馬トク報知で過去の名勝負を当時の記事から振り返る【競走伝】。今回はドゥラメンテが勝った2015年の皐月賞を取り上げる。

まるでワープしたかのような次元の違う伸び脚は衝撃的なインパクトを残した。

 

 一頭だけ、別の世界にいた。スタート直後からリズム重視で後方からの運び。内でじっくり脚をためていたドゥラメンテが一気に弾けたのは4コーナー手前からだった。他馬の前を大胆に横断して大外へ出ると、先に抜け出していたリアルスティールに襲いかかる。メンバー最速の上がりは33秒9。2位(34秒5)より0秒6も速い異次元の末脚でリアルスティールに並びかけ、一瞬で突き放す。先頭に立った瞬間、Mデムーロは早々と左腕でガッツポーズを作った。それだけの手応えが残っていた。「4コーナーだけは困ったし、怖かった。スタンド前でファンからの大声援にびっくりしたんだと思う。それでも直線での脚はすごかった。

強い、速い!」。騎乗停止につながった相棒の荒々しい走りに驚きながらも能力を絶賛した。

 思い描いていたゴールの瞬間だった。今年から日本を拠点として、JRA騎手としては初めてのG1制覇。「夢みたい! すごくうれしい! 超うれしいです!」。レース後は馬上で左手の指を4本立てた。2003、2004、2013年に続くレース史上最多の4勝目。初コンビの相棒をクラシック1冠へ導いた“皐月賞男”は日本語をあやつり、さわやかな笑顔を振りまいた。

 原点の馬が脳裏に浮かんだ。追い切りで初めてコンタクトを取ってから、Mデムーロが「本当に似てるんだ。(粗削りで)扱いづらい馬は嫌いじゃないね」と重ね合わせたのは、2003年の勝ち馬ネオユニヴァース。手綱越しに伝わる感覚は、短期免許で来日して2冠を達成した12年前に似ている。

「距離は延びても大丈夫だと思うし、次も頑張ります」。その言葉通り、続く日本ダービーも2着に1馬身3/4をつける完勝。勝ち時計2分23秒2は2004年キングカメハメハ、2005年ディープインパクトのレコードを塗り替え、史上23頭目となる春の牡馬クラシック2冠を達成した。

 しかし、その後は故障に泣き、翌16年の中山記念こそ勝ったものの、ドバイ・シーマクラシックや宝塚記念など国内外のG1で2着。宝塚記念後に左前脚のじん帯、腱(けん)の故障が判明し、競走能力喪失と診断され種牡馬入りした。

 もともと、母アドマイヤグルーヴ、祖母エアグルーヴ、曾祖母ダイナカールと続く国内屈指の名牝系をバックボーンに持つ良血馬。種牡馬となってからも3冠牝馬のリバティアイランドやタイトルホルダー、スターズオンアースやドゥレッツァ、ルガル、マスカレードボールなど数多くのG1ホースを送り出した。

 しかし、2021年8月31日に急性大腸炎のため、天国へ。まだ9歳。日本競馬に強烈なインパクトと多くの功績を残した名馬の、あまりに早すぎる旅立ちとなった。

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