに所属する日本&東洋太平洋スーパーフェザー級5位の神足(こうたり)茂利さんが今月2日の試合後に意識を失い、8日に28歳の若さで亡くなった。中谷が今、感じていることを語る「BIG BANG!」。

第5回は、担当の谷口隆俊記者が、生前に取材した神足さんの言葉を挟みながら、中谷が王者を目指して励まし合い、たくさんの刺激をくれたジムメートに思いを巡らせ「僕は彼を誇りに思います」と、敬意と感謝の気持ちをつづった。

 一緒に練習してきた仲間だった神足君が亡くなりました。とても悲しいし、残念でなりません。M・Tの選手たちもそうですけど、彼はアマチュアでも戦っていたので、仲の良い選手たちがたくさんいますから、みんな、大きな悲しみに包まれているのを感じます。

 彼はタイトルマッチを戦い抜いて、その後も懸命に戦ってくれました。僕は彼を誇りに思います。

 試合がドローとなった時、彼はどう思ったのでしょう。今回の試合にかける思いは本当に大きかったから。

 彼のボクシングにかける思いは本当にすごいんです。ボクシングを中心に物事を考えていたし、日々、常に、チャンピオンになることを考えて、そのためには何が必要かを自問自答している人でした。だから僕も、そういう神足君から刺激をもらいながらやってきました。そう思ってきたのは僕だけではありません。

神足君は後輩の面倒見もすごく良くて…。周りの人を引きつけるキャラクターでした。神足君の存在感はとても大きかったんです。

 神足さん「中谷君は1歳年下ですが、ジムでは先輩ですし、尊敬できる存在。お互いに君づけで呼んでいました。ボクサーとして見習うことは多々あるし、人間としても学ばせてもらうことも多いです。いつも刺激をもらっていますが、自分が勝つことで中谷君にも刺激を与えられるような存在になりたいです」

 神足君とは、たくさんの合宿を共にしました。マラソンの高橋尚子さんも走ったという城山湖までの山中コースや相模湖カントリークラブでの走り込み。一昨年春の沖縄合宿…。その時の場面、場面で面白いこともたくさんありました。思い出はいっぱいあります。

 神足君がプロテストを受ける時(2019年7月31日、後楽園ホール)には、僕がスパーリング相手をさせてもらいました。

彼の、プロとしての大事な始まりの場面を共にしたことを思い返すと感慨深いです。つい、この間のような感じに思えます。テストが終わった後、後楽園ホールの近くのお店でうどんをごちそうになりました。発表前だったけど、合格するだろうと思っていたから、うどんを食べながら、これからチャンピオンを目指して頑張ろうって話して…。そういう気持ちを共有できて、すごく刺激をもらえました。

 そうです。神足君からはずっと刺激をもらってきたんです。練習を共にする中で、ジムの士気も上げてくれていました。

 神足さん「中谷君とスパーリングをやると、距離感が良くなるんです。こっちはいろんな角度からジャブを出して誘うんですが、どんなボクシングにも対応してくる。本当にすごいボクサーです」

 確かに、ボクシングにはリスクがあります。今回の悲しい事故から、一人一人が意識を高めていくことが大事だと改めて知らされました。

僕は試合前など、定期的にMRI検査を受けています。ジムを応援してくれる方の中には、脳神経外科の先生もいらして、時折、スパーリングなどを見に来てくださったりもします。

 減量の方法とか色々と言われますが、ただ、今回の神足君に関しては、無理な減量はなかったと思います。僕は西田凌佑選手(六島)との統一戦に向けて、栄養士さんについてもらって減量を進めていきましたが、神足君は僕の減量方法について聞いてきました。食べながら減量することで筋肉量を落とすことなく、代謝も良くなるなど、僕が感じた部分も含めて話しました。それを共有しながら神足君の減量は順調だったと思います。全てボクシングのためにとやっていた神足君だったので、時には貪欲に周りの人からも話を聞いていました。神足君から「刺激をもらっているよ」と言われると、自分がそういう存在になれたと感じて誇らしかったし、さらに僕も刺激をもらうことができました。

 神足さん「僕も絶対にチャンピオンになります。そしていつか、中谷君と一緒のリングで、ともに勝ちたいです…」

 僕はこれからも戦い続けていきます。次戦はまだ決まってはいませんが、井上尚弥選手(スーパーバンタム級の世界4団体統一王者、大橋)を意識する機会は確かに増えました。皆さんが期待されるように、神足君もビッグマッチを楽しみにしていると話していたことを聞いて、引き続き、頑張っていくだけ。

そして、神足君の思いをかなえるような活躍をしていければいいなと思っています。感謝! 感謝!(WBC&IBF世界バンタム級統一王者)

 ◆神足 茂利(こうたり・しげとし)1996年9月2日、愛知・名古屋市生まれ。愛知・瀬戸北総合高時代に全国選抜3位。日大などで活躍し、戦績は50勝(5KO・RSC)23敗。2019年10月、プロデビュー(インドネシア人選手に2回TKO勝ち)。25年8月、東洋太平洋スーパーフェザー級王者・波田大和(帝拳)と1―1の引き分け。試合後に急性硬膜下血腫を発症。3度の開頭手術を受けたが今月8日、28歳の若さで亡くなった。身長178センチの右ボクサーファイター。戦績は8勝(5KO)2敗2分け。

◆担当記者が悼む

 神足君が28歳の若さで亡くなった。お別れを言いに行った。

棺の中の彼は穏やかに眠っている。体を揺すれば、今にも起きてきそうだった。

 M・Tジムに顔を出すと、神足君はいつも人懐こい笑顔で迎えてくれた。彼のデビュー戦で書いた記事を見返した。19年10月5日。デビュー日はザ・ビートルズと同じ。僕の好きな人たちは同じ日にプロのスタートを切った。インドネシア選手に2回TKO勝ち。「アマでは大きいタイトルを取れなかったので、プロでは何か取って、さらに上を目指したい」。夢の実現はもう間もなく、だった…。

 中谷選手が両国国技館での世界戦に勝った時、薄暗い通路で神足君とバッタリ会った。2人しかいない空間で、自然と右手が伸びた。

「僕もいつか世界で勝ちます。その時は記事、お願いします」「楽しみにしているよ」。握り返してきた右手の力強さと、輝いた彼の目が忘れられない。神足君、約束を果たしたいから目を開けてくれないか。もう一度、人懐こい顔が見たいんだ。(谷口 隆俊)

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