30年以上にわたって世界中の名建築を取材してきた建築ジャーナリスト・淵上正幸氏に、その独創性で際立つ建築物を紹介いただく連載25回目。今回は世界的IT企業、グーグルがアメリカ・カリフォルニア州のシリコンバレーに建てた社屋「グーグル・ベイ・ビュー・キャンパス(Google Bay View Campus)」を取り上げる。

ワーカーの心身を健康にする “バイオフィリック・デザイン”採用

上空から俯瞰(ふかん)すると、巨大な親子の亀が並んでいるかのようだ。銀色の甲羅に見える特徴的なデザインの屋根の上には、計約5万枚の太陽光パネルが設置されている。この枚数からもイメージできるとおり「グーグル・ベイ・ビュー・キャンパス」のスケールは圧倒的に大きい。社屋はNASAエイムズ研究センターに隣接する42エーカー(約17万平米)の敷地に広がっており、総面積は110万フィート(約10.2万平米)。東京ドーム2個がすっぽり収まる大きさだ。その中に、20エーカー(約8万平米)のオープンスペース、2棟のオフィスビル、約1000人収容できるイベントセンター、240戸の短期従業員用宿泊施設などがある。

公式リリースによれば、総面積はサンフランシスコで最も高いオフィスタワーと同じ。タワーオフィスであれば幾重にも積み重ねられるフロアプレートを上下2層とし、活気あるコミュニティを形成しているとのこと。確かにフロアが多数に分かれているよりもコミュニケーションははるかに取りやすく、クリエイティブワークをするには適切な環境だろう。

上層階には、ワーカーが自分の仕事に集中できるチームスペースを、下層階には同僚たちとのコラボ、共創がしやすいギャザリングスペースを配置。この上下階をつなぐのが、グーグル・ベイ・ビュー・キャンパス屋内のコートヤード(中庭)だ。ここを経由してカフェやキッチン、会議室、多くのワーカーが集える大スペースなどに容易にアクセスできる。

世界の名建築を訪ねて。巨匠が創るGoogleの次世代オフィス。カーボンフリーを目指すサステナブル建築/アメリカ

上下階をつなぐコートヤード。

上層階はチームスペース、下層階にはギャザリングスペースをそれぞれ配置(c)Iwan Baan

また、ワーカーの健康とウェルビーイング向上のため、すべてのデスクから緑、自然光、外の景色を眺めることができるなど、バイオフィリック・デザインの考え方が採用されていることも特徴だ。

グーグル構想「2030年カーボンフリー稼働」を牽引する建築物

「サステナブル(持続可能な)」は、今や世界的な再重要課題のひとつとなっている。建築の世界においても同様であり「環境負荷低減」は建築家に課せられた重要なミッションとなりつつある。

「グーグル・ベイ・ビュー・キャンパスは、このミッションをカタチにした傑作建築のひとつといえるでしょう。冒頭で触れている亀の甲羅状の太陽光パネルは約7メガワットを創電し、キャンパスの電力需要を満たしています(ちなみに1メガワットは、日本の一般家庭約300世帯が年間に消費する電力量に相当)。また、北米最大規模を誇る統合地熱杭システムを導入し、これでキャンパスの冷暖房をまかなうことで、二酸化炭素排出量を約50%、通常の冷房に使用する水の量を約90%、それぞれ削減しています。ちなみに後者は年間500万ガロン(約1900リットル)の水に匹敵します。

世界の名建築を訪ねて。巨匠が創るGoogleの次世代オフィス。カーボンフリーを目指すサステナブル建築/アメリカ

屋根のクローズアップ。“龍の鱗”とも称される太陽光パネルが敷き詰められている。中央の棟(むね)の左右に弓形の開口部が連続するデザインで、建物内には自然光が降り注ぐ(c)Iwan Baan

さらに、敷地内で生成した再生水を使って飲料水以外の需要をすべてまかない『ウォーター・ポジティブ』を実現していること、グーグルが構築したオンサイトシステムで雨水と廃水を収集、処理、再利用し、生物の生息環境の復元や、海面上昇の抑制を目的とし、ワーカーをはじめとする近隣の人々に、キャンパス周囲を巡る“ベイ・トレイル”の湿地の美しさに触れる機会をつくり出していることも見逃せないポイントです」

こうした数々の先進的な技術、取り組みが評価され、グーグル・ベイ・ビュー・キャンパスは「LEED(※)」の最高位「プラチナ認証」を受賞している。グーグルは、2030年までに24時間365日、カーボンフリーなエネルギーで自社を稼働させるという、大手企業としては初の構想を掲げているが、グーグル・ベイ・ビュー・キャンパスは、まさにそれを牽引する建築物なのだ。

※ Leadership in Energy and Environmental Designの略。環境に配慮された建築物を作るための先進的な取り組みを評価するグリーンビルディングの国際的な認証プログラム(環境性能評価認証システム)。

160カ国以上の国々で採用。

企業イメージを飛躍させるオフィス建築のブレイクスルー

「グーグル・ベイ・ビュー・キャンパスの設計は、本記事バックナンバーでも紹介している2人の世界的建築家が務めています。ニューヨークを拠点に活躍するビヤルケ・インゲルス(BIG)と、繊細なデザイン感覚をもつイギリスのトーマス・へザウィックです。建物のこの部分がインゲルス、こちらの部分がヘザウィック、などと読み取るのは難しいのですが、ともあれこのような世界トップクラスの建築家のコラボ作品というのは非常に希少です」

ヘザウィック・スタジオの公式リリースから、この2人がグーグル・ベイ・ビュー・キャンパスの設計に際して抱いた思いの一端を引用してみよう。

「これまで、世界の建築業界ではさまざまな美的処置をオフィス設計に施してきたものの、長期にわたって成果は出ておらず、行き詰まっていたと思います。このグーグル・ベイ・ビュー・キャンパスのような巨大なスケールでオフィスの在り方を考える機会を得て、私たちは、ワーカー個人の感情や、チームのイマジネーションに焦点を当て、どのようにまったく異なる雰囲気のクリエイティブワークを創造するかに重点を置きました」(トーマス・ヘザウィック)

「このデザインは、データに基づいて意思決定や行動を起こす“データドリブン”なクライアント・グーグルとの協働で生まれたものです。あらゆる決定は確かな情報と実証分析に基づいてなされ、建築へと昇華しました。その結果生まれたキャンパスでは、印象的な“龍の鱗”のような太陽光パネルが設置されたキャノピー(大型の天蓋)が建物に当たる光子をすべて吸収し、エネルギーパイルが地面から得た熱と冷気を蓄え、さらに自然の植物も建物から出る排水をろ過・浄化する機能を備えています。かくして、フロントオフィスとバックオフィス、テクノロジーと建築、そしてフォルムと機能が融合し、新しく印象的な“ハイブリッド・キャンパス”が誕生しました」(ビヤルケ・インゲルス)

世界の名建築を訪ねて。巨匠が創るGoogleの次世代オフィス。カーボンフリーを目指すサステナブル建築/アメリカ

グーグル・ベイ・ビュー・キャンパス敷地内に広がる約8万平米のオープンスペースを闊歩するグーグルの社員たち。キャンパスといえば「大学」を連想するが、近年は企業が建てる「コーポレート・キャンパス」がトレンドに。広大な敷地にオフィスだけでなく、社員のプライベートや交流をサポートするさまざまな施設を内包した、まるで大学キャンパスのような空間である(c)Iwan Baan

ちなみに両氏は日本国内でもプロジェクトに携わっている。最新の案件としては、ヘザウィックは、東京・港区の麻布台ヒルズ(2023年11月開業)、インゲルスはホテル、分譲型別荘、住宅を兼ねるハイエンド・ヴィラ「NOT A HOTEL SETOUCHI」(2026年4月竣工予定)、富士山麓に広がる「トヨタ・ウーブン・シティ」(2024年10月 Phase1の建物竣工)がある。

機会があれば、ぜひ訪れてみていただきたい。

【編集後記】
今回取り上げたグーグル・ベイ・ビュー・キャンパスのように、近年、世界的IT企業の社屋を、著名建築家が手がけるケースが増えている。
グローバルIT企業は、これからも世界を進化させるソリューションを次々に創造していくだろう。それだけに、その発信源となる各企業のオフィスビルにも、ふさわしいステータスやインパクトを伴うデザインが必要だ。これからも、われわれを驚かせる“グローバルIT企業ビルの名建築”登場に期待したい。

世界の名建築を訪ねて。巨匠が創るGoogleの次世代オフィス。カーボンフリーを目指すサステナブル建築/アメリカ

建築プロジェクト開始時にGoogleが定めたのは「イノベーション」「ネイチャー」「コミュニティ」の3テーマだったという。近隣にはTeslaやMicrosoft、Apple、Intel、Yahoo!など名立たるIT企業が拠点を構えている(c)Iwan Baan

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