東日本大震災後に長く避難生活が続いた福島県南相馬市の空き家は、現状で2100件以上ある。避難指示が解除されてから約9年経つが、避難先から地元に戻るのをためらい、空き家となった自宅を放置してしまっている方は少なくない。


一方で夢を持って移住する若い世代も増えているという。空き家の利活用をサポートする相談窓口「ミライエ」に現状と、実際に移住してきた3組に話を聞いた。

避難指示で人口“0(ゼロ)”になった小高区。現在の空き家率は約20%

福島県浜通りの南相馬市は、鹿島区・原町区・小高区の3つの地域自治区から成る。東日本大震災に伴う福島第一原子力発電所事故により出された避難指示は、2016年に大部分で解除された。

3区のうち、住民全員が避難して、一時人口がゼロになったのが小高区だ。筆者が初めて訪問したのは、2018年1月、次が2021年11月。

福島・南相馬市の移住じわり人気、家賃2万円から・補助金も。東日本大震災で人口ゼロになった街で空き家2100軒の利活用【移住者の実例3組】

南相馬市小高区のメインストリートの小高駅前通り(写真撮影/本田奏)

そして2025年5月に訪れた小高駅前通りは、日曜で定休日の店がほとんどだったが、歴史ある伝統行事「相馬野馬追(そうまのまおい)」を控えた沿道には旗が掲げられ、明るく穏やかな活気が感じられた。2021年に訪問したスタンドバーは移転してコワーキングスペース兼用のおしゃれなカフェに。当時準備中だったhaccoba(ハッコウバ)は、2021年2月にパブ併設の醸造所がオープンし、隣町の浪江町に2拠点目が誕生するなど勢いが感じられた。
しかしその一方で、空き家らしい建物がぽつりぽつりと見られた。

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小高川堤防は南相馬市の桜の名所、2025年春も美しい桜が満開に(写真提供:南相馬市)

南相馬市より委託を受けて空き家と住まいの相談窓口を運営しているのが「ミライエ」だ。

ミライエの正会員は不動産会社(市の審査を通り、かつ宅建協会か全日本不動産協会のいずれかに加盟している市内の不動産会社)29社と建築士会相馬支部、賛助会員である市内外の協力事業者21社と連携している(2025年7月現在)。

「2023年にミライエが行った空き家調査では、南相馬市全体で2182件、うち小高区は545件。鹿島区・原町区の空き家率は 7% 台ですが、小高区は 20%と高い数値です。ただ、これも見える範囲の調査で、潜在的にはもっとあると思います」と話すのは、ミライエの熊田めぐみさん。

ミライエは、空き家の所有者や相続して手放すことを考えている方と、移住者など物件を求めている方の相談にのり、マッチングやサポートをワンストップで行い、情報の発信にも力を入れている。

「2023年度は地域住民に空き家の実情を知ってもらうために、小高区で空き家を使ったイベントやワークショップを行いました。また、2024年度には、首都圏に避難している方向けに、空き家利活用のセミナー・相談会を行ったところ、相談会後に空き家バンクに5件もご登録いただくなど、反響がありました。

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小高区の空き家を使って行ったヨガレッスンのイベント(写真提供/omusubi不動産)

起業したい、新しい挑戦をしたい、地域起こしに関わりたいといった目的を持って移住を検討している方の問い合わせは全国各地からありますが、空き家はあっても、避難している方が貸したがらない、建物の改修や家具などの整理が必要で、すぐに住める物件がない、気軽に借りられる賃貸住宅が少ないなど、需要と供給がかみ合わないことも多く、マッチングを進める上での課題も見えてきました」(熊田さん)

ミライエでは、DIY賃貸を中心に空き家の利活用に取り組むomusubi不動産(千葉県・東京)と協力して、イベントの企画・実施、空き家所有者の発掘なども行っている。

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セミナー風景。説明しているのが熊田さん、omusubi不動産の日比野亮二(ひびの・りょうじ)さんが企画からサポートしている(写真提供/omusubi不動産)

「私たちは相談対応から一歩踏み込んで、空き家の所有者の気持ちに寄り添った物件のマッチングに力を入れています。例えば、DIY賃貸という手法を用いながら、将来的な売買を見据えて家主と借主をつないで、契約条件の調整や改修の交渉までサポートしています。思い入れのある持ち家を手放す決断がつかない、または管理しきれず持ち家を手放す意向のある所有者も、まずは賃貸という形で建物の維持管理をしてもらいながら、時間をかけて顔が見える相手に安心して売却する決断がつくケースもあります」と、omusubi不動産の日比野亮二さんは話す。

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説明会の後の相談会では、ミライエに5組の登録があった(写真提供/omusubi不動産)

「ミライエでは、最安約2万円からと相場より賃料を安く設定した賃貸プラン『tsukutte』も用意しています。移住してすぐは仕事も変わったばかりで住宅ローンを借りるのはハードルが高いので、ミライエがいったん空き家を借り上げて貸し出すプランも検討中です」
実はミライエの熊田さんも移住者で、子育て真っ最中。「南相馬市の住民は温かく、移住者を受け入れる懐がすごく深いですね。子育て環境が充実していて(子どもの医療費、保育料、給食費が無償)、移住者に対する手厚い補助金があるのも魅力かと思います」と話す。

移住者事例1 Tさん(40代):緑と空を望む広々バルコニー付きのヨガスタジオを開設

次に、実際にニーズに合う空き家・仕事空間と出合った方の事例を見ていこう。

南相馬市原町区で生まれ、高校まで過ごしたTさん(40代)は、上京して神奈川県川崎市でコンサルティングファームの人事の仕事をしていたが、2023年3月末にUターン。ヨガのインストラクターの仕事を通して、笑顔を広げたいと、同年10月、「うふふ ウェルネススタジオ」をオープンした。

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「ヨガは生き方そのもの」と話す、ヨガインストラクターのTさん(写真撮影/本田奏)

「南相馬市の豊かな自然が好きで、いつか地元に戻りたいという気持ちは以前からありました。Uターンするきっかけはいくつかありましたが、たまたまコロナ禍でリモートワークになったときに、自分の生き方を見つめ直し、一生続けられる仕事がしたいと思ったことが大きかったです。

その前にデスクワークで腰を痛めてヨガを始め、インストラクターの資格も取得しました。ヨガのインストラクターを仕事にしようと考え始めたときに、同級生から南相馬市の『起業型地域おこし協力隊』を知り、ヨガを通して地域の方の健康に貢献したいと応募し採用されました。

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ヨガを始めてから約5年、身体にも心にも良い効果を感じているそう(写真撮影/本田奏)

スタジオはワンフロアで20畳くらい、車が数台分の駐車場がある物件を探しましたが、なかなか見つからなくて。市役所の方に紹介してもらったミライエに要望を伝えたところ、数カ月で今の物件を紹介してもらいました。

物件をひと目見て、広いバルコニーから見える景色が気に入り、ここがいいと決めました。担当者が親身に相談にのってくれて、契約段階でも一緒に交渉してくれて助かりました」(Tさん)

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物件の広いバルコニーと自然に囲まれた環境にひと目ぼれした(写真撮影/本田奏)

物件は、大家さんの納屋の2階部分で、和室1部屋と洋室1部屋をスタジオとして使用。「大家さんが駐車場の整備やフローリングの塗り替えをしてくれて、壁クロスと畳の交換は自分で行いました。リフォームに1~2カ月かかり、スタジオを開設するまでの準備に約半年かかりました」(Tさん)

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スタジオにはたくさんの観葉植物(写真撮影/本田奏)

「一人で起業するのは大変で孤独ですが、起業家が集まる場所があって、目的に向かって頑張っている仲間がいるのが心強いし楽しいです。都会と違ってゆったりできるのもいいですね。

これから季節がいい時に公園や海など屋外で地域の皆さんとヨガをしたり、ヨガの良さを広めていきたいです。将来的には活動の幅を広げて、他の地域のヨガインストラクターや海外ともつながりたいですね」

■Tさん(40代)が借りた貸しスタジオとプロフィール

移住前後の住所神奈川県川崎市→南相馬市目的ヨガスタジオの開設入居時期2024年3月末借りている空き部屋(スタジオ)築30年
2K・専有面積 99.36平米リフォーム壁クロス貼り替え、畳の交換/約30万円補助金該当なし休日の楽しみ近くの温泉に行く

移住者事例2 小野雅也さん(30代):空き家を改修しライブハウスに。小高に音楽の街をつくりたい

プロのサックスプレイヤーだった小野雅也さんは、東京でライブハウスやミュージカル教室、洋菓子店の経営をしていたが、コロナ禍で事業の音楽業界や飲食業界の将来性に疑問を感じるようになった。そんなとき、ニュースで南相馬市の起業家支援を知って興味を持った。

「震災後にボランティアで東北には何度か訪れて、知り合いもいました。小高に起業家が集まるのは何故なのか、面白そうとワクワクするのを感じ、環境を変え心機一転して起業しようと移住を決意しました。東京で起業するのは初期投資などリスクが高いですが、小高区はゆったり起業の準備をする場所と時間があって、失敗を恐れずチャレンジしやすい場所だと感じました。

そこで、Next Commons Lab(ネクストコモンズラボ)地域おこし協力隊に参加して『森の中に音楽劇場をつくる』プロジェクトを進めています。アメリカのニューオリンズのように沿道にライブハウスが集まる音楽の街を、小高の森の中につくりたいと思ったんです。

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JR小高駅に程近い、9LDKの2階建て住宅を購入(写真撮影/本田奏)

2023年10月、小高区に引越した後は、1年間限定の移住検討者用市営住宅に入居して家を探しました。『よりみち』という移住相談窓口でミライエを紹介されましたが、一戸建ての物件情報が少なく、物件探しに1年ほどかかりました。空き家情報として登録される前の物件を見つけて、購入できるかどうか、交渉してもらいました。

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空き家に残されていた懐かしい趣の家具も大事に使っている(写真撮影/本田奏)

震災後13年間放置された家はどの部屋も残留物だらけでしたが、専門業者の手を借りて40万円ほどかけて片づけました。9LDKの広いスペースを都心とは比較にならない価格で購入できて、自由にリフォームができるのはありがたいです。そして、たまたま店舗兼住宅を購入することができたので、ライブハウス兼ハンバーガー屋さんを開こうと決めて、現在イチから準備中です。

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薬局だった店舗付き住宅を購入(写真撮影/本田奏)

小高の起業家の仲間たちは面白い人ばかりだし、もとの住民の方々は干渉し過ぎず、いい距離感で見守ってくださっていて、電気を灯しただけで感動してくれるので誠実に接したいと心を動かされます。東京と比べると買い物の不便さはありますが、おいしい食材などを探すのも楽しみです。

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店のリフォームは設計士と相談し工事はDIYでやる予定。ギターは人気アーティストのサイン入り(写真撮影/本田奏)

まずは、ミニライブができるコミュニティスペース、音楽好きじゃなくても誰でも入りやすく、集まれるお店を開きたいと考えています」

■小野雅也さん(30代)が購入した店舗兼住宅とプロフィール

移住前後の住所東京都世田谷区→南相馬市目的起業入居時期2024年10月家族構成夫妻(30代)購入した空き家築52年
土地面積 500平米
9LDK・延床面積 291平米リフォーム設計中(店舗含めて約1000万円)補助金福島県12市町村移住支援金(200万円)
住宅購入等世帯定住促進事業奨励金(125万円)休日の楽しみ仲間が集まる近くのパブでお酒を飲むこと

移住者事例3 本田健太郎さん・奏(かな)さん夫妻(30代):オーナーの思いを受け継いで写真スタジオを開く夢に挑戦

次に紹介するのは、神奈川県から小高に移住して写真館の開業に向けて準備中の本田健太郎さん・奏(かな)さん夫妻。

2023年1月に『おだかぐらし体験ツアー』に旅行がてら参加して、地域の方々の温かさや地域おこし協力隊の制度を知ったのが、移住のきっかけに。

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笑顔でカメラを構える奏さん(写真撮影/本田健太郎)

健太郎さんはITエンジニアで、写真の腕もプロ級だ。カメラマンの奏さんは、地域おこし協力隊として南相馬市に雇用され、移住定住課の窓口対応や、市のイベントなどの写真撮影・広報を担当。週末は、個人で依頼された写真撮影も行う。

ちなみに、本記事の撮影をしてくださったのも奏さんだ。

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写真館2階のスタジオにて。本田さん夫妻(写真撮影/本田奏)

2023年10月に奏さんが先に移住して、仕事のタイミングを待って健太郎さんが合流。住まいは市役所の職員が一緒に探してくれた賃貸住宅。加えて、震災前に写真館だった建物を借り、物件オーナーや不動産会社と相談しながら写真館開設の準備を進めている。

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旧写真館併設の建物(写真撮影/本田奏)

「使われていない店舗兼住宅をリノベーションして、写真館を開きたいと考えていたところ、通勤路で偶然求めていた建物を見つけ、役所の上司とミライエさんに相談し、omusubi不動産につないでもらいました。

2024年5月にオーナーさんに会い、中を見せていただいたら素敵で、築30年とは思えないほど状態が良くて。オーナーさんは、千葉県の避難先から戻る予定はないものの、イチからこだわって設計した建物をどうするか悩んでいたそうで、お互いの思いが合致して想像以上にスムーズに話が進みました。

小高は優しく面倒見がいい方が多く、何かを相談すると『この人なら知ってるかも』とどんどんつなげてくれて、おかげでやりたいことが早いスピードで進んでいくんです」(奏さん)

「小高に住んで、夫婦で過ごす時間が増えました。早朝に烏崎海岸で乗馬の練習をする仲間の声がけで出掛けていくと、他では撮れない素晴らしい写真が撮れますね。ITの仕事はどこでもできますし、仕事はありますが、技術者が少ないのは課題なので、地域に技術者を育てていくために自分が役に立てたらと思います」(健太郎さん)

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写真館1階。奏さんが撮影した相馬野馬追の写真を掲示(写真撮影/本田奏)

写真館の建物は、ゆくゆくは購入することを前提とした賃貸借契約。賃貸期間を経て売却・購入に移行するのは、双方がゆっくりと気持ちを整理して、次のステップに向かって準備する時間をつくるためでもある。写真館の開業までに外周りなどタイルが崩れたり壊れている部分を修復し、内部のリフォームを建物オーナーや不動産会社と相談しながら、補助金や融資の申請の準備も進めていく予定だ。毎日が忙しいと話す本田さん夫妻だが、その顔は充実感であふれていた。

■本田健太郎さん・奏(かな)さん夫妻(30代)が借りた写真スタジオとプロフィール

移住前後の住所神奈川県→南相馬市目的起業入居時期自宅は2023年10月~、スタジオは準備中家族構成夫(35歳)、妻(32歳)空き家購入築約26年
土地面積 169.18平米
2階建て店舗・延床面積 95.1平米リフォーム計画中補助金スタジオについては検討中休日の楽しみ夫妻で自然や馬を撮影

大きな夢を持って南相馬市小高区に移住した3件の事例を紹介した。首都圏ではできなかった夢への挑戦が南相馬市ならできるのは、のびのびした環境や仲間がいること、そして若い移住者、起業したい志を歓迎し支援する地域おこし協力隊の制度や補助金、住民の受け入れ態勢があるからだろう。そういう移住者が増えることで、空き家など地域の課題を解消しながら、まちが活性化され、また人を呼ぶ。
震災後3度訪れた小高が今後どう変わるのか、お会いした方々がどう夢を実現したのか、また数年後に訪れて自分の目で確かめたいと思う。

●取材協力
・ミライエ
・omusubi不動産
●参考サイト
・南相馬市住宅購入等世帯定住促進事業奨励金
・南相馬市移住支援制度

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