ロッテ・種市篤暉投手(27)にとって、侍ジャパンのユニホームを着てWBCに出場するのは、少年時代からの悲願だった。「侍語る」第16回では、将来的なメジャー挑戦を公言している右腕が、野球人生のターニングポイントと位置づける今大会への熱い思いを明かした。

(取材・構成=阿見 俊輔)

 今も心に残るWBCの原風景がある。2009年3月24日のWBC決勝、韓国戦。当時、青森の三沢市立三沢小5年生で野球にのめり込んでいた種市少年は学校にいた。先生が「国民的行事だから特別だよ」とつけてくれた5年2組の教室のテレビ画面にかじりつくように、みんなで応援しながら観戦した。

 「WBCといえば、あのときに教室で見たイチローさんの決勝打を鮮明に覚えています。(同大会の)ダルビッシュさんの胴上げ投手も印象的でしたね」

 09年当時、所属チームの2番手に過ぎなかった右腕は少しずつ力をつけて、八戸工大一から16年のドラフト6位でロッテ入団。20年9月には右肘のトミー・ジョン手術を受けるなどの試練を乗り越えて今回、自身初となる侍ジャパンメンバー入りを実現した。

 「アマチュア時代から、WBCは誰もが見る試合というのは分かっていましたから、侍ジャパン選出は目標でした。決まった時は率直にうれしかったのと、ちゃんとやらないといけないなという気持ちの半々な感じでしたね」

 23年はWBCサポートメンバー、24年3月は欧州代表戦、25年3月はオランダ代表戦のメンバーに選出。同年11月の韓国代表戦のメンバーに選ばれた。腰痛で出場を辞退するもピッチクロック、ピッチコムなどに慣れるため、自主的に練習に参加。実力に加えて、前向きな姿勢も井端監督に高く評価された。

昨年の契約更改後の会見では将来的なメジャー挑戦の意向を表明。注目度が上がる中で、マウンドに立つ。

 「メジャーのために投げるというわけではない。日本のために勝っていけたらいい。僕の人生のターニングポイントではあると思うので、これまで磨いてきた技術を全てぶつけられたらいいなと思っています。メジャーリーガーと対戦してみたいというのは一番。(投球内容によって)現在地が分かるのではないかなと思っています」

 WBCとの衝撃的な出会いから17年後、侍ジャパンの背番号26のユニホームをつかみ取った。もし、あの日の種市少年に、自身が26年WBCの侍ジャパンメンバーに入っていると伝えたら…。「『えっ、マジで!』とはしゃいで、ギャーギャー言っていると思います。あの頃は『プロ野球選手ってかっこいいな』と思っていましたが、同時に、次元が違ったので『俺には無理だ』とも感じていたので」と照れくさそうに笑った。

 「野球をする人を増やしたいです。日本の野球人口が結構なスピードで減っている中で、野球の面白さ、見る楽しさを伝えられたらいいですね」

 かつての自分のような強烈な原体験を、子供たちに味わってほしい。

そう願って、WBCでは腕を振ると決めている。

 ◆種市 篤暉(たねいち・あつき)1998年9月7日、青森・三沢市生まれ、27歳。八戸工大一では甲子園出場経験なし。16年ドラフト6位でロッテに入団。20年9月に右肘のトミー・ジョン手術を受け、22年8月11日のソフトバンク戦で復帰登板した。昨季は24試合で9勝8敗、防御率2・63。通算111試合で37勝31敗2ホールド、防御率3・30。183センチ、88キロ。右投右打。推年俸1億3000万円。

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