コロナショックで移動が制限される中、大きな打撃を受けたタクシー業界。しかし、タクシー業界全体の売上が大幅に落ち込む一方で、アプリ経由での乗車は過去のピーク時と比べても、そこまで落ち込んでいないというデータもある。
今回はタクシー業界のDX(デジタルトランスフォーメーション)をミッションとし、「JapanTaxi」「MOV」などのタクシー配車アプリを提供する株式会社Mobility Technologies(略称、MoT)代表取締役社長の中島宏氏(以下、中島氏)に、タクシー業界が抱える課題やコロナ禍における現状、そしてこれからの業界の成長性について語ってもらった。「今タクシー業界のDXが加速している」と語る中島氏の真意をお届けする。

大学卒業後、経営コンサルティング会社を経て、2004年12月DeNAへ入社。2009年に執行役員になり人事部門と新規事業部門などを担当。2015年よりオートモーティブ事業を担当し、2019年4月より常務執行役員。2020年4月 Mobility Technologies 代表取締役社長に就任。
需給のバランスが崩れた日本のタクシー業界。その背景にあるものとは

コロナショックが起きる以前から、タクシー業界は様々な課題を抱えていた。まずは、中島氏が「MOV」の事業を始めるきっかけとなった、タクシー業界の課題について語ってもらう。
中島「現代のタクシー業界が抱える課題、それは需給のバランスが崩れてしまっていることです。タクシーに乗りたいと思っても、なかなか捕まえられなかった経験のある人も多いはず。
その問題の背景には、タクシーの乗務員の不足と高齢化が挙げられます。ピーク時にはタクシーの需要が高まり需要過多になる反面、ピーク時以外は乗車率が低く、全国的に見るとタクシー事業者の営業収入は緩やかに下がり続けています。少子高齢化が進んでいますので、余計に乗務員になる人も減っていきます。もっと乗務員が増えて、効率的な営業が実現し、タクシーが便利なサービスになれば、乗務員の収入も増えてマーケットも広がるでしょう」
グローバルに目を向けると、交通課題を解決するためのサービスとして「Uber」に代表されるライドシェアサービスが挙げられる。交通手段の新たなスタンダードとして期待を集め、またたく間に世界中に広まった。しかし、その一方で様々な国で問題が起こり、規制の対象になったのは記憶に新しい。
中島「ライドシェアサービスは、たしかにタクシーの代わりになりましたし、課題解決の一助にはなりました。しかし、その裏には労働問題や乗務員の不当解雇、はたまた犯罪の温床になるなどの問題も孕んでいました。海外ではライドシェアサービスを規制なく取り入れたことで問題が続出し、現在は規制を強める国が後を絶ちません。日本は元からクオリティの高いタクシーサービスが全国的に普及していて、法規制もありライドシェアは普及していませんが、これから規制なしに取り入れれば諸外国の二の舞になるのは目に見えています。
せっかく海外の先行事例を参考にできるのですから、しっかり対策を練って、周回遅れの先頭に立つ、つまり日本でリープフロッグ(*)を起こすことが私たちの狙いです。もっと乗務員の人たちが働きやすい環境を整え、マッチング効率を高めて乗車率を高めるなど、タクシーのDXによって改善できることはたくさんあります。サービスがもっと便利になれば、これまでタクシーを使わなかった方たちにも使ってもらえるはずです。タクシーの乗務員も乗客も、安心して満足に利用できる社会を私たちは目指しています」
*遅れて後から新しい技術に追いつく際に、通常の段階的な進化を踏むことなく、途中段階を飛び越して最先端の技術に到達すること。
DXのための内的要因と外的要因が整いつつあるタクシー業界

中島氏はタクシー業界のDXをするための土壌が着々と整って来たと語る。JapanTaxiが培ってきたタクシー事業者との関係性に、DeNAの高い技術力が加わったことが大きいと続けた。
中島「タクシー業界のDXには技術力があればいいわけではなく、技術力とデータがセットでなければいけません。つまり、タクシー業界の理解、協力が必要不可欠です。その点、私たちは日本で走っているタクシーの約半数にあたるタクシー事業者と提携することができ、これこそが揺るぎないアセットとなっています。逆にいえば、この状態にならなければタクシー業界のDXはできませんでした。
ライドシェア運営企業含め、海外で成功している交通サービスであっても、日本に進出するには日本の交通データが必要です。国内外の競合を見ても、私たちほど日本の交通データを持っている企業はないため、圧倒的な優位性になるといえるでしょう。
*2020年7月13日に、NTTドコモを含む3社との資本業務提携を実施。2020年の累計調達額が最大266.25億円になっている。
日本のタクシー業界のDXを進めるための内的要因が揃いつつあると語る中島氏。一方で、外的要因を見ても日本の市場はDXを受け入れる条件が揃っているという。
中島「日本は今、労働力不足と高齢化が大きな課題となっていますが、それはDXを起こすのに適した環境です。労働力が潤沢にあるような国では、人から仕事を奪うロボットやAIなどのテクノロジーは受け入れ難いもの。人が働いて十分に儲けられるのに、ロボットを導入しようとしても反対しか起きません。
そういった意味では、日本は今最もDXに適した国ともいえるでしょう。特に地方の過疎地では圧倒的に労働力が足りません。高齢者たちは自分たちで運転ができなくなるのに、近くの商店は閉店して遠くの大型スーパーまで行かなければならないなど、問題が山積みです。
加速したタクシー業界のDX

DXのための土壌が整ったところで起きたコロナショック。タクシー業界も大打撃を受けたはずだが、中島氏は現状をどのように捉えているのだろうか。
中島「実は今、タクシー業界で不思議な現象が起こっています。業界全体の売上は昨年の37%にまで落ち込んでいるにも関わらず、アプリ経由での売上はピーク時の75%程度で下げ止まっているのです。この現象を見て『ITリテラシーの高い人達が、一足早くタクシーを使い始めた』と解釈する人もいますが、そんなことはないと思っています。
色々調べてみると、このコロナ禍の中で現金を使いたくない人、タクシーを捕まえるために外で待ちたくない人たちが、アプリを使っていることが分かってきました。タクシー配車アプリを使うメリットが、このコロナ禍での安心に繋がっているのが見えてきたのです。
さらに調べると都内の企業で働いている人たちが、都内での移動で電車ではなくタクシーを使っているケースが増えていることも分かってきました。タクシーは電車やバスに比べて密にならないため、そういう意味でも安心に繋がっているのだと思います。
それらを踏まえて考えると、これまでタクシーを使っていなかった人、タクシー配車アプリを使っていなかった人たちもアプリを使い始めていることが分かります。ピーク時には3分の1にまで縮小してしまったタクシー市場ですが、afterコロナではコロナ前よりも市場が拡大しているとポジティブに捉えています」
デマンド側(乗客)がアプリを使い始めたことをポジティブに捉える中島氏だが、それ以上にサプライ側(乗務員)の変化が追い風だと感じているようだ。
中島「実は国内の半数以上のタクシーと契約を結んだものの、乗務員のITリテラシーが上がらなかったのがこれまでの課題でした。高齢の乗務員がアプリの操作に馴染めず、コールが鳴っても取ってくれないケースもありました。しかし、コロナが騒がれてからのここ数ヶ月、乗務員のITリテラシーが急速に上がり始めたのです。タクシーを利用する人たちが激減したことにより、従来の流しのお客さんを狙うのではなく、アプリを使ってみる乗務員が増えたようです。ITリテラシーを高めるために数年はかかると覚悟していたのですが、たった数ヶ月で変わったのはコロナの影響が大きかったですね。あとはデマンド側さえ戻ってきてくれれば、市場は一気に回復すると思います」
インフラ同士の連携が生活水準を飛躍的に向上させる。DX後の未来予想図

コロナショックがタクシー業界のDXを加速させていると語る中島氏。悲願であるDXを完了した後の世界を、どのように思い描いているのだろうか。
中島「スマートシティの文脈でよくいわれていることなのですが、インフラ同士が連携することで私たちの生活は飛躍的に便利になります。そしてインフラが連携するには、それぞれのインフラがDXされていなければなりません。交通は通信、エネルギーと並んで3大インフラと呼ばれており、交通インフラがDXされれば通信、エネルギーと連携されて、私たちの生活は大きく変わるはずです。
インフラ同士が連携することで、世界的に問題になっている環境問題や、日本が抱えている労働力不足など、あらゆる社会問題の解決の糸口になっていくでしょう。タクシー業界の課題を解決することは、大きな社会課題の解決に繋がっていくと思っています」
中島氏は交通インフラをDXすることで、私たちの生活から世界の課題まで解決される世界を見据えているようだ。
中島「タクシー業界に限りませんが、産業をDXするということは、パソコンの前でスマートにできることではありません。朝5時に起きて会社に行って、実際にタクシーの乗務員さんたちがどんなオペレーションで働き、どんな課題を抱えているのか自分の目で見て肌で感じ取る必要があります。
そうでもしなければ、業界の方たちの信頼を勝ち取ることはできませんし、『一緒にやってやるよ』などとはいってもらえません。そういった泥臭いプロセスを何年も続けていかなければ、ひとつの産業をDXするのは難しいでしょうね。今でこそ私たちが当たり前に使っているECだって、最初は同じだったと思います。ECを日本に根付かせようとした人たちが、泥臭く生産者さんなどを回って協力を仰いだからこそ今があるんです。私もその覚悟を持ってタクシー業界の進化をサポートしていきたいと思います」
当たり前だが産業を変える、社会課題を解決するのは一筋縄ではいかない。だからこそやりがいを感じて社会課題の解決を目指すスタートアップが増えている。最後に社会課題の解決を目指す人達に向けてアドバイスをもらった。
中島「社会課題は漫然と生きていても見つかりません。社会課題に気づく方法はいくつかありますが、そのひとつが他の国や地域と比較してみることです。進んでいる国、遅れている国と日本を比較することで、課題が浮き彫りになってきます。
もうひとつは、自分独自の歴史観を保つことです。歴史をただ学ぶだけでなく、自分なりに解釈することが必要です。例えば今の日本が豊かになる過程には『大衆化・画一化』という価値観がありました。それは間違いなく日本の豊かさには繋がりましたが、現在はそれによって生まれた歪みが問題を起こしています。それが本当に正しいか分かりませんが、自分なりに歴史を解釈すると仮説が立てやすくなります。
そして、自分で課題だと思ったことには自信を持つことも大事。自分にとって課題だと感じていても、他の人からは『そんなの課題じゃない』といわれることもあるかもしれません。それでも課題を叫び続けて、解決のために動き続けていれば共感する人が現れて、それが推進力になっていくはずです。最初はうまくいかなくても、課題を叫び続けていれば、手法は後からいくらでも変えられます。まずは課題を見つけること、そしてそれを叫び続けることを意識して欲しいですね」
執筆:鈴木光平
取材・編集:BrightLogg,inc.
撮影:河合信幸