兵庫県神戸市の山手側に現れた「バイソン(梅村)」というエリアが話題となっています。廃屋9棟を改修してシェアハウスなどによみがえらせ、まるで村のような集落を形成しているのです。

使う資材の8割が廃材。さらに工事に加われば家賃を取らないというから驚きです。バイソンを開拓し、地域再生の旗手となったのが“廃屋ジャンキー”の愛称で親しまれる「合同会社 廃屋」の代表、建築家の西村周治(にしむら・しゅうじ)さん。荒れ果てた廃屋になぜ挑むのか、廃材を使う意義とは。西村さんとバイソンの居住者たちにお話をうかがいました。

廃屋を買い取り、なおして使えるようにする「廃屋ジャンキー」

総務省によると、令和5年の調査では日本全国の空き家総数が約900万戸と、ここ30年間で2倍に膨れ上がったといいます。空き家のなかには朽ちて「廃屋」と化し、倒壊のリスクや、治安や景観の悪化につながるなど社会問題となっているものもあるのです。

そのような、誰も手を出そうとしない廃屋をあえて改修する集団が神戸にいます。その名もズバリ「合同会社 廃屋」。彼らが実際に再生を手掛けた「バイソン」という集落を訪ねてみました。

目的地「バイソン」があるのは神戸の梅元(うめもと)町。神戸の一大繁華街である三宮からバスで北へ15分ほどで、山手側に位置する梅元町に辿り着きます。梅元町は再度山(ふたたびさん)という山のふもとに位置する傾斜地区で、大型車の通行が不可能なほど細い路地が枝分かれしていました。

山の鳥のさえずりが耳に心地よく、「ここも本当に神戸?」とにわかに信じがたいほど閑静な場所です。

廃屋を修繕しながら暮らす村「梅村(バイソン)」に住民が続々! 空き家をよみがえらせる廃屋ジャンキーたちに話を聞いてみた 兵庫県神戸市

バイソンがある梅元町。バイソンは大型自動車の進入は不可能な狭路の向こうにある(写真/出合コウ介)

急こう配の坂道をのぼりきると、両脇に古民家が60メートルほど続くエリアが現れます。古民家はそれぞれ改装やギョッとする壁画が施されていました。そう、この謎めいた場所こそが「バイソン」です。梅元町に出現した村だからバイソンと、LINE投票により決定したといいます。

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梅元町に誕生した村(集落)だから「バイソン(梅村)」(写真/出合コウ介)

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パワフルな壁画のおかげで道に迷うことはまずない(写真/吉村智樹)

施工が始まったのは2021年。住民の人数は日々変動し、現在は20名前後です。年齢や国籍はバラバラなのだとか。

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バイソンは現在60メートルほど続く路地に沿って建つ9棟によって構成され、23名が居住している(写真/出合コウ介)

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村のパロディステッカー(写真/出合コウ介 )

「住んでいるのは23名ですが、このあいだインドネシアのダンスチームが来日して、40名以上のダンサーが雑魚寝しながら滞在していましたよ」

そう語るのは、バイソンを開拓した「合同会社 廃屋」代表の西村周治さん(42)。人呼んで「廃屋ジャンキー」。一級建築士や宅建士、電気工事士や耐震診断士など多数の資格を持ち、廃屋を買い取り、直して使えるようにすることを生業にしています。

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「合同会社 廃屋」代表の西村周治さん。人呼んで「廃屋ジャンキー」(写真/出合コウ介)

西村さんが代表を務める「合同会社 廃屋」は2020年に発足した、オンボロの廃屋ばかりを直す施工チームです。手掛ける物件は室内まで蔦が生えて自然と一体化してしまった家や、構造躯体がシロアリに侵食された元診療所など強敵ばかり。これら難物を相手取り、生えた草を丁寧に刈り取り、内装をはがし、屋根を張り替え、構造工事で耐震補強、というふうに手間と時間をかけて改修するのです。合言葉は「屋根が落ちてからが本番」。

西村さんたち廃屋メンバーがこれまでによみがえらせてきた空き家・廃屋は約30軒。現在も3軒が進行中です。買い手がつかない朽ち果てた住居や不動産に果敢に挑み、居住スペースやシェアハウスなどセンスあふれる人気物件に変身させてしまうことで知られ、手に負えない物件があれば「西村さんに連絡したらなんとかしてくれる」という通念さえ生まれつつあるといいます。

西村「神戸だけやないです。全国から廃屋の情報が集まってきます。30年も放置されたままの家や建物は日本中、いたるところにありますよ。なかには昔の職人さんが丁寧にしつられた、二度と再現できない貴重な家もあるんで、残せるものなら残したほうがええと思ってやっています」

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廃屋があるところ、西村さんは神戸市内ならばどこでも駆けつける(画像提供/合同会社 廃屋・西村組)

廃屋工事にかかわるメンバーは流動し、建築や解体現場のプロのみならず、ボーカリスト、画家、DJなど個性豊かなクリエイターが参加しています。

穴掘りや床張りなどはワークショップにすると、一般からの応募が続々と舞い込む人気です。

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工事にはさまざまな業種・性別・国籍の人たちが集まった(画像提供/合同会社 廃屋・西村組)

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穴を掘るワークショップで生まれた穴は現在もバイソンの敷地内にある(写真/出合コウ介)

西村「家づくりって、指導できるプロがいて大工仕事ができたら素人がやってもいいんですよ。海外から旅人が工事しにやってきて、完成したらちょっと住んで、また旅に出る。そういうケースもたくさんあります」

住居だけではなく利用スペースが豊富な村「バイソン」

バイソンの中を歩いてみると、自治区と呼びたくなるほどの充実ぶりに驚かされます。屋外では畑があって、養鶏もしている。建物は住居だけではなく住民らが利用できるギャラリーや茶室、アトリエ、シェアハウス、シェアオフィス、アーティスト・イン・レジデンス(国内外からアーティストを一定期間招へいし、滞在中の活動を支援する事業あるいはその施設)、防音設備を施したスタジオ「バイソンアジト」などに変貌を遂げていました。

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ぼろぼろだったダイニング(画像提供/合同会社 廃屋・西村組)

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ダイニングを兼ねたギャラリーに変身(画像提供/合同会社 廃屋・西村組)

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ギャラリーに生まれ変わった廃屋はアーティストたちの発信の場になっている(画像提供/合同会社 廃屋・西村組)

ギャラリーはシェアキッチンにもなっており、大勢での飲食が可能です。茶室は茶会のみならずヨガやワークショップなどができるフィジカルなスペースにもなっています。

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神戸を一望できる縁側が心地よい茶室(写真/出合コウ介)

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長く放置されていた頃(画像提供/合同会社 廃屋・西村組)

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廃屋が茶室としてよみがえった(写真/出合コウ介)

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茶室は茶道のみならずワークショップにも用いられる(画像提供/合同会社 廃屋・西村組)

そして、それら建物同士の仕切りがなく、行き来がとてもしやすいのです。個邸という観念すらなくなりそう。

西村「もともとあった家屋のブロック塀をみんなで壊したんです。ブロック塀破壊のワークショップをやったら、応募がたくさんあってね。壊した塀の残骸は10トンにものぼりました。

すごい量です。家をブロックで囲うのが美徳だった時代の名残ですね。そんな塀を取り払って境界線をなくしたら、空間を共用しやすくなりました。隣の家へ気兼ねなく行けるほうがええしね」

所有権主張の象徴だった高いブロック塀。廃墟をブロック塀が囲っていたころは、この辺りの雰囲気は不気味で、立ち入ってはいけない場所とされていたそうです。そんな塀を撤去したことでバイソン住民には精神的な垣根が取り払われ、住民同士があちこちの共用ベンチで会話をし、ご飯ができたら誰かを誘う習慣が自然と生まれたといいます。住民連絡用の掲示板も「いつの間にかできていた」のだそうです。

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誘い合わせて大勢で食事をする場合も少なくない(画像提供/合同会社 廃屋・西村組)

「労働してくれたら家賃は取らん」0円シェアハウス

それにしても、小型の軽自動車が通るのがやっとの道幅で、重機が入れない廃屋群を、どのように工事したのでしょう。

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シェアハウス外観(写真/出合コウ介)

西村「人力です。こつこつ1年半かけてやりました。多くの工務店はこんなしんどい作業は断るでしょうね。そやから、『労働してくれたら家賃は取らん』と。そうすると寝食を共にしながらやってくれる人が現れるんです。

女性もたくさん参加してくれました。世の中には僕のように、お金を稼ぎたい気持ちがそんなになくて、おもしろいことがやれて寝られたらそれでええと思う人もいますから」

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畳は腐り、床は朽ち果てていた(画像提供/合同会社 廃屋・西村組)

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天井は抜け落ち、陽が差し込んでいる(画像提供/合同会社 廃屋・西村組)

対価労働で泊まれる「0円シェアハウス」という取り組みは現在も続いており、旅人やツアーアーティストなど、毎日いろいろな人が出入りします。

9軒の廃屋のなかには、屋根が腐って落ちるほど荒廃した物件もありました。半年かけて解体し、柱を一本一本入れ替えて屋根を付けたのです。それを楽しめる気持ちがないと、完遂できなかったでしょう。確かにお金を稼ぎたいだけが目的ならば、やれないのでは。

西村「あと、昆虫が苦手だったらできないでしょうね。廃屋はシロアリだけではなく、あらゆる昆虫が住んでいます。なんの幼虫かわからないけれど、工事しているとでっかい幼虫がうじゃうじゃ出てきましてね。ボールみたいに丸めて裏の山へボンボン投げ込んでいました。家の中で生き物がうごめいているのはおもしろいですよ。ぜんぜん不気味じゃない」

ゴミや廃材に新たな価値を見出す

使われている資材の大半が廃材であることも、バイソンの大きな特徴です。「舞台美術関係から引き取ってきたものが多い」とのこと。

確かに資材はなんらかの演劇の大道具に使われていたと思わしき、非日常な絵柄が施されていました。

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改修には舞台美術関係から引き取ったものが多く、現在も倉庫に保管されている(写真/吉村智樹)

西村「8割以上は廃材を使うことを目標にしています。ギャラリーに使っている扉部分の板はロシアから送られてきた梱包材を使っているんです。ロシア人が踏んだ靴底の跡がそのまま残っているんですよ」

西村さんたちは改修の資材として解体現場の古材・廃材やモデルルームで使用されたガラス戸、その場に放置された古びた家具なども使います。解体現場で壊した土壁を粉砕して練り直し、漆喰と混ぜてもう一度塗るなど、再び命を吹き込んでいるのです。

廃材を用いて家づくりをするため、ギャラリーで使われている椅子は新しいもの、古いもの、あらゆる場所から集められ、同じ形状は二つとありませんでした。ちぐはぐなはずなのに、とても居心地がよいのです。「もしかしたら自分は、きれいにそろっている家にストレスを感じていたのかもしれない」と気づくほどに。

西村「廃屋をゴミで直すのは、お金を節約するだけが理由ではなく、世の中で無価値とされているものに価値を与えたい気持ちがあるんです。新品じゃなくても、サイズがそろっていなくても、別にええでしょ。新しくないから、そろっていないから住みやすいと感じる人もいて、そこにも価値もあるんです」

「そろっていないから住みやすい」。確かにバイソンには、まんべんなく平均的な人ではなく、どこかが突出していたり、何かが欠落したりしている人にも寄り添ってくれるやさしさを感じます。そして、住むこと、暮らすことへの選択肢を増やしてくれているのだと思いました。

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椅子はさまざまな場所から集められ、同じものは二つとない(画像提供/合同会社 廃屋・西村組)

はじめは1棟だけDIYするつもりだった。しかし……

ではそもそもなぜ、バイソンは誕生したのでしょう。

西村さんがここ梅元町に興味を持ったのは、神戸を見渡せる美しい眺望に加え、かつて富裕層が暮らしていた趣のある家屋が残っていたからです。このまま放置され続け朽ち果てるのは惜しいと、買い取ってDIYを決意したところ、建築関係者以外からも有志が集まり、自分たちの手による解体・改装が始まりました。

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神戸の海まで見渡せる素晴らしい眺望がバイソンの魅力の一つ(写真/出合コウ介)

西村さんは当初、バイソンを開くつもりはなく、梅元町の廃屋1棟だけを改装する予定でした。しかし、それを知った周辺の空き家所有者から「うちの家も買ってほしい」「うちのもなんとかして。買い手がつかず困っている」と続々と声がかかり、なんと計9棟を買い取ったといいます。

西村「我ながら、むちゃくちゃですよね。そして、実は工事はまだ終わってないんです。古民家がさらに1軒、増えたので」

なんと、これからバイソンの建造物が増えるとは。さらにバイソンのすぐ隣にある元女子警察官寮も西村さんが買い取り、「改装着手待ち」だといいます。神戸の山手のひっそりとした場所で、まるでかつてのサグラダ・ファミリアのように、バイソンは日々アップデートしながら拡張し続けていました。

西村「廃屋って安いんですよ。1棟100万円とか。『タダであげるよ』という物件もあるし、一軒買うと他の廃屋がセットでついてくる場合もある。そんなふうに荒れ果てた物件があちこちにどんどん増えていって、さばききれない状態になっていますね。引き取った廃材の置き場はパンク寸前です。それでも魅力的な廃屋があると、『やるしかない』という気持ちになってしまうんです」

立ち退きを命じられた悔しさが廃屋へ情熱となった

西村さんはなぜ「廃屋ジャンキー」と呼ばれるほどに廃屋に魅了されたのでしょう。

西村さんは京都府京都市出身。廃屋に触れるきっかけは中学時代。父親が突然、大工の知識がないにもかかわらずボロボロの廃屋を購入したのだそうです。「お前が住めるように直せ」と言われ、試行錯誤しながら、ペンキを塗ったり床を張ったり。その後なんとかその家に住めるようになり、廃屋を修繕する原体験となったのです。

高校時代はあまり学校へは行かず、夜中にバイクを乗り回す日々。バイクで事故を起こし、意識不明に。明日には死ぬかもしれない状況で、手厚い治療の末に回復したものの、「好きなことをして生きないと後悔する」と強く感じたといいます。

神戸芸術工科大を卒業後、定職には就かず、アルバイトで生計を立てていました。アルバイトで得られる給料は月に7万円。お金がなく、住んでいたアパートの家賃5万円が払えず追い出され、明日からホームレスという苦境に。

そこで、大学の先輩であり、不動産情報に出ない空きスペースを住居化する「住みコミュニケーションプロジェクト(通称:住みコミ)」を運営している三宗匠(みつむね・たくみ)氏の伝手を頼り、神戸の今はなき稲荷市場にあった長屋の1室を1万5千円で借りました。そして、廃材で床を直したり、拾ってきた風呂釜で入浴したりしながら暮らしはじめます。

西村「屋根がはがれかけているようなハードコアな家でした。暑いし寒い。ドアに鍵がないから猫や知らない人が勝手に入ってくる。でも友人3人とシェアして住んだので、家賃は一人5,000円で済んだんです。造船所の近くにあった稲荷市場には生活保護を受けて毎日釣りをしている人や、昼間からお酒をご機嫌に飲む人など、働いているのか働いていないのかよくわからない人ばかりいました。誰がどんなふうに暮らしていようと受け入れる自由さがあって、あのころは苦しかったけれど楽しかった」

しかし、楽しい日々は長く続きません。住んで8年目のころ、高層のワンルームマンションが建つことになり、立ち退きを命じられたのです。このままでは路頭に迷うしかありません。

強制的に退去させられた時期、さらにつらい出来事もありました。鬱で闘病していた母が自死したのです。社会になじめず、定職にも就くことができず、おまけに家も失ったなかでの母の死。西村さんは生きることの意味について自問自答を繰り返した結果、ボロボロの家を自分の手で塗ったり貼ったりして、訪れる人に楽しんでもらった過去を思いだしたのです。

西村「そこからまた、ボロボロの廃屋を手に入れて、自分で直して住み始めたんです。するとその家に『住みたい』という人が現れて、そこを貸してしまい住むところがなくなり、また家を買ってDIYをして……。それを何度も繰り返しているうちに、現在のヤドカリのような生活がスタンダードになりました」

資材として廃材を利用するのも、マンション建設の際に立ち退きを命じられた現場を見たのがきっかけだったといいます。

西村「住んでいた稲荷市場近くの家は解体され、ワンルームマンションが建ちました。解体現場へ行ったら、捨てられていくゴミや廃材が、まだ使えるお宝に見えたんです。どう考えても使える素材なのに、価値がないと判断されてどんどん捨てられる。そんな状況にすごい違和感を覚えましたし、『お宝やん。これは使わない手はない』と思いました。それなので僕の家づくりは、まず『何が使えるか』から始まるんです」

バイソン住民たちは「みんな、いつかは巣立つ旅人」

では、バイソンに居住したり、アーティスト・イン・レジデンスを利用したりしている人たちは、どのように感じているのでしょう。

シェアハウスに住む若林徳義(わかばやし・のりよし)さん(26)、通称「ノリくん」はアメリカの美大を卒業後、日本へやってきた帰国子女です。西村さんたちが引き受けた廃屋のデザイン・施工を行いながらバイソンに居住しています。

若林徳義さん(以降、若林)「2年半前に日本に来ました。神戸で茅葺屋根づくりのアルバイトをしていた時、『住み込みで働ける場所はないか』と相談して、西村さんを紹介してもらったんです。西村さんやバイソンの仲間たちはみんな優しくて、僕を変な目で見ない。日本語があまり上手じゃない僕を特別な目で見ない場所って、実はけっこう珍しいんですよ」

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若林徳義さん(写真/出合コウ介)

バイソンに住むまで、日本語がおぼつかないことから特別視されたり、時には蔑んで見られたりしていたというノリくん。バイソンの魅力は「人にある」と語ります。

若林「住んでいる人、訪れる人がみんな僕と同じ根なし草なのがよいところだね。20人ほど住んでいるっていうけれど、滞在している人や遊びに来ている人を含めたら、もっと多い。そしてみんな、いつの間にかどこかへ行ってしまう。それが良いんだよ。何年住んでいたって、ここにいる人たちはみんな旅人なんだから」

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若林さんが住むシェアハウス。土壁の名残が味わい深い(写真/出合コウ介)

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イベントの日には国籍を問わずたくさんの人たちが集まる(画像提供/合同会社 廃屋・西村組)

シェアハウスに住んで1年が経った軍司有佳里(ぐんし・ゆかり)さん(34)は奈良出身。かつては設計・デザイン・施工・DIYのサポートなど多岐にわたり活動するものづくり集団「TEAMクラプトン」のメンバーでした。そして、退職後に全国へ一人旅に出かけたのです。

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軍司有佳里さん(写真/出合コウ介)

軍司有佳里さん(以降、軍司)「前職を辞めてから、旅をしている間に次の拠点を決めようと思っていたけれど、全国いいところがありすぎて決められないので、『どこかに落ち着いて次のステップを考えよう』とバイソンに来ました。次のステップが見つかったら1カ月で出るかもしれないと思っていたし、見つかるまでどのくらいかの期間は決めずに来たんです。そして、暮らしながら働いているうちにバイソンが大好きになって、今もいるという感じ。今では『ここが次のステップだったのかも』と思ったり、次とか、そういった区切りない自然な感じでいられる場所なのかもと思ったりしています」

軍司さんは現在、合同会社 廃屋での書類申請作業や図面の作成、ときには工事現場へ出て働いています。軍司さんにとってバイソンの魅力はどこにあるのでしょう。

軍司「私だけではなく、みんなが言うんです。『実家や故郷に帰ったみたい』って。古い家屋をできるだけ活かしながら改装しているから、懐かしく感じるんです。それに実際の地元はすでに開発されてしまって、古い家もなくなり、思い出の光景はもう残っていなかったりしますしね。ここにはまだ、それがある」

アーティスト・イン・レジデンスを利用する、ならさきゆきのさんはダンスアーティストです。

ならさきゆきのさん(以降、ならさきゆきの)「1年の半分は海外でのツアーをしており、先月まで半年間、中国にいました。日本の拠点がバイソンなんです。いつも帰国するたびに実家のように戻ってきて、バイソンでの暮らしや人からインスピレーションを受けて、作品をつくっています。多様な人が一緒に生活していて、自然環境が近くにあり、とてもリラックスできるのがよいところです。あと、ここから徒歩で行ける湊山温泉が天然温泉のかけ流しがあり、とても助かっています」

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ならさきゆきのさん(写真/出合コウ介)

ならさきゆきのさんにとって、周囲の環境のよさが最大の魅力なようです。

ならさきゆきの「お茶室で神戸の街を見渡しながらヨガができるなど、ホッとくつろげる場所なんです。仕事柄、心身が整うことが本当に大事なので。バイソンには、よい氣が流れていると感じます。他人と住むことに抵抗があるかですか? ないですね。パリにも住んでいるのですが、家賃がとても高くて、価格を抑えようとすると必然的にシェアハウスになるんです。今はむしろ、一人暮らしよりも、『おかえり』と言ってくれる人がいる滞在先のほうが安心できます」

「空き家問題」は果たして本当に問題なのか?

日々、廃屋と向き合う西村さん自身は日本に空き家・廃屋が増え続けている状況を、どのように捉えているのでしょう。

西村「よく『空き家問題』って耳にするじゃないですか。でも、ほんまに問題なんかなあ。日本は出生率の低下とともに人口がどんどん減少している。住む人が減るんやから、家が余ってくるのは当たり前なんです。将来は『3軒に1軒が空き家になる』と予想されています。そやから、空き家という利活用可能な資源、財産がどんどん増えているとポジティブに受け止めたほうがいいですよ。共有地にして、ギャラリーにしたり、鶏をみんなで飼うたりとかね」

共有地があるから、その地域の価値が上がり、建物の価値が上がってくる。西村さんはそのような考えに基づき、使い方・見せ方を提案しているのです。そんな西村さんにあえて愚問をぶつけてみました。建築士として将来、新築を手掛けてみたい夢はないのかと。

西村「ないですよ。これからどんどん家屋が余ってくるのに、新築する意味がわからん。こんなにも家がたくさんあって、まだ建てるんかと思う。さらに購入するとなると何千万円と借金を背負うでしょ。しんどいですよ。日本には『家を建てて一人前』という考え方があって、それって空き家問題の原因にもなっている。サステナブルやSDGsが叫ばれているこの時代に、合っていないですよね。日本はまずそういった新築至上主義から捨てていかんとあかん」

風通しがよいバイソンにいると、自由な空間であることを肌で感じます。理由は「こうなったら一人前」という旧態依然とした既成概念に囚われていないからでしょう。

西村「いろいろな人がいて、衣食住があって、なんとなく死なないで生きていける世界、それが理想だと思っています。資産価値が高いほうが豊かだという考え方があるけれども、土地なんて、いわば土ですやん。どこの土も同じですよ。流れている空気も同じ。どこに住んでも、豊かに暮らそうと思えば暮らせます」

バイソンとは、もともとは背中が盛り上がった姿を特長とする大型の牛で、山の斜面に住み、季節によって移動しながら生息します。悠然としたその姿から、北米では神聖な動物とされているのです。山の斜面に広がり、おおらかな気風で旅をしながら生きる人たちを癒やすこの場所は、まさにバイソンと呼ぶにふさわしいと感じました。

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