同性カップルを含むLGBTQ+の人々にとって、賃貸住宅への入居は高いハードルがあります。希望する物件が見つかってもオーナーに入居を断られたり、仲介する不動産会社に関係性を偽るよう提案されたりするケースも。
不動産会社は同性カップルの入居を拒んでいない?調査から見えた真実
追手門学院大学 教授の葛西リサ(くずにし・りさ)さんがLGBTQ+の住宅問題に注目するようになったきっかけは、25年間続けてきたシングルマザーの住宅問題を研究中の、とある経験でした。
「ある日、講演をした際に、会場内にいたLGBTQ+の方が『私たちも住宅問題を抱えているんです』と声をかけてくださったんです」(葛西さん、以下同)

葛西さんは「多様な性を受容する住宅市場の再構築―LGBTQ+の住まいの権利の保障に向けて―」で2025年3月に住総研の2025年度研究・実践選奨を受賞した。写真はその表彰式・記念講演の様子(撮影/りんかく)
シングルマザーと同様に「住宅確保要配慮者(住まいの確保に配慮が必要な人)」として、同性カップルを含むLGBTQ+の人が住宅を獲得することの難しさを知った葛西さんは、2020年に追手門大学で教鞭をとるようになったことをきっかけに、学生たちと一緒に実態調査をスタートしました。
2022年には住まいに関する研究・実践、人材育成を推進する一般財団法人住総研の助成金を得てLGBTQ+の1700人にアンケート調査を実施。その後14人の当事者にインタビュー調査を行いました。賃貸住宅に住んでいるのは14人のうち5人でしたが、持ち家に住む人の中にも、過去に賃貸で苦労した経験を持つ人が多くいました。
興味深いのは、最初のアンケート調査と次のインタビュー調査で見えてきた実態のギャップです。
2022年のアンケートでは「断られた経験がある」と答えた人は10~20%程度と比較的少数で、問題は小さく見えました。
また「不動産会社で受けた不快な対応」についての回答を見ても、「内見までしていたが、セクシュアリティな質問をされ正直に答えたら入居を断られた」「必要以上の書類の提出、審査が厳しい、そもそもほとんどが即座にNG」など、断られたケースについてもその要因は不動産会社の対応にあるように思えました。
しかし、その後の2023年、葛西さんが当事者14人にインタビューで詳しく話を聞くと、実際に入居できなかった経験は10~20%にとどまらず多くのLGBTQ+の人が経験していて、その原因が窓口となった不動産会社の対応にのみ起因するものではない、という実態が見えてきたのです。
セクシュアリティを理由に入居を拒否された経験(2022年の調査)

L=レズビアン、G=ゲイ、FB=女性のバイセクシャル、MB=男性のバイセクシャル、FtM/X=身体的な性が女性・性自認が男性でも女性でもないXジェンダー、MtF/X=身体的な性が男性・性自認がXジェンダー。
不動産会社で受けた不快な対応<同性での入居>(2022年の調査)

アンケートで「不動産会社で受けた不快な対応」を聞くと、賃貸住宅を探したことのある同性カップルからは、さまざまな経験談が寄せられた(画像提供/葛西リサさん)
「私たちがLGBTQ+の住まいの問題は不動産会社の対応に関係があるのだろうと仮説を持っていたので『不動産会社で受けた不快な対応』という設問を設けたのです。ところが、意外にも『ファーストコンタクトをした不動産会社の方は、親身になって探してくれた』という声が多くありました。不動産会社の担当者は最後まで協力的に対応してくれるため、当事者は『不動産会社に断られた』とは感じません。それにもかかわらず、入居に至っていない。つまり、断っているのは不動産会社ではなく、その先にいる物件のオーナー(大家)かもしれない、ということがわかってきたのです」
LGBTQ+当事者14人の声。「カップルとして認められない」
ただし、「不動産会社は協力的」といってもその中には、借りやすくするための配慮として、関係性を偽ることを提案されるケースもありました。レズビアンカップルに対する「従姉妹ということにしませんか」といった提案です。当事者側も、借りやすくするために、自ら従姉妹、親戚と関係を偽ることもあるといいます。しかしそれには、「カップルとして認められない」苦しさがつきまといます。

不動産会社の善意のつもりの「配慮」が、「特別なケース」として扱われているように感じられ、かえって当事者を傷つけてしまうケースもある(画像/PIXTA)
「ほかにも、『年齢が上がると状況はさらに厳しくなる』という声もありました。20代、30代であれば、同性同士で同居することに対しても、社会は比較的寛容です。しかし、30代、40代である程度の地位にある同性ともなると、『何のために同居するんだ』と、社会の目は厳しくなるのです」
その結果、多くの当事者が「一人で借りる方が楽」と考えるに至ります。
なぜ“断られる”のか?現場が語る「断り文句」とその背景
では、オーナーはなぜ断るのでしょうか。葛西さんの分析では、多くの場合「差別意識」というより「よくわからないから断る」という予防的排除の構造があるといいます。
「不動産会社に『なぜオーナーさんが断るのか』を聞くと、オーナーさんたちは不動産会社からLGBTQ+やセクシュアルマイノリティと説明された段階で、馴染みのない言葉に『何かよくわからないから、もういいよ』と拒否反応を示されるようなんです」

LGBTQ+という言葉自体が、まだ一部のオーナーにとっては「理解が難しいもの」と受け取られてしまうケースも多い(画像/PIXTA)
とくに非血縁者の同居はルームシェアの扱いとなることが多く、その結果「不特定多数が出入りするのは管理が難しい」「物件のイメージが悪くなる」という理由で、避けられがちです。
不動産会社は、このような状況で板挟みになっています。LGBTQ+の人たちの事情は汲みながらも、「オーナーに迷惑をかけたくない」という懸念から、オーナーの意向を忖度(そんたく)し、紹介する物件をあらかじめ絞り込むことがあるのです。物件のオーナーが断る前に「前例がない」「トラブルを避けたい」といった理由でリスクを回避しようとすることも。
このような「予防的排除」の構造により、LGBTQ+の入居希望者は実質的には選択肢が大幅に制限される状況に置かれているのです。
「婚姻・親族関係のない同居」は、“制度”との間にも壁がある
業界側の懸念の背景には、より根深い制度的な問題もあります。
同性カップルが直面する困難は、現在の法制度が「婚姻・親族関係」を前提として設計されていることに起因しています。最も深刻な問題の一つが、契約者が亡くなった際、法的関係の有無によって対応が異なることです。葛西さんは不動産会社との話を通じてこの問題に気づいたといいます。
「配偶者や血族でない同居人には相続権がありません。そのため、非血縁の関係で同居すると、契約者がいなくなったときに、住み続けてもらうことが難しくなるのです」

LGBTQ+のカップルは死別した場合に賃貸借契約の権利がパートナーに引き継がれないことも、入居が進まない大きな原因となっている(画像提供/葛西リサさん)
賃貸借契約が同居人に継承されなければ、契約者が亡くなったときに残された同居人は、法的根拠なくその物件に住んでいることになってしまいます。
「そういった制度上の課題があること、それにより入居のハードルが上がっていることを、LGBTQ+のご本人たちは知らされません。そのため『希望したのに入居できなかった』という事実と、『差別された』という誤解だけがずっと残ってしまいます」
それなら住宅を購入すればよいのかというと、それにも壁があり、結果として一人の名義で住宅ローンを組むことになったり、二人でペアローンを組むにも関係性を証明するためのさまざまな書類が必要になるなど、異性カップルであれば不要な手間、そしてお金がかかります。
公営住宅においても、パートナーシップ宣誓制度を設けているにもかかわらず、公営住宅への入居を認めていない自治体も存在しているのが現状です。
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大手も、地域密着型の不動産会社も。「フレンドリー」を掲げる企業の取り組み
一方で、LGBTQ+当事者の住まい確保を積極的に支援する不動産会社も増えています。その取り組みからは、業界全体の変化の兆しが見えてきます。
福岡県に本社を置く三好不動産では、LGBTQ+当事者の社員が声を上げたことがきっかけで、積極的な対応が始まりました。
「同社の特徴は、窓口担当者だけでなく全社的に研修を徹底している点です。窓口だけ理解が進んでも、契約後に引き継がれる管理部門で知識がなければうまくいきません。どの部署でも相談に訪れる人が違和感をもたない対応をしないと、真に『アライな会社』(LGBTQ+を理解・支援する会社)とはいえないと考えているのです」

三好不動産の店舗には、LGBTQ+フレンドリーである姿勢を示すレインボーステッカーが貼られている(画像提供/三好不動産)
興味深いのは、管理部門や清掃スタッフまで含めた現場レベルでの理解が浸透していることです。
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積水ハウスでは、現場からの提案を受けて入居申込書の見直しが行われ、性別記載欄が廃止されました。また、大東建託では、LGBTQ+に特化するのではなく、通常は管理や契約トラブルを懸念し制限されることが多いルームシェア全般を受け入れる方針を取っています。
これらの企業では、LGBTQ+カップルの入居によりトラブルが増えたなどの問題は発生していないそう。一般的に、婚姻関係にある夫婦に比べ、法的な結びつきのない同居やルームシェアは、同居を解消することが容易と見なされがちです。その際に残された方が家賃を払えなくなる可能性があるため、オーナーは「家賃の未払い」を最も不安視します。こうした不安に対して、いずれの会社でも家賃債務保証会社を活用した家賃保証の仕組みをきちんと整備していることが、未払いトラブルを起きにくくしている要因と考えられます。
つまり、LGBTQ+カップルの入居において、実際のリスクはほとんどないのです。にもかかわらず入居が進まないのは、「よくわからないから断る」「問題が起こるかもしれないから断る」という予防的排除が主な原因であることがわかります。
「性の多様性」に向けて日本の住宅市場が乗り越えるべき課題、できることは?
これまで見てきたように、LGBTQ+の同性カップルの入居には複層的な課題があります。
葛西さんは「最も重要なのは、制度や仕組みの整備以上に『人』の意識を変えること。それは、当事者たちが『不動産会社』ではなく『誠実に対応してくれた担当者』を、口コミを頼りに探していることからもわかる」といいます。
「結局は、研修や講演によって伝え続けるしかないと思うんです。社員のリテラシーを上げる、オーナーの理解を得る、もうそれしかないだろうと。そして三好不動産のように、窓口の担当者だけでなく、不動産業界にかかわるすべての職域、関係者間で理解を深めることが大切だと考えています」

LGBTQ+の住宅問題を解決するには、会社として社員のリテラシーを上げることが最優先となる(画像/PIXTA)
また、人口が減少していくことを考えると、オーナーもLGBTQ+カップルに限らず、法的な関係性にこだわらず住まいの確保に困っている人たちを柔軟に受け入れていかないと、空室が増え、賃貸住宅の経営がうまくいかなくなる現実もあります。
「友人同士や高齢者同士が不安を解消するために同居を選ぶなど、『非血縁同居』のニーズは今後、ますます高まっていくでしょう。同居人が死亡したときの問題などは、同性カップルに限った話としてではなく、社会全体の課題として考えていくことが大切なのではないでしょうか」
<まとめの文>
葛西さんの調査・研究を通じてLGBTQ+の人たちが抱える住まいの課題が明らかになりました。これまで見てきたように大手や先進的な不動産会社の取り組みにより「LGBTQ+を受け入れることに問題はない」という認識が広まっていくことで、当事者の住まい選びの選択肢が拡大していくことが期待されます。
課題の解決には、業界全体での研修体制の整備、時代のニーズに即した制度への改定、そして何より「婚姻・親族関係のない同居」を特別視しない社会意識の醸成が必要なのではないでしょうか。
●取材協力
追手門学院大学 地域創造学部 教授 葛西リサさん
株式会社三好不動産