ドラマ「北の国から」などを手がけ、9月18日に多臓器不全のため91歳で死去した脚本家・倉本聰(くらもと・そう、本名・山谷馨=やまや・かおる)さんの「お別れの会」が3日、北海道・富良野市の富良野演劇工場で営まれた。映画監督の是枝裕和監督が参列し、報道陣の取材に応じた。

 是枝氏は倉本さんに憧れて脚本を書くようになり、2020年には番組の企画で特別対談を行った。「晩年に対談をさせていただいた。つい最近のお付き合い。きちんとお別れができてよかった。飾られていた写真がいい写真でした」と語った。

 自身のエピソードを挙げ「大学時代に富良野まで来て、自転車でフラフラと旅をしました。その時は会えませんでしたけど。ただのファンです」と説明。「名前を認識したのは(1975年に放送されたドラマの)『前略おふくろ様』。僕は脚本家を目指していたので、大学時代に全集を1冊ずつ読んで学んでいく中で、自分が子供のころ見たものが全部倉本聰なんだ、というところから追っかけが始まった。『東芝日曜劇場』で面白かった脚本が全て倉本さんだということに気づいて、それからは本棚を倉本さんの脚本で埋めていくという20代でした」と偏愛ぶりを明かした。

 22年には仕事に関する電話のやり取りをしており、最後に残っている留守番電話の日付も「12月22日」とはっきり覚えている。

「クリスマスプレゼントを送るから、という声が留守電に残っています」と自身の“宝物”とした。

 対談後に一度、夕食をともにしたといい「一緒に話していたことはほとんど公にできないんですが、それが本当に面白い。場面が浮かぶようなお話をしていただいた」。自身の作品にある“倉本色”を問われると「書かれているものは、しくじっちゃった人への執着や偏愛にあふれている。今だったらコンプラがきつくて地上波に乗らない人を、きちんとすくっていく。そこがすごい。どうでもいいような話で1時間ドラマを作る見事さは、自分が脚本を書く時にお手本になっている。教科書のようです」と改めて尊敬の念を示した。

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