2020年もあとわずか、今年も「年末ジャンボ宝くじ」の季節がやってきました。毎年多くの人が宝くじ売り場に並んでいるのを目にします。



にもかかわらず、高額当選を経験する人はほんの一握り。ほとんど当たらない、つまり損をすると分かっていながら、毎年たくさんの人が宝くじを購入するのです。これはどうしてでしょうか?



そんな心理について、今回は行動経済学の「プロスペクト理論」から読み解いていきます。



■「プロスペクト理論」って?



人は必ずしも、いつも合理的に判断しているわけではありません。その場の感情や感覚で選択をすることも多いでしょう。



そういった人の心理や行動を説明したのが「行動経済学」です。今回紹介するプロスペクト理論は、この行動経済学の中で最も代表的な理論の一つとされています。



プロスペクト理論は、行動経済学者のダニエル・カーネマン氏とエイモス・トベルスキー氏によって1979年に提唱されました。プロスペクト(prospect)とは日本語で「見通し、予測」という意味です。どうなるか分からない状況において、人がどう予測してどう行動するか?を明らかにした理論となります。



プロスペクト理論は「価値関数」と「確率加重関数」という2つの柱で成り立っています。



① 価値観数:価値の感じ方のゆがみを示したグラフ
② 確率加重関数:確率の感じ方のゆがみを示したグラフ



人は同じ大きさの「利得」と「損失」では感じ方が違う、ということを示したのが①です。

そして、得をするよりも損をする方が1.5~2.5倍痛みを感じる、ということが分かっています。



加えて、人は高い確率は低く、低い確率は高く感じてしまう傾向があります。これを示したのが②です。宝くじを買う心理は、この②確率加重関数から説明することができます。



■当たる確率は低いのに、なぜ期待してしまうの?



普段私たちは「合格率○%」「成功率○%」「降水確率○%」などと、さまざまな確率に触れて過ごしています。数字で示されることで分かりやすいと感じますが、実は正しく理解できているわけではありません。



先ほど述べたように、プロスペクト理論の確率加重関数では、以下の傾向が示されています。



  • 高い確率は、実際よりも低く感じる(過小評価する)
  • 低い確率は、実際よりも高く感じる(過大評価する)

例えば、90%成功する手術と言われても、残りの10%の失敗が大きく見えてしまいます。あるいは、80%の社員はリストラしないと告げられた場合、数字以上の不安を覚えるのではないでしょうか。



一方で、事故や大きな病気、自然災害に対する“万が一”は、実際に起こる確率が非常に低くても、その可能性を大きく考えてしまいます。だから多くの人は備えとして保険に加入するのです。また、天気予報で降水確率20%の日に、折りたたみ傘を持っていく人は珍しくありません。



このように人は、確率という数字に対して、正確に捉えず主観的に感じているのです。



年末ジャンボ宝くじ1等の当選確率は2,000万分の1、つまり0.000005%。こう見ると、ほぼ0とも言えるほど極めて低い確率です。しかし宝くじを買う人は、この数字(客観的確率)を実際よりも高く見積もっているからこそ、その機会を購入するのです。



「もしかしたら当たるかもしれない」「誰かは当選するのだから」と、実際の確率よりも大きな期待をしてしまう…それが人の心理なのです。



■「2000万分の1」を何かにたとえると・・・



ところで、「2000万分の1」とは、例えるならどれほどの感覚でしょうか。



総務省統計局「日本の統計2020」によれば、2018年推計人口は東京都が約1382万人、千葉県が約626万人となっています。つまり、東京と千葉に住む全員を足しておよそ2000万人、その中でたった1人が選ばれる…それが2000万分の1という確率です。(※1( https://www.stat.go.jp/data/nihon/02.html ))



そう考えると、「夢の1等当選」は非常に難しいということが分かるでしょう。



しかし、1等とは言わずともせめて1000万円、いや100万円でも当たれば!という人も多いはずです。確かに2等、3等となるにつれて当選本数は増え、当選金を手にできる確率は上がります。



ただし一つ知っておくべきことは、宝くじの還元率は「当せん金付証票法」という法律で、50%を超えないよう定められているということです。

したがって、最初から半額程度しか還元されないように設計されています。この還元率は、他の公営競技に比べてもかなり低い数字です。(※2( https://www.soumu.go.jp/main_content/000084191.pdf ))



1枚300円で購入したとしたら、その時点で戻りが期待できる金額(期待値)は150円未満となります。理論上は、買えば買うほど損をする仕組みといえるでしょう。



しかし、人の心理として当選確率を高く見積もる傾向があることは、先に述べた通りです。客観的な確率や期待値から判断することなく、毎年宝くじを買ってしまうのは、やはり「一攫千金のチャンス」という夢の大きさが数字を惑わしているのかもしれません。



※1「日本の統計2020」第2章 人口・世帯( https://www.stat.go.jp/data/nihon/02.html ) 総務省統計局
※2「宝くじ・公営競技・サッカーくじの実効還元率( https://www.soumu.go.jp/main_content/000084191.pdf )」 総務省



■おわりに



季節の恒例行事とも言える、年末ジャンボ宝くじ。今回はプロスペクト理論の観点から、宝くじを買ってしまう心理を解説していきました。高い確率を低く、低い確率を高く感じてしまうという傾向は、宝くじに限らずさまざまな場面で見られます。



とはいえ、宝くじは“夢を買う”と言われるように、理論上の損得だけでは語れない楽しさ・ワクワクがあるのも事実です。だからこそ毎年売り場には長蛇の列が見られるのでしょう。



「一発当てる」には適した手段とはいえませんが、一種のエンタメと割り切って楽しめるとよいですね。



【参考】
宝くじ公式サイト( https://www.takarakuji-official.jp/ )
(※1)「日本の統計2020( https://www.stat.go.jp/data/nihon/02.html )」第2章 人口・世帯 総務省統計局
(※2)「宝くじ・公営競技・サッカーくじの実効還元率( https://www.soumu.go.jp/main_content/000084191.pdf )」総務省
『ポケット図解 行動経済学の基本がわかる本( https://www.shuwasystem.co.jp/book/9784798037318.html )』ハワード・S. ダンフォード(著)秀和システム
『実験ミクロ経済学( https://str.toyokeizai.net/books/9784492314289/ )』小川 一仁、川越 敏司、佐々木 俊一郎(著)東洋経済新報社
『図解 使えるミクロ経済学( https://www.kadokawa.co.jp/product/301401000195/ )』菅原晃(著)KADOKAWA



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