侍ジャパンは準々決勝でベネズエラに敗れ、2006年に第1回大会が始まって以降、史上初めてWBCで4強進出を逃した。敗因をいくつかの視点から探る「WBC侍連覇ならず 検証」の最終回は、井端弘和監督(50)が種をまいた、将来を担う希望―。
井端監督は23年10月の就任以来、「常勝侍ジャパン」の構築を念頭に用意周到に行動してきた。同年11月のアジアプロ野球チャンピオンシップでは牧、佐藤輝、隅田、森下、小園を招集した。24年3月の欧州代表戦に呼んだ関大・金丸(現中日)や同年11月のプレミア12で藤平、北山を初選出した。
25年3月のオランダ代表との強化試合には、花巻東からスタンフォード大に進学した佐々木麟太郎内野手の招集を検討。実現はしなかったが「近い将来、必ず侍ジャパンの中心を担うことがある」との思いがあった。今回のWBCでも前述の選手たちが奮闘したことから見ても、28年のロス五輪や29年以降のWBCで主力を担うであろう若手に成長のチャンスを与え続けたのは23年前の経験があったからだ。
井端監督は中日時代、03年のアテネ五輪予選に出場した。その時に代表監督を務めていたのが長嶋茂雄さんだった。トッププレーヤーたちと同僚になって、その実力を間近で見るにつけ「俺も、もっともっと頑張らないと、このレベルにはなれない」と痛感。向上心を植え付けてくれた長嶋監督にも感謝の念は尽きない。この時得た経験が、侍ジャパンへの大学生招へいや、若手選手の登用にもつながっている。
準々決勝で一時勝ち越しとなる3ランを放った森下は試合後、こう言った。
「井端監督に(就任)1年目から使ってもらって、その経験があったからこそWBCで堂々とできた。この経験を次の機会に生かせるように、もっとレベルアップしていきたい」
今回集まった若手たちは国際大会でしか味わうことができない独特な緊張感、度肝を抜くようなメジャーリーガーたちの超絶プレーも肌で感じることができた。マイアミではたった1試合で酷な結末を迎えたが、指揮官がまいたいくつもの種は確かに根付き、芽を出し始めた。
WBCの結果がどうであれ、大会をもって身を引くことを決めていた井端監督。大会連覇の夢はかなえられなかったが、小さくはない“財産”を残したこともまた事実である。(特別取材班)=終わり=
〇…オリックスに合流した若月が日本球界のピッチクロック、ピッチコムの導入について前向きな私見を述べた。国際大会を戦うという観点で「メリットはある」と実感。WBCで、ルールに慣れている海外の選手との対応の差を感じたという。日本も強化試合などで練習し、自信を持って臨んだが「できたつもりで、いざ本番になると、うまくできていなかった」と本音をもらした。焦ってサインを交換した場面もあったことを認め「慣れ」の大切さを強調した。










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