2025年4月から省エネ基準への対応義務化が始めることなどもあり、改めて住まいの性能、とくに断熱性能や気密性能に注目が集まっています。そのような中、2010年とかなり早い時期に住人主導で竹山団地内、6棟の断熱改修工事に取り組んだのが、竹山16-2団地管理組合法人(神奈川県横浜市緑区)です。
どんな経緯で、どのように、どんな断熱改修工事を行ったのか、竹山16-2団地管理組合法人 事務局長の稲葉壮二(いなば・そうじ)さんにお話を聞きました。
築40年を契機に大規模改修工事を検討
JR横浜線「鴨居」駅からバスで10分弱の場所にある、約3300戸を有する竹山団地。そのうちの3000戸ほどは分譲棟、残りは神奈川県住宅供給公社が管理する賃貸棟として、数棟ずつに分かれた管理組合が25もあり、それぞれの組合が建物や周辺の管理について検討や運営を行っているそう。この中でもいち早く断熱改修工事に取り組み、快適な生活を手に入れたのが、竹山16-2団地管理組合法人に属する6棟152世帯の住人たちです。
2010年10月~2011年2月、約5カ月間をかけて断熱改修を行ったときの様子(画像提供/竹山16-2団地管理組合法人)
竹山16-2団地の6棟が建てられたのは1971年。それから38年を経て、管理組合で断熱改修を含む大規模改修工事について稲葉さんたちが真剣に考えるようになったきっかけは、2007年に神奈川県住宅供給公社(以下、公社)から管理組合に管理が移管されたことでした。移管後も引き続き建物の管理業務を行っていた公社によって建物診断がなされたのですが、診断の結果、多くの不具合が指摘されました。そこで今後の修繕などについて住人主導で計画を立てていくことの必要性を感じた人たちが、理事会の専門委員会として、長期計画検討委員会(以下、検討委員会)を立ち上げたのです。
「建物診断では外壁にひび割れがある、サッシが開きにくくなっている、など多くの指摘がなされました。管理会社は管理・運営の主体を組合に移管した以上、具体的にどうするか、という話はしません。『仕方がない、自分たちで考えるしかないね』と腹をくくって検討を始めた形です」(稲葉さん、以下同)
断熱改修を含む大規模改修工事の検討を始めた当初から組合の運営に携わる、竹山16-2団地管理組合法人 事務局長の稲葉壮二さん(写真撮影/桑田瑞穂)
第1期の検討委員会は、建て替えを強く主張する人との意見をまとめることができず、検討委員会が解散したこともあったそう。けれども2008年には専門知識や興味のある人を中心に検討委員会を再設置。費用面などから考えても「現在の建物で大規模修繕を行って長く住み続けることが大切で現実的だ」と一つひとつ具体的な内容を詰めていったのです。
「夏の暑さに耐えられない」「押し入れにカビ」積もる生活のストレス
検討委員会では「どの工事を行い、優先すべきか」の検討を進めるため、住人にアンケートを実施するなどして意見を募集しました。すると多くの人からさまざまな声が挙がったのです。
「『壁の内側の結露が激しい』『押し入れがカビだらけになっている』という話はほとんどの住人から聞かれました。とくに最上階の4階に住む人からは『夏は暑くてたまらない。エアコンを入れても全然効いている感じがしない』と必死な様子での訴えがあって」
最上階である4階に住む人たちは、とくに夏の暑さに対して「エアコンを入れても全く部屋の温度が下がらない」と困っていたそう(画像/PIXTA)
竹山団地に限らず、全国の古い団地や集合住宅で、建物の老朽化や住人の高齢化とともに問題になっているのが、住宅性能の低さとそれに伴う生活環境の悪化です。地球温暖化などの影響で夏場の気温は年々上昇しています。断熱性能や気密性能が低い住まいでは、外の熱や湿気を十分に遮ることができず、暑さ、湿気によるカビの発生など、生活にストレスを与える現象が生じたり、住む人の健康を損ねたりすることがあります。冬場には結露が起きたり、室内の場所によって生じる寒暖差から高齢者がヒートショックを起こすなど、命の危険につながることも指摘されています。
勉強会や専門部会など、議論と検討を重ねて工事内容を決定
稲葉さんたち検討委員会のメンバーは、竹山団地に住む人の日々の暮らしにおける不快・不調・不安を改善するにはどうしたらいいのか、の答えを求めて専門家を呼んで勉強会を開くことにしました。複数の会社や有識者に話を聞きながら検討を進めていくうちに、「断熱性能」を上げることが快適な生活を送るための最優先課題だと認識します。
「勉強会を重ねる中で、これからも快適にこの団地で住み続けていくためには、大規模改修工事のなかでもとくに『断熱改修』が重要だという結論に至りました。そこで、希望者を募り、当時、外断熱改修をいち早く実施していた多摩ニュータウンにある南大沢団地を視察に行ってその快適な暮らしについて話を聞きました」
竹山団地の管理組合向けに改修工事見学会を行ったときの様子(画像提供/竹山16-2団地管理組合法人)
さらに断熱工事においては「外断熱」という工法が「建物全体を断熱材で覆うもので、柱の内側に断熱材を入れる内断熱と比べると気密性が高く、建物への負担が軽く、断熱の効果が高い」ことを知ります。断熱材が建物の外側と内側で熱の移動を遮断することで、快適な室温を維持することができるのです。検討委員会はまず、床・屋上・壁を外断熱工法で工事し、同時に各住戸の窓サッシを複層ガラスに変更することを決めました。
約2億円の改修費は、住民の新たな持ち出し金ゼロで捻出
工事にかかる費用を見積もりしてもらうと、約2億円もの金額に。そのうち1億2000万円は、蓄えてきた修繕積立金で賄い、残りの8000万円を管理組合が金融機関から借り入れることで、住人に新たな費用負担が生じないようにしました。工事前に立てた長期修繕計画では将来的に必要になる修繕をしっかりと見込んでおり、その後も152世帯から修繕積立金を計画的に集めることができたため、当初は4年間で完済する予定だった借入金は、結局、繰上げ返済をして3年で完済できたそう。「住人の新たな持ち出し費用がゼロであることは、スムーズな合意形成にもつながった」と稲葉さんは振り返ります。
さらに、稲葉さんたち検討委員会のメンバーは、長期修繕計画を作成していたときに「住宅エコポイント制度」という補助金を活用できるかもしれない情報を入手していました。これは国の施策として省エネ法に基づく基準を満たした断熱改修を行った住宅に工事の内容に応じて、商品と交換できるポイントを支給する制度です。もともとの計画では大規模改修を2012年ごろに行う予定でしたが、この補助金を有効に活用するため、工事の予定を早めて2010年10月~2011年の2月に最上階の屋上天井と壁の外断熱工事、複層ガラスの窓サッシへの変更を実施しました。
外側のコンクリートの壁に5cmの断熱材を接着し、上から塗装する「外断熱湿式工法」を採用して改修(画像提供/竹山16-2団地管理組合法人)
屋上の断熱工事を実施したときの様子。新たに5cmの厚みの断熱材で覆ったうえに塩化ビニールシートを張ることで断熱はもちろん、防水にも優れた構造に(画像提供/竹山16-2団地管理組合法人)
窓のサッシは全て複層ガラスに変更した(写真撮影/桑田瑞穂)
取得した住宅エコポイントによって、当初は計画していなかったLED照明への交換や玄関扉の交換も実施できたそう。さらに翌年には、床下(基礎部分)の断熱工事も実施しました。
安定した室温で快適に変わった生活に、住人から喜びの声
竹山団地の断熱改修工事について研究していた研究者が、改修後、2月の寒い時期に1週間の室内の温度を測って室温の変化がどの程度生じるかを調べました。すると、外気温が2度前後の明け方や夕方でも18度以上が維持されていたそう。「暖房を使用していない時間帯でも、室内で最も冷える場所だと考えられる玄関でも、18度を下回ることはなかったようです」と稲葉さん。
2月の1週間、居間、北側の洋室、玄関と外気の温度と湿度の変動を調べたところ、茶色と紺色の点線で示される外気の温湿度に対し、グレー・青・水色の実線が表す室内の温湿度は暖房の使用有無にかかわらず、かなり一定に保たれていた(出典/坊垣和明(東京都市大学名誉教授)他、外断熱改修済住棟の改修効果に関する研究 その2、日本建築学会発表梗概集、2022年7月)
「実際に改修後、住人からは『夏のクーラーがちゃんと効くようになった』『生活のスタイルは変えていないのに冬の室内の温度が改修前より3度も上がっていた』『電気代が工事前よりもかなり安くなった』など、多くの喜びの声が聞かれました」
団地の入口部分の上部を見ると、断熱材を入れた5cm分だけ外に壁が追加されていることがわかる(写真撮影/桑田瑞穂)
改修を支えた、住人主導の管理組合のあり方とは
スムーズに改修が実現した背景には、先に紹介したように住人から新たな費用の持ち出しがなかったこととあわせて、日ごろから「住人さん自身が積極的に団地の運営や環境整備・維持に関わる体制もある」と稲葉さんは説明します。
「例えば、敷地内の植栽の管理や草むしりなど、お金を払えば専門の会社に任せることは可能です。けれども私たちの団地では、有償のボランティアという形で有志を募ったりしながら草刈りなどを行っています。自分たちで手入れをすればこの場所に愛着を持ちますし、住人同士のコミュニケーションのきっかけにもなります。何より、顔を知らない会社にお金を払うより、尽力してくれる知人(住人)に払うほうがお礼の気持ちを伝えることができて嬉しいし、コストダウンにもなるんです」
30分700円の有償で草刈りや植栽の剪定、花壇の手入れなどを行う「美化ボランティア」のグループ。今では竹山団地内の他の管理組合からも依頼が相次いでいるそう(画像提供/竹山16-2団地管理組合法人)
花が咲く季節には、住人同士の交流を兼ねて手をかけて育てた植栽や樹木を鑑賞しながら食事をすることも。画像は2月の「梅見会」の様子(画像提供/竹山16-2団地管理組合法人)
さらに、今回の取材で稲葉さんに話を聞かせてもらった「みんなの部屋」というスペースも、住人同士がコミュニケーションをとりやすいよう、お茶菓子をつまみながら談話を楽しむ「ふれあいサロン」を実施したり、組合の会合を開いたりする場所として開設したのだそう。
「高齢化が進んで、一人暮らしの方、さらには一人で亡くなる人も増えてきたときに『みんなで助け合って暮らしていくことが必要だね』という話になりました。最初は庭にベンチを置いたりして、住人同士のコミュニケーションが図れるように考えてきましたが、やっぱり屋内のスペースが欲しいということで この『みんなの部屋』という共有スペースをつくったんです。最初はこの部屋を所有する法人から組合が借りていたのですが、2023年に買い取り、今は文字どおりみんなで運営しています」
「みんなの部屋」で飲み物やお菓子などを用意しておしゃべりする「ふれあいサロン」実施時の記念撮影(画像提供/竹山16-2団地管理組合法人)
「自分たちが快適に長く住み続けたいから、自ら学んで、住人主導で必要な修繕の計画を立てて実行する」という竹山16-2団地の管理組合法人の主体的なあり方は、団地だけではなく、もっと小規模な集合住宅や町内会などでも、住む人同士がよりよい暮らしを実現するために、欠かせない姿勢だと感じます。
実は竹山16-2団地管理組合法人の自主運営のあり方は、団地再生事業協同組合から「居住環境」「運営・経営」「コミュニティ形成」の3側面を満たす団地に与えられる「三ツ星団地」に認定されたり、団地の大規模改修工事の先進事例として国土交通省が紹介するなど、内外から評価されています。
いま住む場所を大切にしながら長く住み続けていきたい、毎日快適に暮らしたいと考えるとき、竹山16-2団地管理組合法人の取り組みを一つの好例としてぜひ参考にしてみてください。
●取材協力
・竹山16-2団地管理組合法人
・竹山団地