※このレポートは、YouTube動画で視聴いただくこともできます。
著者の吉田 哲が解説しています。

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「 東日本大震災発生の年から続くインフレの原因 」


2011年3月11日(金)14時46分ごろ

 東日本大震災発生から、14年が経過しました。毎年3月11日、筆者は以下の写真を見返しています。


 2011年3月11日の夜、徒歩で帰宅した際に撮影した写真です。東京都内から筆者の自宅がある埼玉県につながる幹線道路沿いの量販店前に大行列ができていました。深夜、これから数キロから数十キロを歩くかどうかの判断の末、「自転車」を購入することを決めた人たちが殺到していた様子です。


図:2011年3月11日(金)午後11時02分
東日本大震災発生の年から続くインフレの原因
出所:東京都内で筆者撮影

 この写真を見ると、あの時刻、妻と娘だけでなく、山形県の宮城県寄りの地域に住む両親と姉の家族とも連絡がつかず、不安が膨れ上がったことが、鮮明に思い起こされます。「人の生死」を強く意識しながら、東京から離れる人の群れの一人となり、黙々と歩きました。オフィスからおよそ40キロ離れた自宅に着いたのは、日が昇る直前でした。


 当該災害を機に日本では、災害対策に関する議論はもちろん、誰かを思う気持ちとは?生とは?死とは?などの議論が加速したと感じています。


 先日、筆者は当該災害で甚大な被害を受けた福島県南相馬市の小高区にある海岸を訪れました。天気が良く、波が穏やかで、遠くにタンカーなどの船舶が行き来している様子がはっきり見えました。


 小高区は同震災がきっかけで作られた合唱曲「群青」のモチーフになった場所です。

同曲はいまでも日本全国で歌い継がれています。当該災害を語り継ぐ上で欠かせない、重要な一曲です。


図:福島県南相馬市小高区の海岸から見える景色(2025年2月)
東日本大震災発生の年から続くインフレの原因
出所:福島県南相馬市小高区で筆者撮影

 海岸から海を見ながら、14年の月日を振り返りました。この14年。筆者個人にとって、日本にとって、大変にさまざまなことが起きました。では「世界では?」。この問いへの答えを、自由度・民主度を示す指数「自由民主主義指数」をもとに、導き出そうと思います。


「2010年ごろ」に世界分裂が始まった

 東日本大震災が発生した2011年、世界では大きな変化が起きつつありました。自由で民主的な国家の数の減少と、そうでない国家の数の増加が、始まりつつありました。


 ヨーテボリ大学(スウェーデン)のV-Dem研究所は、「自由民主主義指数(Liberal democracy index)」を算出・公表しています。この指数は、行政の抑制と均衡、市民の自由の尊重、法の支配、立法府と司法の独立性など、自由や民主主義をはかる複数の側面から計算されています。


 0と1の間で決定し、0に近ければ近いほど、民主的な傾向が弱い(民主的ではない)、1に近ければ近いほど、民主的な傾向が強いことを示します。以下は、同指数が0.6以上である民主的な傾向が強い国と、0.4以下の民主的な傾向が弱い国の数の推移です。


 ベルリンの壁崩壊(1989年)や、EU(欧州連合)発足(1993年)前後に、非民主国家の減少と民主国家の増加が同時進行しました。民主的であることが正義と言われた時代です。


図:自由民主主義指数0.4以下および0.6以上の国の数(1945~2023年)
東日本大震災発生の年から続くインフレの原因
出所:V-Dem研究所のデータより筆者作成

 しかし「2011年」を境に、非民主国家が増加、民主国家が減少に転じました。2011年以降、世界全体が、非民主的な色合いを強め始めたと言えます。実際に、民主的であることが否定的に映りやすい出来事が、同時多発しました。


 リーマンショック(2008年)後、欧米が大規模な金融緩和を行ったことで、信用が異次元のレベルまで膨張し始め、信用収縮への不安が拡大したり、欧州が「環境問題」を強力に推進しはじめたことで、産油国・産ガス国との軋轢(あつれき)が大きくなったり、欧米が「人権問題」を強く主張したことで、独裁国家からの反発が強くなったりしました。


 また、以下のとおり、同所が算出・公表している「表現の自由指数(Freedom of expression index)」を見ると、2010年ごろから、低下が目立ち始めたことが分かります。同指数は、その国の政府が、報道・メディアの自由、一般市民が家庭や公共圏で政治問題を議論する自由、学術・文化表現の自由をどの程度尊重しているかを示しています。


図:「表現の自由指数」の推移
東日本大震災発生の年から続くインフレの原因
出所:V-Dem研究所のデータより筆者作成

 東西冷戦時に低下したあと、世界の民主主義が拡大したタイミングで急上昇しました。しかし、自由民主主義指数が世界分裂を示唆し始めた2010年ごろ以降、低下の一途をたどっています。


 このころから世界的に普及し始めたSNS(交流サイト)にて、ニセ情報・誹謗中傷・感情噴出などの社会問題を抑え込むための措置が進んだことを、同指数の低下が示していると言えます。


 自由民主主義指数の低下の背景に、行き過ぎた環境配慮、行き過ぎた人権配慮があったこと、表現の自由指数の低下の背景に、SNSのマイナス面が目立ったことなどが挙げられます。


 こうした世界的な変化が起き始めたタイミングが、2010年ごろだったと言えます。それ以降人類は、良かれと思って生み出したESG(環境・社会・企業統治)やSNSがもたらすマイナス面をうまく処理する方法を模索し続けてきたと言えます。


世界分裂は資源国の「出し渋り」の動機

 人類が良かれと思って生み出したESGとSNSがもたらすマイナス面が、資源を持つ非西側の国々の考え方を変化させた可能性があることについて、述べます。以下の図は、2010年ごろ以降の世界分断発生とコモディティ(国際商品)価格上昇の背景を示しています。


図:2010年ごろ以降の世界分断発生とコモディティ(国際商品)価格上昇の背景
東日本大震災発生の年から続くインフレの原因
出所:筆者作成

 先述のとおり、ESGとSNSのマイナス面は、世界分裂の一因となったと言えます。そしてその世界分裂は、資源を持つ、比較的民主度や自由度が低い非西側の国々に「出し渋り」というアイデアを芽生えさせた可能性があります。現在も行われている出し渋りの具体例は、OPECプラス※の原油の減産や、ロシアの穀物などの輸出制限などです。


※OPECプラスは、OPEC(石油輸出国機構)に加盟する12カ国と、非加盟の産油国11カ国の合計23カ国で成り立つ、産油国のグループです。そのうち減産に参加する国は合計19か国で、その生産シェアはおよそ46%に上ります。(2025年2月現在)


 世界的な分裂が深化しているタイミングで想定される、資源を持つ非西側諸国の思惑は以下のとおりです。世界分裂が深化する中で「三つの安定」を狙っていると、考えられます。


図:世界分裂深化時の資源を持つ非西側諸国の思惑(イメージ)
東日本大震災発生の年から続くインフレの原因
出所:筆者作成

 世界の民主主義が低下する中にあって、資源を持つ非西側の国々は、他国に思いを巡らせたり、自由で開かれた貿易・対話を継続したり、売り手・買い手の双方が納得できる価格を目指したりする自由で民主的な姿勢を弱くしつつあると、考えられます。


 こうした中、資源を持つ非西側の国々の間で、資源の出し渋り(資源の武器利用)を行い、(1)自国の食・エネ供給の安定、(2)西側に対する影響力の安定、(3) 価格の安定(=高止まり)という三つの安定の同時実現を目指す動きが、強まっていると考えられます。


金属、エネ、農産物生産国の民主度低下

 主要な資源の生産国における自由民主主義指数を確認します。以下は、リチウム、PGM(ここではプラチナとパラジウムの合計)、銅、ニッケル、コバルトといった金属生産国の自由民主主義指数(生産量加重平均)の推移です。


図:金属生産国の自由民主主義指数(生産量加重平均) 2013~2023年
東日本大震災発生の年から続くインフレの原因
出所:V-Dem研究所およびEnergy Instituteのデータより筆者作成

 このおよそ10年間、どの金属においても、生産国の自由民主主義指数は低下したことが分かります。リチウムも、銅も、ニッケルも、コバルトも、EV(電気自動車)や現代社会になくてはならない電子製品を作り続ける上で欠かせない金属です。


 こうした金属を生産している国々の自由度・民主度が低下傾向にあります。同指数の低下は、出し渋りリスクの上昇とほとんど同じ意味です。同指数の動向は、こうした金属の間で、長期視点の供給減少懸念が強まっていることを、示唆していると言えます。


 以下は、トウモロコシ、コーヒー、小麦、カカオといった農産物、および原油の生産国における自由民主主義指数(生産量加重平均)の推移です。原油についてはOPECプラスで原油の減産に参加している国の自由民主主義指数を参照しています。


図:原油・農産物生産国の自由民主主義指数(生産量加重平均) 2013~2023年
東日本大震災発生の年から続くインフレの原因
出所:V-Dem研究所およびEnergy Institute、FAOのデータより筆者作成

 先ほどの金属と同様、このおよそ10年間、主要な農産物・原油の生産国の自由民主主義指数は低下したことが分かります。農産物の生産国には、米国やフランス、オーストラリアなど、西側の自由度・民主度が高い国が含まれていますが、そうであっても、長期視点で低下傾向があることに、留意が必要です。


 金属、農産物、原油の生産国は、世界全体の自由度・民主度の低下の流れに即し、年々、自由度・民主度が低下している、すなわちこうした品目において、長期視点の供給減少懸念が強まっていることに、注意しなければなりません。


出し渋りへの警戒感が長期底上げの主因

 本レポートで確認したとおり、東日本大震災が発生した2011年、この前後から世界で大きな流れが生じ始めました。人類が良かれと思って始めたESGとSNSが思わぬマイナス面を生み、そのマイナス面が資源を持つ非西側諸国の自由度・民主度の低下、引いては世界分裂を加速させたと考えられます。


 こうした流れは、長期視点で起きているため、すぐに止めることは困難です。ましてや、良かれと思って作ったことがきっかけであることから、その良かれと思ったことを否定したり、排除したりすることは不可能でしょう。


 そう考えると、世界分裂は今後も、長期視点で継続し得る、それはつまり、長期視点で金属や農産物、原油などの主要品目における供給減少懸念が継続し得ることが示唆されていると、言えます。


 以下の図のとおり、銅、小麦、原油の価格は長期視点の高止まり状態にあります。2010年ごろから目立ち始めた、非西側生産国における自由民主主義指数の低下をきっかけとした供給減少懸念が、上昇圧力の一翼となっていると、考えられます。


図:原油・銅・小麦の価格推移(2000年を100として指数化)
東日本大震災発生の年から続くインフレの原因
出所:世界銀行のデータより筆者作成

 ここで示した品目いずれにおいても、短期的な価格の上下は起き得ます。しかし、長期視点で見れば、底流する供給減少懸念が作用し、高止まりする可能性があると、筆者はみています。


 図「2010年ごろ以降の世界分断発生とコモディティ(国際商品)価格上昇の背景」、で示したとおり、この10数年間で、社会は大きく変化しました。過去の常識で今の相場を分析することは、年々(日に日に)難しくなってきていると、筆者は痛感しています。


 ぜひ、投資家を含む市場関係者の皆さんには、今ならではの分析手法を模索することをお勧めします。過去の事例、著名人が言っていること、人気があること(多くの人が好んでいること)だけが、資産形成を成功に導く手段ではないことを、念頭に置く必要があります。


 東日本大震災の節目の日に筆者は、過去の常識にとらわれず、データを丁寧に観察し、今ならではの分析手法を模索し続ける決意を新たにしました。


[参考]コモディティ関連の投資商品例

投資信託(NISA成長投資枠 対象)

SMTAMコモディティ・オープン


海外ETF

インベスコDB コモディティ・インデックス・トラッキング・ファンド(DBC)
iPathブルームバーグ・コモディティ指数トータルリターンETN(DJP)
iシェアーズ S&P GSCI コモディティ・インデックス・トラスト(GSG)


(吉田 哲)

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