フリーアナウンサーの徳光和夫さんが12日、パーソナリティーを務めるニッポン放送「徳光和夫とくモリ!歌謡サタデー」(土曜・午前5時)に生出演した。

 番組ではプロ野球歴代最多の通算3085安打を放って「安打製造機」の異名を誇り、「球界のご意見番」として人気を集めた張本勲(はりもと・いさお)さんが9日に都内の病院で死去していたことを報じた。

86歳だった。

 東映(現日本ハム)、巨人、ロッテなどで外野手としてプレー。広角打法を持ち味に首位打者7度などの大記録を打ち立てたほか、長打力と走力も兼ね備えてプロ野球唯一の「500本塁打、300盗塁」もマーク。球史に名を刻んだ左の強打者の張本さんを徳光さんは「記憶にも、鮮明に残っている」と表し「記録の足跡を見直しておりましたら、あまりにもそのすごさに驚いたわけでございますが、その最たるものがね、実はその少年時代は彼は右利きだったわけですよ。右手で投げて右手で打ってたわけです。ところがその大やけどを負いましてですね、右手がきかなくなっちゃった。それから野球に取り組んでプロ入りしたっていう、もうこの子の時代だけのちょっと並みの努力ではないなっていうふうに思うわけであります」と絶賛した。

 さらに前人未到の3085安打などの大記録の数々を紹介。さらに1975年のシーズンオフで日本ハムから巨人へ移籍したエピソードも伝えた。

 そして「ジャイアンツ担当の洞山さんっていう記者がいたんですが、この人が張本さんとの思い出を語ったりするんですね」と11日にWEB報知で配信された1977、79、81年巨人担当で「スポーツ報知」の洞山和哉元編集委員の記事を紹介した。

 記事は「私が会社を定年になって以降も時々、電話で近況を伝えていた。『あまりテレビでメジャーリーガーに厳しいことを言うから、大使館の関係者という人からお小言をもらったこともあったよ』と苦笑していたこともあった。

報知で最後の仕事の年になった時にも『もう書く仕事ができなくなるんです』とグチったら『お前なあ、70歳を超えても仕事ができたんだぞ。ありがたいと思え』と一喝された。私にとって、あれがハリさんの最後の“喝”だったかもしれない」と結んでいる。

 徳光さんはこの記事を紹介し「洞山さんは本当に張本さんに愛された名記者でありましたね」と伝えていた。

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