外資系企業の人員削減のやり方は残酷です。クビを宣告するのも嫌な仕事でしょうが、突然クビを言われるほうも”なぜ自分が?”というトラウマを抱えることになります。

今回はそうした体験をした人に話を聞きました。



■はじめに



A氏は国内の大学を卒業後、日系の金融機関を経て、外資系金融機関に勤めました。A氏が所属した部署では海外で教育を受けていない従業員のほうがめずらしく、チーム内の多くは外国人か海外で大学を卒業したバイリンガルという国際色豊かなメンバーで構成されていました。



A氏は米国の大学院に合格できる程度の語学力はありましたが、ネイティブスピーカーではないため、初めは社内のコミュニケーションに苦労したようです。



ただ、持ち前の好奇心の旺盛さ、コミュニケーション能力の高さや仕事での実績を評価され、先輩を何人も追い抜き、周りが驚くほどのペースで出世していきました。途中、本社での勤務をオファーされるなど、会社からは大事に扱われていたようです。ところが、勤続10年を過ぎた頃、事件が起こります。



■前日まで出張をしていたのに、なぜ翌日リストラか



A氏はどのようにリストラを宣告されたのでしょうか。当時の様子を聞きました。



「リストラ宣告の前日まで大阪に出張し、当日、東京にあるオフィスに出勤しました。午前8時30分頃だったように思います。アシスタントから、私の上司が別のフロアにある会議室に来るよう指示していると連絡してきました。

そのフロアは私が普段使用するフロアではないので何かなと思ったのですが、メモ用紙とペンを持って会議室に向かいました」



指定された会議室に行くとどうだったのでしょうか。



「覚えているのは、なんだか暗い感じの照明の部屋だったということです。嫌な思い出のせいでしょうかね。私が部屋に入ると、私の上司(外国人)、上司のサポート役(日本人)、人事部スタッフ(日本人・帰国子女)の3人が重々しい雰囲気で座っていました。私が席に着くと、外国人の上司が英語で当時私が進めていたプロジェクトの中止とその役から解くという話を始めました。この時点で、ああリストラかと思いました」



■リストラ宣告での話の内容は



会社側とA氏との話し合いはどのように進んでいったのでしょうか。



「一枚のメモを渡され、そこには雇用期限と退職するにあたっての金銭面での条件が書いてありました。その日が最終出社日というわけです。加えて、私は勤務していた会社の株式(未上場株式)を保有していたので、今後の株式の買取プロセスについての説明がありました」



A氏はおとなしく先方の話を聞くだけだったのでしょうか。



「今思っても不思議なのですが、意外に冷静でしたね。向う(会社側)はすべて決めて話をしているわけで、こちらとしては先方の言い分をまずは聞くしかないですよね。先方の話が終わったところで、質問は何かあるかと聞かれました。

こういう状況になっている以上は、最後は金銭面での条件交渉がポイントになるかと思い、提示された金額の背景を聞きました」



質疑応答の後には何が行われたのでしょうか。



「会社が提示する条件で退職する意思を表明するという内容が書かれた紙を渡されました。時間をしばらくやるから、じっくり考えてサインするかしないかを決めろと言われました」



■今考えても不可解なグループ会社への面接提案



A氏はリストラとともに、グループ会社の面接を受けてはどうかという提案もされたようです。



「会社はリストラの話と同時に、グループ会社では人材を募集しているからそちらの面接を受けないかと言ってきました。そのグループ会社には以前から知り合いもいて、仕事内容に興味がないこともなかったのですが、もし私を本当に欲しかったらもっと穏便な方法で接触してきますよね(笑)」



驚くべきことに、会社側はグループ会社に就職が決まればここまでの話はなかったことになると言ってきたようです。



「会社としては、リストラをするけれども別の就業機会のきっかけは示してやったぞというだけのスタンスなのだろうと思って断りました。それに、採用が決まった場合には、同じグループの企業に雇用されるということで今回提示された退職に伴う金銭面の話や株式の買い取りはなかったことになると言われました。えっ! 今までの話は何?と思いましたが、リストラに伴う金銭面の条件は良かったので、いったん退職をし、手元に現金を確保しようと思いました」



■カードキーを出せ、そして家に帰れ



会社側とA氏の話し合いは一体どのように終わったのでしょうか。



「退職に関する資料や契約書などを受け取った後、家に帰れと言われました。また、入室に必要なカードキーなどもその場で渡すように言われました。ただ、オフィスにカバンなども置いてありますので、一度戻らせてくれと申し出ました。さすがにパスモや財布もオフィスに置いてきたままなので、今すぐ帰れと言われても家にも帰れませんよ。

それなら事前に財布は持ってこいと言ってくれればいいのにと思いましたね」



しかし、他にそうしたケースがないという理由で会社側は頑なに断ってきたそうです。



「10年近く世話になった会社に対して悪意のある行動をするわけがないだろ、と上司を説得し自分のオフィスに戻りました。人事部の人は慌てていましたね(笑)。ただ、同じようにリストラにあった人でオフィスに戻れたケースは他にはなかったようです。リストラを宣告された時点では私はその会社の株主なのに、そこまで信頼していないのかと心底呆れましたね」



A氏はオフィスに戻った後、各方面に担当が変わる旨の連絡を可能な限りし、夕方にはカードキーを人事部に返却し、オフィスを後にしたそうです。



■リストラかも?と思ったらするべき2つの準備とは



A氏と同じようにリストラにあうかもしれない人に向けて、2つのアドバイスがあるそうです。



「一つは、急にリストラを言い渡される場合、名刺やノートなどの持ち出しは禁止されるはずです。サラリーマンがリストラされて自分に残るのは、仕事で得た信頼だけです。日頃できることがあるとすれば、一所懸命仕事をして顧客や関係者の信頼を得ることと、名刺アプリでこまめにスキャンして自分のデータとして持っておくことです。名刺ホルダーはいざというときに持ち出せませんからね」



「もう一つは、急に呼び出される際には、何かしらの手段で記録が残るような準備をしておくことが大事ですね。リストラを言われたほうはパニックに陥いる可能性もあるので、すべて覚えていられませんから。上の2つは今振り返っても、やっておいたらよかったと思いますね」



■まとめにかえて



A氏は退職後ハローワークに数か月通い、その後、別の仕事に就いています。



ただ、その企業は同じようなリストラを続けたようです。その度に元同僚からA氏に対して、人事部からどのような扱いを受けるのか、どういった条件であれば飲んだほうがいいのか、弁護士を雇う必要があるのかなどの問い合わせの電話が入ったそうです。



最後にA氏がこうつぶやいたのが印象的です。



「元いた会社の商品は2度と買うことはないな」



企業も事業環境の変化などで従業員を維持できなくなることもあるでしょうが、その際に上手にお別れをしないと元従業員というコアのファンも失いかねません。



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