◆WBC 準々決勝 日本5―8ベネズエラ(14日・米フロリダ州マイアミ=ローンデポパーク)

 WBCは14日(日本時間15日)、準々決勝2試合が行われた。日本はベネズエラに最大3点のリードから逆転を許して敗退。

連覇の夢は霧散し、主要国際大会で初めて4強入りを逃した。「1番・DH」でフル出場した大谷翔平投手(31)=ドジャース=は、1点を追う初回に先頭打者本塁打を放つなど4打数1安打1打点と奮闘するも最後の打者となり、悔しさを吐露。次なる日の丸を背負った戦いとなる28年ロサンゼルス五輪出場へ意欲を示した。

 大会の主役が、道半ばで去った。3点を追う9回2死、大谷が高く打ち上げた飛球が遊撃手・トーバーのグラブに収まった。その瞬間、日本の連覇の夢がついえた。前回大会では最後を締めた投手となったが、今大会では最後の打者となった。優勝したかのような歓喜に沸くベネズエラ・ナインに視線を送ることもなく、小走りでベンチへ駆け、その後の整列でもグラウンドには戻らなかった。素直に相手をたたえつつ、それでも不完全燃焼の思いが胸中を支配した。

 「本当に悔しいですね。(ベネズエラは)強かったですし、自分たちの持っている力を出しながらも、力で最後押し切られた印象かなと思います。惜しいゲームで、勝てる要素も多いゲームだったと思う。

本当に全部が押し切られたというわけではない」

 初回、相手先頭のアクーニャ(ブレーブス)のアーチで先行を許したが、直後に右中間へ先頭打者弾をお返しした。バットを放り投げる確信歩きの一打ですぐに追いついた。両軍の打者が先頭弾を放つのは、大会史上初だ。1―2の3回1死二塁では、試合序盤ながら申告敬遠。だが、4回1死一、二塁で空振り三振に倒れるなど、残る3打席では快音を残せなかった。「あそこ(4回の3打席目)で1本出ていればもう少し違う展開だったのも事実かな。自分の力不足」。打者専念の今大会は打率4割6分2厘、3本塁打、7打点と堂々の成績を残しても、敗戦の責を背負った。

 リーダーとなって迎えた大会だった。23年の前回大会では優勝が決まった瞬間は帽子とグラブを投げ捨てて感情を爆発させた。勝利に飢え、28歳の大谷は、ただがむしゃらに二刀流でプレーした。だが、31歳になった今回は周囲を気遣う余裕も見せた。

ベンチ内では村上らに助言し、お祭り騒ぎになったベンチに「落ち着いて」とポーズも送った。米国へ移動時にはヘッドホンをナインにサプライズでプレゼント。憧れるのはやめましょう―。3年前の決勝・米国戦前にナインにそう訴えたが、誰もが憧れる存在に自身がなった。

 侍の借りは、日の丸を背負ってしか返せない。「もちろん素晴らしい経験ではあったけど、優勝以外は失敗。結果的にはそうなると思う」と今大会を振り返りながら「必ず次はあるので、そこに向けてまた頑張りたい」と続けた。28年にはロサンゼルス五輪が待つ。メジャーリーガーの出場も前進が伝えられる状況とあって、言葉を選びながらも並々ならぬ意欲を示した。

 「代表戦はリベンジというか、挑戦したい。どういう形で出場できるか、自分自身も含めて分からないですけど、次の機会もまた集中したいなと思います」

 試合終了の約1時間15分後には腰の後ろにグラブを持ったまま取材に応じた。「『また会おうね』とみんなで話していた。

みんなで一回りも二回りも大きくなってまた戻ってくるんじゃないかな」。視線は早くも、次なるステージを見据えていた。(安藤 宏太)

 ◆記録メモ 1番の大谷(ドジャース)が1回に今大会3号となる先頭打者本塁打。ベネズエラの1番・アクーニャとともに両チームの初回先頭打者本塁打は大会史上初だ。また、大谷の1大会3本塁打は日本人のWBCでは06年の多村仁(横浜)、17年の中田翔(日)、筒香嘉智(D)に次いで日本人4人目。WBC通算4本塁打は23年と26年で2本ずつ打っている吉田正尚(Rソックス)と並んで日本人最多だ。

 ◆ロサンゼルス五輪出場権 野球は6チームが出場する。開催国の米国に加え、五輪予選を兼ねるWBCで4強入りを決めたドミニカ共和国とベネズエラが北中南米上位2チームという出場条件を満たした。日本代表は27年11月に開催される予定の「プレミア12」でアジア最上位に入ると出場権を獲得する。同大会で欧州・オセアニアの最上位チームも1枠を得る。「プレミア12」で出場権を逃した場合は28年3月までに開催される最終予選を勝ち抜く必要がある。

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