鉄道チャンネルを見ていたら、「新阿蘇大橋3/7開通! 熊本地震から復興、豊肥線や南阿蘇鉄道も描かれた復興イラストマップを公開」のニュースが目に止まりました。
残るは鉄道。熊本と大分を結ぶJR豊肥線が2020年8月8日に全面復旧したのに続き、2023年夏には第三セクター・南阿蘇鉄道(南鉄)が全線での運転再開を予定します。国土交通省、ジャルパック、跡見学園女子大学の3者が共同企画し、2018年11月に実施された「南阿蘇観光未来プロジェクト」の記録を基に、人気のトロッコ列車など南鉄の魅力を紹介しましょう。
発災15日間で3000回に迫る余震

本題に入る前に、まずは熊本地震と南阿蘇鉄道の歴史に触れておきましょう。
2018年の熊本地震は特異な自然災害でした。震度6以上は全部で7回(うち震度7が2回)で、阪神大震災の1回、新潟県中越地震の5回を上回ります。発災15日間の余震は2959回で、阪神の230回、中越の680回とは、けた違いでした。被災市町村の居住人口約148万人で、熊本全県人口の83%に相当します。
2016年9月までの被害額は約3兆8000億円で、内訳は住宅関係2兆337億円、商工関係8200億円、公共土木施設2685億円、農林水産関係1653億円、文化財936億円など。商工関係は、観光客の宿泊キャンセルを含まない数字。熊本全体の宿泊キャンセル数は、概算33万人泊と記録されます。
阿蘇山を巻くJR豊肥線と南鉄
阿蘇山は南北両側を鉄道が巻きます。北側がJR豊肥線、南側がかつて国鉄高森線だった南鉄高森線。高森線は豊肥線立野を起点に、終点の高森まで17.7kmのローカル線で、戦前の1928年に国鉄宮地線の支線として開業しました。開業日は2月12日で、その年の12月2日に豊肥線が開業したため、1年足らずのうちに線区名が高森線に変更されました。
当初の計画では、高森線は宮崎県側の国鉄高千穂線とつながるはずでした。しかし、県境のトンネルを掘削中に異常出水が発生。九州横断鉄道の構想は、夢と消え去りました。ちなみに出水したトンネルは、現在も「高森湧水トンネル」として、地域に親しまれています。
高森線とつながるはずだった高千穂線は、南鉄と同じく国鉄改革で三セクの高千穂鉄道(高鉄)に移管されました。
九州横断鉄道として計画されながら、建設工事中の出水トラブルで全通を断念。両端部分は、そろって三セク鉄道になり、宮崎側は台風、熊本側は地震と、ともに自然災害で被災。その後、宮崎側は廃止、熊本側は5年余の区間運休を挟みながら運転再開を目指す。歴史をたどると、数奇な運命の巡り合わせを感じざるを得ません。
カルデラ地形を走る鉄道
南鉄高森線は立野―高森間の17.7kmで、駅数は両端を含めて10駅。現在は立野―中松間が運休中、中松―高森間7.2kmで営業運転します。
不通区間を含め、南鉄にバーチャル乗車しましょう。南鉄は立野駅を発車すると、すぐに深い谷を渡ります。川は白川。復旧工事中の第一白川橋りょうは全長166mで、水面からの高さが60m以上あります。橋りょう周辺は、九州を代表する鉄道のビュースポットとして知られます。

中松から終点の高森駅までは、車窓に阿蘇山が広がります。鉄道が走る阿蘇カルデラ(火山活動でできた窪地)は、湧水の宝庫です。カルデラ内の鉄道は、世界的にも珍しいそうです。
ここで少々の〝脱線〟をお許しいただければ、南鉄には現在は運休中ですが、「南阿蘇水の生まれる里白水高原駅」という、ひらがなにすると22文字ものユニークな名前の駅があります。余りに長過ぎるせいか、地域住民も「白水高原駅」と略称で呼称したりします。
同駅は2020年3月まで正真正銘、日本最長の駅名でしたが同月、京福電気鉄道北野線に、かな26文字の「等持院・立命館大学衣笠キャンパス前駅」が開業。さらに2021年1月には、かな32文字の富山地方鉄道富山軌道線(路面電車)「トヨタモビリティ富山Gスクエア五福前(五福末広町)停留場」が開業して、長名駅のチャンピオンは1年足らずで入れ替わりました。南鉄にはもう一つの〝長名駅〟、「阿蘇下田城ふれあい温泉」もあります。
先を急ぎましょう。南鉄のトロッコ列車には、本社のある高森駅からの乗車になります。

豊肥線への乗り入れ構想も
熊本地震での被災で、一時は廃線の危機に立たされた南鉄ですが、国は鉄道施設の災害復旧調査を直轄事業として実施。国土交通省は地震翌年の2017年4月、調査報告書を公表しました。
主な被災箇所は先述した第一白川橋りょうのほか、犀角山、戸下の2つのトンネル。橋りょうは橋脚部に変状が見られ、修復は困難で、架け替えることにしました。トンネルは、ひび割れや内壁のはく落が見付かりました。施設全体の修復には設計着手から5年程度が必要で、工費は全体で70億円前後と試算されました。
以来、急ピッチで工事が進められ、今春全面復旧した幹線道路からは2年強遅れますが、南鉄は2023年夏に全通の予定です。
新しいニュースでは、南鉄の沿線自治体などで構成する南阿蘇鉄道再生協議会が、全線運転再開に合わせてJR豊肥線への乗り入れを構想。
鉄道とダムの「インフラツーリズム」
最終章では、南阿蘇観光未来プロジェクトの記録から、南鉄とのセットで楽しみたい観光メニューを披露します。キーワードは「インフラツーリズム」で、移動が目的の鉄道、さらには治水のためのダムを、本来の目的を離れて観光資源化する取り組みです。
南鉄の観光資源化は本稿で紹介しましたが、もう一つ阿蘇で注目したいのが2022年度完成を目指して工事が進む立野ダム。白川を適正な水量に抑える洪水調節ダムで、ダム部分が穴開きというのが視覚的にユニークな点です。阿蘇は年間降水量3000mmに達する多雨地域で立野ダムは豪雨時、白川の流水量を適正に抑えて下流の熊本市の洪水を防ぎます。

さらに、阿蘇の地形を資源化するジオツーリズムも有望。噴煙を上げる中岳の外側を周囲128kmの外輪山が囲む世界最大規模のカルデラ地形で、唯一無二の景観が楽しめます。
南鉄などの地元が志向するのは、震災のマイナスをプラスに変えて地域を再生する「創造的復興」。阿蘇市や菊池市、高森町といった7市町村の観光事業者は、2018年4月に「阿蘇広域観光連盟」を設立。鉄道チャンネルで紹介され、本稿の最初でも取り上げた復興イラストマップは同観光連盟が制作しました。
文/写真:上里夏生