中国の王毅政治局委員兼外相が訪日しました。注目されたのが6年ぶりの開催となった「日中ハイレベル経済対話」です。
※このレポートは、YouTube動画で視聴いただくこともできます。
著者の加藤 嘉一が解説しています。以下のリンクよりご視聴ください。
「 「日本通」王毅外相が訪日。6年ぶりのハイレベル経済対話は対中ビジネスの追い風となるか 」
中国の「外交トップ」王毅氏が来日。外相会談やハイレベル経済対話に出席
3月21~23日、習近平(シー・ジンピン)国家主席率いる中国共産党、政府で外交政策を統括する王毅中央政治局委員兼外相が日本を訪問しました。王毅氏は習近平氏と同じ1953年生まれで、今年72歳。大学時代に日本語を専攻し、中国の駐日大使を務めたこともある「日本通」「知日派」といえます。そんな日本を知り尽くす王毅氏が「習近平外交」を統括しているという現実は、日本にとって複雑で、場合によってはリスクにすらなると思います。
そもそも、外交交渉の相手方が自分たちのことをよく知っているというのは、特に自分たちが相手側のことをそこまでよく知らない場合においては一種の「脅威」になるでしょう。また、過去に日本と戦争をし、その後の愛国教育やプロパガンダも作用する形で、いまだに「反日感情」が根深い中国において、「日本と近い」「親日」というのは往々にしてマイナスに働き、時の政治家や外交官が「親日的」に振る舞うようなことがあれば、政権内における対日強硬派や世論からつるし上げられ、政治生命にも影響するでしょう。
その意味で、外交官として「日本畑」を歩んできた王毅氏はただでさえ「日本と近い」と見なされてしまうことが多い。だからこそ、中国共産党の最高意思決定機関である中央政治局の委員(共産党のトップ24)にまで上り詰めている現在、政治的に足をすくわれないように、他の政治家や同僚に比べても日本に対して意識的に強く出てくる傾向が強くなります。「日本語ができて、日本の友人も多い彼は日本に甘い」と思われないためにです。
そんな王毅氏は久しぶりの日本滞在期間中、石破茂総理と林芳正官房長官への表敬訪問、岩屋毅外相、岡野正敬国家安全保障局局長との会談、日中韓外相会談、日中ハイレベル経済対話への出席、および日中友好団体との座談会といったイベントを精力的にこなしていました。限られた時間の中で、習近平外交の実践者として、会える人間、会うべき人間、会わなければならない人間には全て会う。そんな政治的意思を感じさせました。
日本と中国がこれから進めていく経済協力分野
日本との関係をマネージしていく上で、王毅氏訪日にとって最大のテーマの一つは「経済」だったといえます。本連載でも度々扱ってきたように、中国経済は近年構造的な景気不振に悩まされており、3月に開催された全国人民代表大会(全人代)では、2025年の経済成長率目標を前年比5.0%前後と発表しましたが、目標達成は困難であり、財政や金融などマクロ政策を駆使しつつ、できることを全てやってようやく達成できる数値だといえます。
そんな中、中国政府が地方自治体を総動員させる形で推進しようとしているのが外資誘致です。特に、中国の改革開放以降、長きにわたって中国経済を支え、ビジネスマナーがよく、環境や従業員への配慮を含め、中長期視点に立って中国市場と付き合っていこうという姿勢が見られる日本企業による対中投資は、中国共産党からすれば喉から手が出るほど獲得したい事象だといえます。
王毅氏訪日最大の目的の一つが、約6年ぶりの日中ハイレベル経済対話の開催を通じて、日本の財界、ビジネス界に対して前向きなシグナルを発信することにあったと私は分析しています。
- 双方は、グリーン経済の分野において、昨年11月に東京で日中省エネルギー・環境総合フォーラムが開催されたことを歓迎し、次回フォーラムを年内に北京で開催することで一致
- 双方は、医療・介護・ヘルスケアの分野での協力を引き続き強化していくことの重要性を確認するとともに、第三国市場での民間経済協力を引き続き推進していくことで一致
- 双方は、大阪・関西万博を契機として人的交流やビジネス交流、観光交流等を後押ししていくことを改めて確認
- 双方は、日本厚生労働省と中国海関総署が「日中食品安全推進イニシアチブ」の枠組みを活用し、引き続き実務者間で対話を継続することを奨励
- 双方は、気候変動に関する取組の重要性、プラスチック汚染に関する条約交渉の妥結に向けた努力、海洋ごみに関する両国の取組を共有していくことを確認
その上で、日中間で懸案となっていた日本産水産物の輸入規制に関して、IAEA(国際原子力機関)の枠組みの下で追加的モニタリングを引き続き実施していくことを確認し、分析結果に異常がないことを前提に、日本産水産物の輸入再開に向けて、関連の協議を推進していくことで一致しました。日本側から早期の輸入再開が再度求められた本件は、中国側がどれだけ日本との関係を重視しているかを推し量る重要な指標になると考えられます。
「邦人拘束リスク」「輸出規制強化」など懸念も残る
経済やビジネスを中心に、連携や協力など未来志向のシグナルが発せられた王毅外相出席による一連の日中対話ですが、日本側から見た懸念やリスクが拭えているわけではありません。
足元、中国で事業を行う日本企業や日本人が最も高い関心や懸念を抱いているのが、「中国で果たして安全に、安心して仕事、生活ができるのか」という点でしょう。
この点に関して、日中ハイレベル経済対話で日本側から次のように述べられています。
ビジネス環境の改善に関連し、日本側から、邦人拘束事案や「反スパイ法」の不透明性が日本人の中国渡航や中国でのビジネス活動を萎縮させているとして、拘束されている邦人の早期釈放、在留邦人の安全・安心の確保を改めて求めました。
日本政府が中国側に対して粘り強く働きかけている点は歓迎すべきことですが、中国側が日本側に広範に存在するこの懸念事項にどこまで真剣に向き合ってくるかというのは不透明です。実際、中国側のプレスリリースには、「反スパイ法」や「邦人拘束」といった日本側の懸念事項は記載されていません。日中間に少なからぬ認識・立場上のギャップが存在すると見るべきです。
日本側からは次の点も提起されました。
その上で、日本側から、公平性・予見性・透明性あるビジネス環境の整備を求めるとともに、中国による重要鉱物の輸出管理、政府調達における内資系企業・国産優遇、対日アンチダンピング調査、データ越境移転規制、過当競争による経済への影響等に関する日本側の懸念や問題意識を伝達し、中国側による是正・対応を求めました。
中国では近年、「米中対立」や習近平政権としての「国家安全」への重視と傾倒などを受けて、重要鉱物、戦略物資の輸出規制を厳格化してきており、これらの物資・材料を中国から輸入している日本企業を中心に、大きな課題となっているように見受けられます。
今回のハイレベル経済対話では、日中輸出管理対話を通じた対話継続の重要性を確認しましたが、やはり企業が日頃の事業の中で実感している懸念事項を政府が的確に理解し、相手側と対話、連携しながら課題解決につなげていくことが、日中経済関係にとってますます求められるのではないかと思います。
対話と懸念が共存する日中関係の動向を引き続きフォローしていきたいと思います。
(加藤 嘉一)