北海道新幹線は、2030年度末の完成に向け新函館北斗~札幌間(212キロ)の建設工事が進みますが、これとは別に現在の起終点・新函館北斗から分岐してJR函館駅に乗り入れる構想が、地元の函館市中心に盛り上がりをみせています。
函館市は2024年3月29日、「新幹線の函館駅乗り入れに関する調査結果」を公表。「技術的に整備可能」、「整備費(事業費)は160億円前後(車両費含まず)」がポイントです。ただし、「将来は東京・仙台や札幌から新幹線を利用して乗り換えなしで函館に直行できる」が早計なのは、皆さまご承知の通り。本コラムは函館市の考え方を中心に、プロジェクトの可能性を考えます。
(本コラムは北海道新幹線の函館駅乗り入れ構想を極力客観的に紹介する目的で、必要性などに過度に言及する意図がないことは、十分にご理解いただきたいと思います。また、北海道新幹線札幌延伸の完成時期は遅れが予想されています)
北海道新幹線は函館駅をスルー
1988年の青函トンネル開通まで、北海道の玄関口は港湾都市・函館でした。しかし、渡島半島から道内に入る新幹線は最終目的地の札幌に向け函館をスルーします。道都・札幌と道南の函館の間には相応の移動需要があり、JR北海道は札幌~函館間(札函間)の特急「北斗」を1日11往復運行します。
函館市の調査レポートは、「札幌延伸時に廃止が予想される、札函間の在来線特急に代わる新幹線特急を新設。交流人口拡大や産業・観光振興につなげる」が基本姿勢です。
新幹線の札幌延伸時、「北斗」は廃止される見通し。延伸後、札幌から函館に向かう利用客は新函館北斗で新幹線を下車、函館行きアクセス列車「函館ライナー」(快速または普通)に乗り換えることになります。
運行距離と所要時間は、現在の「北斗」が318キロ・平均3時間50分。
新函館北斗での乗り継ぎは必要になるものの、現在に比べ2時間以上の大幅な時間短縮で、鉄道の競争力は飛躍的に向上します。ただ新函館北斗での乗り換えは心理的ハードルも高く、函館市は新幹線の函館駅乗り入れを重要プロジェクトと位置付けます。
新幹線は函館駅に乗り入れられる
函館市の調査レポートを読み解いていきましょう。
最初に注目したいのは「新幹線は函館駅に乗り入れられるのか」。答えはイエスです。新函館北斗~函館間は新幹線専用の別線でなく、現在の在来線を改良します。
乗り入れ区間は在来線。線路幅が違う新幹線は走行できないので、青函トンネルと同様の新幹線、在来線共用の三線軌条にします。新函館北斗~函館間には七飯、大中山、桔梗、五稜郭の4駅があり、五稜郭で第三セクターの道南いさりび鉄道と合流します。
運行スタイルは、東京・仙台方面からの列車は新函館北斗でスイッチバック。進行方向を変えて、函館線に入ります。
函館駅は南西側に1面2線の新幹線専用ホームを設けます。
整備費は160億円前後、経済効果は100億円超
東京方面からの函館駅乗り入れ列車は、10両フル編成または3両編成を想定します。3両編成の場合、山形新幹線や秋田新幹線と同じく新函館北斗で札幌行きから切り離します。札幌方面からは、10両あるいは7両編成で函館駅に乗り入れます。
経営形態は線路などの施設を第三セクターが保有、JR北海道が列車運行する上下分離方式を採用します(三セクが施設保有と列車運行を手掛ける上下一体方式も比較試算)。整備費は157~169億円、経済効果は114~141億円と試算しました。
スケジュール的には2026年度から土木、軌道などの設計に着手。新幹線の札幌延伸と同時の開業が可能としました(2030年度末延伸に黄信号が灯ることは、本サイトでも2023年1月に報告させていただいた通りです。建設主体の鉄道建設・運輸施設整備支援機構〈JRTT〉は近く、建設工事の遅れを国土交通省に伝える意向です)。
新幹線が函館市民の意識を変える
ところで、函館市はなぜ新幹線の乗り入れを発想したのでしょう? 函館市では2023年4月に市長選があり、函館市役所出身の大泉潤氏が4選を目指した前市長を破って初当選しました。
大泉新市長が、公約の一つに掲げたのが北海道新幹線の函館駅乗り入れ。しかし、乗り入れを直接公約したわけでなく、訴えたのは「新幹線の現函館駅乗り入れに関する調査の実施」。今回の調査で公約を果たしました。
大泉市長の主張は、単に函館をスルーした新幹線を引き入れるだけではありません。少々オーバーかもしれませんが、地域の存亡を新幹線に託します。
調査後の話になりますが、有識者会議の人口戦略会議が2024年4月24日にまとめた報告書では、道内179市町村の65%に当たる117自治体が「消滅の可能性あり」。函館市も消滅自治体の一つとされました。
経済社会が衰退する地域にあっては、何らかの突破口が必要。その突破口が新幹線というわけです。レポートに、「新幹線が市民の意識を変え、街の活性化やイメージアップにつながる」のフレーズが見付かりました。
「現時点では不可能」(綿貫JR北海道社長)
ここでJR北海道と北海道の受け止め。JR北海道の綿貫泰之社長は2024年4月17日の会見で、「現時点では不可能」の見解を示しました。「車両の負担や営業主体などがはっきりしないと、乗り入れ可能にならない。JR北海道は新たな負担を負うことはできない」としました。
北海道の鈴木直道知事も、2024年4月19日の会見で、「現状では、解決すべき課題がある。
鈴木知事の発言にあったように、大泉市長は2024年4月25日、レポートの内容を市議会に説明しました。調査結果はあくまで素案。議会側からは「現状は雲をつかむような状況」の見解が示されたようです。
ようやくスタートラインに立ったばかりの北海道新幹線の函館乗り入れ。私見ですが、実現への第一歩は道に理解を求め、未来の北海道に向けたプロジェクトに昇格させることでしょう。
記事:上里夏生