◆第70回有馬記念・G1(12月28日、中山競馬場・芝2500メートル)

 有馬記念に「ザ・ロイヤルファミリー」の原作者で作家の早見和真氏がエッセー「また満員の競馬場で」を寄稿。坂井瑠星騎手&矢作芳人調教師のコンビで挑むシンエンペラーに期待を寄せた。

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 まずは日曜劇場『ザ・ロイヤルファミリー』をご覧いただいた皆さま、三ヶ月間、本当にありがとうございました。原作の小説を書いた者として、ドラマスタッフの一人として心より御礼申し上げます。

 『ザ・ロイヤルファミリー』の概要を一言で記すなら、「有馬記念での勝利を目指す馬主たちの物語」だ。当然、今年の有馬には特別な思いがある。中でも“物語”という観点から注目する二頭がいる。

 一頭はメイショウタバルだ。SNSなどでも囁(ささや)かれているが、十六頭の中から「ロイヤルファミリー」印の一頭を探すなら、間違いなくこの馬だろう。

 今年八月に亡くなった松本好雄前オーナーも「日高の馬で有馬を勝つ」とおっしゃっていたという。決して松本オーナーをモデルにしたわけではないが、作品に登場する山王耕造の口癖も同じだ。両オーナーの愛馬はそれぞれの愛息に継承され、息子たちは亡き父の思いを背負ってグランプリへと挑んでいく。

 しかも、ドラマの第一話にも出演してくれた武豊ジョッキーが引き当てたのは、僕が注目していた二つの枠番のうちの一つ、3枠6番。小説家として物語を買いにいくのなら、迷わずメイショウタバルから行くべきだ。

頭ではそう理解しているのだが、でも……。

 もう一頭、僕が密かに「ロイヤルファミリー」印と思っている馬がいる。しかも、その馬はさらに注目していた枠、「ここに入ってくれたら……」と願ってやまなかった1枠2番に飛び込んだ。シンエンペラーだ。

 日高で生まれたわけでもなく、継承された馬でもない。それでもこの馬をドラマと重ねてしまうのは、管理する矢作芳人調教師が、そして坂井瑠星ジョッキーが、それぞれ本人役で最終回の有馬記念に出演してくれ、かつ惨敗していることにある。

 言うまでもなく、矢作―坂井のコンビは今年BCクラシックを制覇した。凱旋門賞より難しいと言われるアメリカのダートG1を勝った二人が、つまりは世界を制した名コンビが、一年の間に同じレースで二度も負けることがあり得るだろうか?

 半分はオカルトだ。しかし、もう半分は確信している。たとえドラマ上のことであったにせよ、台本に描かれた流れだったとしても、勝負師である二人の腸が煮えくり返らなかったはずがない。

 実は枠順抽選の二日前に、矢作さんと対談する機会を授かった。

 その場で僕は「メイショウタバルと悩んでいる」と素直に打ち明けた上で、先の見立てをぶつけてみた。

 そのときに矢作さんが浮かべた企みに満ちた笑みを忘れられない。そして一言、口にしたのは「うちの優秀なスタッフが必ず馬を完璧な状態に仕上げます」というものだった。

 先に抽選に臨んだのはメイショウタバル陣営だ。その数組あとに矢作さんはたった一人で抽選に挑み、最高ともいえる1枠2番をもぎ取った。

 この瞬間、僕も腹を決めた。

 シンエンペラーで勝負する―。

 今年の世相を表す漢字が「熊」だったとしても、僕は間違いなく「馬」だった。そう胸を張れるほど、今年は『ザ・ロイヤルファミリー』にひたすらまみれた。

 きっと神さまは見ていてくれる。有馬記念だけは神頼みが許される。〈この胸を差すような静けさの正体は“祈り”なのではないだろうか―〉。物語の中で、有馬記念というレースの特性をそう記したのは僕自身だ。

 たった2分30秒の攻防戦だ。玉置浩二さんの『ファンファーレ』さえ聴き終わらない。

 そのわずかな時間を書くために、僕は数年という時間を費やした。ドラマに至るまでは十年だ。

 すべての馬、ホースマンにとっても同様だろう。

 彼らが生まれてきてからの数年を、夢を継承してきた数十年を、それを凝縮した二〇二五年の2分30秒を―。

 祈りながらこの目に焼きつけたいと思っている。

【単勝】(2)

【3連複】(2)―(1)(4)(9)―(1)(3)(4)(5)(6)(9)(12)(13)(16)

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