決勝の舞台にはあと一歩、届かなかった。だが試合後、一塁側アルプススタンドへとあいさつに向かう専大松戸ナインへ注がれた大観衆の拍手は、彼らが決して敗者ではないことを物語っていた。
第98回センバツ高校野球大会準決勝、専大松戸・大阪桐蔭戦。専大松戸はビハインドから2度追いつく粘りを見せたが、2-3で敗れた。同校初の甲子園大会4強という快進撃は、惜しくもここで終わった。
その瞬間、私は現在77歳の持丸修一監督が、同校の指揮官に就任した練習初日の情景を思い出していた。
取材メモをひもとくと、2007年12月7日とある。同年夏に常総学院の監督を退任したばかりの持丸さんは、母校・竜ケ崎一の監督復帰が有力視されていた。これを当時の専大GMだった江崎久さんが“剛腕”でひっくり返した。
駆け付けた記者は私一人だった。
* * *
師走の夕闇の中、組まれた円陣の中心で、甲子園出場のない同校の部員41名に、当時59歳の持丸監督は、こう訴えた。
「甲子園は手を伸ばせば届くところにある。本気で目指していこう」
「せっかく野球をやるんだ。プロ野球選手になることを目標に頑張ろう」
失礼を承知で、正直に書く。
だが持丸監督やコーチ陣の情熱あふれる指導に代々のナインたちが応え、同校は年を重ねるごとに激戦区・千葉の強豪になっていった。
指揮官は2015年夏には異なる4校(竜ケ崎一、藤代、常総学院、専大松戸)での甲子園出場を成し遂げ、その後は数多のプロ野球選手を送り込むことになる。
意志あるところに道は開けると、持丸監督から学んだ。
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専大松戸の野球部には寮がない。ナインは自宅から通う。徹底的な強化を目指すなら、寮生活の中で野球漬けにすることも有効なやり方だ。
持丸監督も言う。
「俺はそのやり方を否定しない。全国からいい選手を集めて、寮生活の中で強くするのもいいと思う。ダメだなんて口が裂けても言わない。いろんな高校があっていいと思うんだ」
その上で、こう続けた。
「高校生がやるから、高校野球。俺は高校野球が好きなんだよ。家から通う方が自然ですよね。数年前(2019年夏)に長野の飯山が甲子園に出て、1-20で負けたことがあった。でも俺は『地元の選手が全力で頑張る。これが高校野球だ。素晴らしいな』って思ったよ。野球高校もいいけど、雑誌の名前も『報知野球高校』じゃないでしょ。『報知高校野球』だから、みんな読むんだよ」
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大阪桐蔭戦を終えた持丸監督は、敗戦という現実を受け入れながらも、勝負師の血は沸騰したままだった。
「悔しさを出せないところが、悔しいですよね。生徒らはもっと悔しいわけですから。俺が悔しいというよりも、悔しさを肥やしにして、さらなる成長を遂げてくれるようなね。
不可能を可能にしてきた野球人生。夢には、まだ続きがある。勝負の夏へ、指揮官とナインは再び走り出す。(編集委員・加藤弘士)










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