1ドル=149円台から動き乏しく

 外国為替市場のドル相場は1ドル=149円台で膠着(こうちょく)しています。イスラエル軍が陸海空でパレスチナのガザ地区を攻撃すると表明しました。地上軍が境界に集結していますが、本格的な攻撃が始まっていないため、緊迫する中東情勢を警戒しながらも動きづらい相場となっています。


米インフレ高止まりで円安長引く可能性も

 先週の動きを振り返ってみますと、12日発表の米9月CPI(消費者物価指数)の上昇率は前月比(0.4%)と前年比(3.7%)ともに市場予想を上回ったためドル高で反応し、米金利上昇もサポートとなり1ドル=149円台後半の円安となりました。しかし、ドル高が進み、1ドル=150円が近づくと日本政府による為替介入への警戒感から上値は重くなっています。


 先週の米CPIは予想を上回り、思ったほど上昇が鈍化していないことが確認されました。しかし、米国の中央銀行に当たるFRB(連邦準備制度理事会)による11月や12月の利上げを確信させるものではなかったようです。


 先行きの政策金利の織り込み度を示す米CME(シカゴ先物取引所)のFedウオッチによると、11月は利上げがほぼ見送られる見込みとなっており、12月も9月CPIの発表後、利上げの確率が多少上昇しましたが30%を切っている状況です。


 ただ、米ウォールストリートジャーナル紙のFedウオッチャー、ニック・ティミラオス記者の指摘は気になります。ニック氏は「9月CPIによってFRBが11月の決定を含めてどのように考えが変わるのかを判断するのは難しい」としながらも、「良いニュースはコアインフレは6月から著しく鈍化した」と指摘しました。


 その一方、「悪いニュースはインフレ率が2%ではなく3%に落ち着きつつある」と指摘しており、11月、12月の利上げが見送られたとしても、インフレも金利も高止まりする可能性があるかもしれません。そうなれば、円安ドル高水準で膠着する可能性が高まります。


中東情勢のさらなる悪化で原油上昇リスク高まる

 中東情勢はイスラエル軍の大規模なガザ地区への地上戦への警戒が強まっており、市場も動きづらくなっています。戦闘が始まり、戦争が長期化、あるいはレバノン、シリアとの本格的な交戦によって戦線が拡大すれば、中東情勢の不安定から原油の供給不安が高まり、原油がさらに上昇することが予想されます。


 原油上昇はインフレリスクが再燃し、FRBの追加利上げへの思惑が強まり、長期金利も上昇することが予想されます。一方で、中東情勢への懸念から安全資産としての米国債が買われ、米長期金利は低下する動きも予想されます。


 為替相場は、米長期金利の動きに翻弄(ほんろう)されそうですが、それよりも政策金利の追加利上げの思惑の方に、より左右されそうです。


 また、中東情勢が不安定になれば、世界経済にとってマイナス材料になることが予想されます。


 JPモルガン・チェースのダイモンCEO(最高経営責任者)は13日、四半期決算の発表に合わせて公表した声明で、ロシアによるウクライナ侵攻に加え、イスラエルとイスラム組織ハマスの衝突に言及しました。


 ダイモンCEOは「エネルギーや食料、貿易など広範囲に影響する可能性がある。世界はここ数十年で最も危険な時期にあるかもしれない」と、地政学リスクの高まりが世界経済の足かせになるとの見方を示しました。世界各国で反イスラエル、反欧米のテロが誘発されれば、さらに世界経済の混乱要因になる可能性があります。


 IMF(国際通貨基金)が10日に公表した世界経済見通しでは、2024年の実質経済成長率を2.9%とし、7月の予測から0.1%下方修正しましたが、現在進行中の中東情勢の影響は加味されていないと思われます。

原油は当初は中東地域の混乱によって供給懸念から上昇するかもしれませんが、世界経済が後退すれば、需要減少から上昇抑制につながるシナリオも想定されます。


 19日にはFRBのパウエル議長の講演が予定されており、次回FOMC(連邦公開市場委員会)前の最後の講演になります。講演では、ここ数カ月のCPIの動きや長期金利の動き、加えて中東情勢を踏まえてどのような発言をするのか注目です。


 原油上昇によるインフレ再燃を警戒してタカ派色を強めるのか、世界経済の後退を警戒して慎重になるのかどうかが焦点です。11月1日の政策決定までにはまだ日数もあるため、それまでに紛争が解決しているかもしれません。中東情勢に改善の兆しがなければ、先行きの政策について何かを示唆するのではなく、「不透明」で判断できないと押し通すかもしれません。


日銀政策修正が取りざたされる中、財務官が利上げに異例の言及

 中東情勢の混乱は、原油の9割を中東に依存する日本にとっても大きな影響を及ぼす可能性があります。原油が上昇し高止まりすれば、日本の物価も高止まりし、加えて世界経済後退は日本にも影響が及びます。日本銀行による大規模金融緩和政策の修正タイミングはかなり後退することが予想されます。


 インフレ下の景気後退局面となり、政策のかじ取りの難しい局面となりそうです。原油上昇によって日本の貿易赤字は拡大し、景気後退によって日銀の政策修正が後退することから円安が一段と進むシナリオも想定されます。そうなる前に日銀の政策修正への期待が高まるかもしれません。


 政府の為替政策の実務を取り仕切る財務省の神田真人財務官は16日、気になる発言をしました。

一般論との前置きはありましたが、為替相場が激しく下落した場合には、国は「金利を上げることによって資本流出を止めるか、為替介入で過度の変動に対抗する」と省内で記者団に語りました。通貨安を止める手段として日銀所管の利上げに言及したことは異例です。


インフレ再燃なら円安進行、世界経済の後退強まれば円安一服も

 IMFの日本の成長率予想は2023年をインバウンド(訪日客)による消費で、7月予想から0.6%引き上げ2.0%としましたが、2024年はこれまでの景気刺激策の効果がなくなるため1.0%と据え置きました。中東の地政学リスクの高まりでどの程度の影響があるのか、来年1月時点の見通しに注目したいと思います。


 イスラエルとハマスとの衝突を受けて、サウジアラビアはイスラエルとの国交正常化交渉を凍結するとのことです。中東和平はかなり後退し、中東の地政学リスクが今後の波乱材料として長引きそうです。


 このような情勢の中、原油上昇によってインフレリスクが再燃し、金利が再上昇するのか、それとも世界経済後退によって原油はそれほど上昇せず、インフレ再燃も起こらないシナリオになるのかどうか現時点では判断できません。インフレ再燃となれば円安が再び進行し、世界経済後退が強まれば円安が一服する、という両方のシナリオを頭に入れて今後の情勢を見ていきたいと考えています。 


 18日には、バイデン大統領がイスラエルを訪問する予定です。現職の米大統領が紛争地の当事国を訪問するのは極めて異例のことです。ガザ地区の病院爆発でヨルダン訪問は延期となり、パレスチナ自治政府のアッバス議長との会談も中止となったのは残念ですが、中東情勢に何らかの出口を示すのかどうか注目です。


 また、同じ18日に中国の習近平(シー・ジンピン)国家主席とロシアのプーチン大統領が北京で会談する予定です。


(ハッサク)