記念ヘッドマークを掲出した京成スカイライナー。シール付きプラレール「京成スカイライナー」の限定販売もアナウンスされます(筆者撮影)

旅行最大手・JTBの「2025年夏休み旅行動向」によると、7月15日~8月31日に海外旅行に出かける方は2024年夏より2割以上多い244万人とか。

日本人の出国空港(訪日外国人の入国空港も)で、最も利用されるのが千葉県成田市の成田国際空港です。

成田空港への鉄道アクセスの二枚看板は、京成電鉄の「京成スカイライナー」とJR東日本の「成田エクスプレス(N’EX)」。京成スカイライナーの最新トピックスでは、2010年デビューの3代目スカイライナー(2代目AE形)の利用客が2025年7月30日に6000万人を突破。成田空港駅ホームで、「ご利用6000万人記念式典」が開かれました。

京成スカイライナー、「在来線最速の時速160キロ運転」、「故山本寛斎さんプロデュースのスタイリッシュなデザイン」といった特徴で知られますが、京成空港特急は今も進化の真っ最中。空港最寄りのボトルネック区間解消による輸送力増強や、押上~成田空港の新ルート開拓と、ファンをざわつかせるニュースが続きます。

本コラムは、1973年デビューから半世紀以上も時代をリードしてきた歴代の京成空港特急に加え、成田空港の機能強化と鉄道アクセスといったサイドストーリーを交えながら、スカイライナーの近況をお届けします。

6000万人利用記念ヘッドマーク掲出

1日利用客ざっと2万人……。京成上野~日暮里~空港第2ビル~成田空港を快走する京成スカイライナー。「日暮里~2ビル間最短36分間のスピード」のキャッチフレーズもすっかり浸透しました。

成田空港(NAA。企業名です)の2024年調査で、来港者の約2割が利用したスカイライナー、日本に降り立った外国人が初めて乗車する日本の列車でもあり、その点でも鉄道界のトップランナーといえるでしょう。

記念式典は、成田空港9時36分発「スカイライナー8号」京成上野行きで。

栄えある6000万人目の乗客として花束や記念品を贈られたのは、東京都豊島区の神山慶多さん一家です。ベトナム・ハノイで夏休みを楽しんだ後、スカイライナーで帰宅。長男の直紀君は、京成特急を選んだ理由を、「早く家に帰れるから」と100点満点のコメントでした。

3代目「京成スカイライナー」の利用客6000万人に 未来へ続く京成空港特急のヒストリー【コラム】 
6000万人目の神山さん一家を持永京成取締役常務執行役員(右端)と片山NAA上席執行役員(左端)が囲んでテープカット(筆者撮影)

セレモニーでは、京成の持永秀毅取締役常務執行役員・鉄道本部長、来賓としてNAAの片山敏宏上席執行役員があいさつ。「成田空港のさらなる発展に貢献できるよう、安全で快適なサービスを提供していく」(持永本部長)、「スカイライナーは外国人のお客さまにもフレンドリーな列車。京成は押上発空港特急も走らせると聞き、空港にとってもありがたい」(片山上席執行役員)とエールを交わしました。

【参考】
押上~成田空港間に新たな有料特急、アクセス強化へ 2028年度運行開始予定 京成電鉄
https://tetsudo-ch.com/13001790.html

鉄道ファン要注目は、記念ヘッドマーク掲出(1編成にシール貼付)。スピード感を感じさせるイラストと「Thank you 6000万人 SKYLINER」の文字で、利用客やファンに感謝を伝えます。

デザインコンセプトは「風」と「凛」

現在のスカイライナーは3代目。2010年にデビューしました。

それまで京成本線経由で京成上野~成田空港を結んでいましたが、同年7月に京成高砂から北総線を経由で空港にいたる成田スカイアクセス(51.4キロ)が開業。新製スカイライナーはアクセス線を160キロ走行します。

成田空港の課題として、1978年の開港時から指摘されてきた「東京都心から遠い」。

しかし、スカイアクセス開業後、そうした声はあまり聞かれなくなりました。

山本寛斎さんこん身のデザインコンセプトは車体が「風」、車内が「凛(りん)」。快適性もシートピッチを1050ミリに広げたり、全席にコンセントを備えるなど、まさに乗る人の心に響く空港特急といえます。

8両×9編成。メーカーは外装が東急車輌製造(現・総合車両製作所)、内装が日本車輛製造(一部外装も)。ダイヤは1日84本。終日ほぼ20分ヘッドで運転されます。

空港専用の特急車両

ここで時計を巻き戻し。初代スカイライナー(AE形)の登場は1972年(運行開始は翌1973年)でした。

実際は1978年になりましたが、当初1973年の開港が予定されていた成田空港の専用特急車両として、6両×7編成を東急車輛と日車で新製。その後、8両×5編成に組み替えて1993年まで運用されました。

今もファンに語り継がれるデザインで、初期はクリームとマルーンに塗り分け。1983年に白、赤。

青の3色ストライプに変更されました。

運用終了後、下回りは通勤型の3400形に引き継がれましたが廃車が進み、フィナーレ間近です。

成田空港と羽田空港を直結?

2代目〝次期スカイライナー〟はAE100形で、1990年にデビューしました。前章で書き忘れましたがAEは「Airport Exeprss」の頭文字。8両×7編成が初代と同じ東急車輛と日車で製造されました。2015年11月まで定期運用、翌2016年2月に引退しました。

ハード面の特徴が、エネルギー効率に優れたVVVFインバータ制御。初代との違いは前面貫通式という点で、「京成は都営地下鉄に乗り入れて、成田空港と羽田空港を直結するつもりだった」の都市伝説(?)が、今も語り継がれます。

「単線区間解消が必要」(国の検討会)

ラストは京成空港特急の未来予想図。有識者と国(国土交通省)、地元自治体などで構成する「今後の成田空港施設の機能強化に関する検討会」(委員長・山内弘隆武蔵野大学経営学部特任教授)は2024年7月に公表したとりまとめで、鉄道アクセスについて次のように課題を指摘しました。

「鉄道は成田空港、2ビルの両駅でコンコースやホームが一部混雑し、単線区間に行き違いの待ち時間が発生。輸送力向上には単線区間解消や過密状態にある都心側の処理能力向上が求められる(大意)」

空港鉄道アクセスの輸送力強化は、2025年4月の筆者コラムで紹介させていただいた通りです。

【参考】
成田空港への鉄道アクセス輸送力強化、国レベルで検討(千葉県成田市)【コラム】
https://tetsudo-ch.com/12999565.html

ということで、京成スカイライナーと空港特急をめぐるストーリーはTo be Continued……。未来に続きます。

記事:上里夏生

【画像】貴重な列車の写真も!京成特急3選

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