◆新日本プロレス「G1 CLIMAX 36~天山 引退~」(15日、両国国技館)観衆7777(超満員札止め)

 “猛牛”天山広吉が15日、両国国技館での新日本プロレス「G1 CLIMAX 36」で引退した。

 メインイベントで天山は小島聡と「引退試合」を行った。

当初は5分1本勝負も天山が「無制限1本勝負」を小島に呼び掛け、リング下の棚橋弘至社長が受諾し「時間無制限1本勝負」で対決した。

 モンゴリアンチョップの連打、ブレーンバスター、アナコンダバイスなど必殺技を小島に浴びせるも最後は、小島のラリアットを浴び敗れた。

 試合後に08年4月に歴史的な裏切りを受けた飯塚高史が乱入。襲撃を受けたが天山は、和解を要求。握手を求めると飯塚は、苦悶しながらも握手に応じ右手をあげ35年のプロレス人生をたたえた。

 試合後の引退セレモニーには、新日本プロレスを代表し永田裕志、棚橋弘至社長から花束を贈呈。館内のスクリーンで金本浩二がメッセージを送った。

 続いてプロ野球・横浜DeNA前監督の三浦大輔氏、デビュー前のプロレス学校で同期だった元UWFインターナショナルの金原弘光氏、ケンドー・カシン、DDTの秋山準、前石川県知事の馳浩氏、武藤敬司、長州力、藤波辰爾、最後に「狼群団」「「nWoジャパン」「T2000」で共闘し放送席で引退試合のゲスト解説を務めた蝶野正洋がリングインし花束を贈った。

 そして引退の10カウントゴングが鳴らされ、選手に胴上げ。ファンに肉声で「ありがとうございました」と感謝をささげセレモニーを終えた。

 今後は、新日本プロレスに在籍したまま芸能活動を行う。第二の人生でもプロレスのさらなる普及に努めていく。

 ◆天山広吉 「激動の35年プロレス人生」ヒストリー

 ▼生年月日 1971年3月23日。

 ▼出身地 京都市。

 ▼入門 学生時代からボディビル、バスケットボールで鍛え、新日本プロレスが立ち上げた「新日本プロレス学校」に入門。

 ▼デビュー 山本広吉のリングネームで1991年1月11日、愛媛・今冶市公会堂での松田納(現:エル・サムライ)戦。

 ▼ヤングライオン杯 93年の第4回「ヤングライオン杯」で優勝。

 ▼海外修行 93年6月に欧州修行へ出発。

 ▼衝撃の凱旋帰国 95年1月に凱旋帰国。本隊、平成維震軍、蝶野正洋が率いる狼群団が勧誘。2月12日の後楽園ホールでの昼夜興行で電撃的に狼群団入りし夜興行で長州力をピンフォールする衝撃を与えた。

 ▼ユニット 「狼群団」から97年には「nWoジャパン」。さらに00年には「T2000」と蝶野がリーダーを務める黒い軍団の主力メンバーとして活躍その後、蝶野と決別し06年10月には真壁刀義らとヒールユニット「G・B・H」を結成。

 ▼テンコジ 99年1月4日、小島聡とのテンコジタッグで天龍源一郎、越中詩郎組を破りIWGPタッグ王座を初奪取。

01年12月の「G1 タッグリーグ」で初優勝。02年1月、小島が新日本を退団し全日本プロレスへ移籍したためテンコジタッグを解消。06年11月にはテンコジを復活させ全日本の「世界最強タッグ」に出場し優勝。2007年1月4日、東京ドームでテンコジとして蝶野、武藤敬司と「スーパードリームタッグマッチ」で対戦した。

 ▼G1連覇 03年8月「G1クライマックス」でプロレスリング・ノアの秋山準との優勝戦を制し初優勝。翌04年大会も優勝戦で棚橋弘至を破り蝶野正洋に続く史上2人目の連覇を達成。06年大会も優勝し通算3度優勝。

 ▼IWGP王者 03年11月3日、横浜アリーナで高山善廣を破りIWGPヘビー級王座を初奪取。04年2月15日に両国国技館での「IWGPヘビー級王座決定トーナメント」を制し再奪取。04年12月12日、愛知県体育館で佐々木健介を破り3度目の戴冠。05年5月14日に東京ドームで小島聡を破り4度目の最高峰を奪取した。

 ▼四冠統一戦 05年2月20日、両国国技館で史上初となる「IWGPヘビー級」と全日本プロレスの「三冠ヘビー級」との四冠統一戦で三冠王者の小島聡と対戦。

60分1本勝負の試合で脱水症状を起こしダウン。59分45秒で敗戦する。

 ▼友情タッグ ヒールユニット「G・B・H」を08年2月17日、両国国技館大会で追放される。続く3月9日の愛知県体育館で石井智宏との試合後にG・B・Hに袋叩きにされていたところを本隊の飯塚高史が救出し「友情タッグ」を結成。ところが4月27日に大阪府立体育会館で真壁刀義、矢野通が保持するIWGPタッグへ飯塚と共に挑戦も飯塚に裏切られ敗退。ここから飯塚は、ヒールへ転向。スキンヘッドとなり「怨念坊主」へ激変した。

 ▼飯塚高史とのデスマッチ

 裏切られた飯塚と08年7月8日、後楽園ホールでランバージャック・デスマッチで対戦し勝利も10月13日、両国国技館でのチェーンデスマッチでは飯塚に敗れる。09年7月20日に札幌の月寒アルファコートドームで再びチェーンデスマッチで対戦しKO勝利。

 ▼長期欠場 08年12月に網膜剥離で欠場。09年5月3日に復帰も8月14日に脊椎管狭窄症および右肩亜脱臼により無期限の欠場を発表。頸椎後縦靭帯骨化症の手術を受ける。

さらに右肩腱板断裂も判明し手術。10年11月18日に新木場1stRINGで復帰するまで1年半の長期欠場となった。

 ▼NWA世界王者 15年2月14日仙台大会でロブ・コンウェイを破りNWA世界ヘビー王座を奪取。

 ▼引退表明 今年5月11日に8月15日の両国国技館大会で現役引退することを発表。

 ▼引退試合 7月18日の北海道立総合体育センター 北海きたえーる大会で引退試合は、小島聡と5分1本勝負で対戦することを発表。

 ▼得意技 アナコンダバイス、モンゴリアンチョップ、アナコンダマックス、TTD、ダイビングヘッドバット

 ▼主なタイトル&優勝歴 IWGPヘビー級王座、IWGPタッグ王座、G1クライマックス13優勝、G1クライマックス14優勝、G1クライマックス16優勝、G1タッグリーグ3優勝、G1タッグリーグ4優勝、G1タッグリーグ7優勝、CWA世界Jr.ヘビー級王座

 ▼血液型 O型

 ▼身長 183センチ

 ▼体重 115キロ

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