米国の4月雇用統計が底堅い結果となり、FRBは5月FOMCで現状維持を決定する公算です。市場は次回利下げを7月と読んでいますが、実際そうなるかどうかはトランプ関税の影響次第。
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著者の愛宕 伸康が解説しています。以下のリンクよりご視聴ください。
「 トランプ関税で米国は景気後退に陥るのか~FRBの利下げは7月?~ 」
FRBは雇用堅調を受けて5月現状維持の公算
5月2日に発表された米国の4月雇用統計は、非農業部門雇用者数が前月に比べ17万7,000人増え、失業率も3月と同じ4.2%と、総じて労働市場の底堅さを示す結果となりました。これを受けて、今夜判明するFRB(米連邦準備制度理事会)の5月FOMC(米連邦公開市場委員会)の結果は、大方の予想通り現状維持となる公算です。
FRBのパウエル議長は、トランプ関税の影響が物価や景気にどう出るのか不確実性が高いため、消費者物価や雇用統計といったハードデータを確認しながら慎重に利下げの是非を判断せざるを得ず、市場は今のところ6月FOMC(17~18日)ではなく、7月FOMC(29~30日)での利下げを予想しているようです(図表1)。
図表1 金利先物が織り込むFRBの利下げ確率

もちろん、世界一の経済大国である米国が関税を一律に大幅に引き上げるなど、グローバルサプライチェーンが発達した近代経済において過去に比較できる事例もなく、図表1に示した市場の織り込みも、世の中に出回っているエコノミストの見通しも、今後のデータの出方次第で大きく変わり得るということを認識しておくべきでしょう。
とはいえ、トランプ関税の影響を定量的に見通すのは難しいとしても、ある程度蓋然(がいぜん)性の高いシナリオを持っておくことは重要です。以下では、トランプ関税がどのようなルートを通じて、どのようなタイミングで米国経済や物価に影響を及ぼし、米国が景気後退に陥るとすればいつ頃か、考えてみたいと思います。
米国の実質GDPは7-9月期にマイナス成長へ
まず、4月30日に発表された2025年1-3月期の実質GDP(国内総生産)から振り返っておきましょう(図表2)。結果は前期比年率で0.3%の減少と、トランプ関税発動前の駆け込み輸入を背景に3年ぶりのマイナス成長となりました(輸入は控除項目であり、その増加は実質GDPを減少させます)。
図表2 米国の実質GDPの推移

しかし、2025年4-6月期は、駆け込み輸入の反動が出ると予想されるため、プラス成長を回復するとみています。
1-3月期の個人消費は1.8%とプラスの伸びを維持しましたが、昨年7-9月期の3.7%、10-12月期の4.0%からはかなり鈍化しています。トランプ関税の影響によりインフレ率が高まれば、これがもっと鈍化することになります。
多くの商品で既存在庫があることを踏まえると、トランプ関税の価格転嫁が顕在化するのは早くても6月ごろになると思われます。そうだとすれば、消費への悪影響は7-9月期に大きく出る可能性が高いとみることができます。
従って、遅行指標である雇用への影響は、7-9月期から10-12月期にかけて大きく表れると予想されます。仮に、企業が価格転嫁を抑制しても、収益が圧迫され、設備投資や雇用に響くことになるため、景気を下押すという意味では同じです。この結果、7-9月期と10-12月期の実質GDPは相当抑制されると予想されます。
こうしたイメージを数字に落とし込んだものが図表3です。7-9月期と10-12月期の実質GDPは2四半期連続のマイナス成長となり、2025年の成長率は前年比1.1%になるとみています。
図表3 米国の実質GDPの先行き

ちなみに、ブルームバーグが集計する現地エコノミストの見通し(5月5日現在)は前年比1.3%と筆者より少し高めですが、1-3月期の結果が発表された後、まだ見通しを修正していないエコノミストも多く、今後下方修正となる可能性が高いとみられます。
10-12月期に米国は景気後退へ、FRBはいつ利下げに踏み切るのか
そして、図表3の実質GDP見通しを前提にすると、失業率は10-12月期に4.9~5%まで上昇し、サーム・ルール(失業率の3カ月移動平均値が過去1年間の最低値を0.5%ポイント上回ると景気後退になるという経験則)に照らせば、景気後退に陥ることになります(図表4)。
図表4 米国の実質GDP(前年比)と失業率

当然、FRBは利下げに踏み切ることになりますが、7月FOMCの時点で判明しているのは6月の雇用統計(7月3日発表)まで。
ただ、7月FOMC(29~30日)の前に判明している6月消費者物価指数(7月15日発表)が落ち着いていればよいのですが、前述の通り、トランプ関税の影響が顕在化して消費者物価が上振れていた場合、予防的利下げのハードルは相当高くなります。かといって、次の9月FOMC(16~17日)まで待てば遅すぎるという可能性もあります。
筆者は、図表3や図表4のシナリオに従い、次回利下げは7月になる可能性が高いとみています。その際、FRBは、失業率が近いうちに急上昇するリスクが高いこと、ブレークイーブンインフレ率が落ち着いていることなどを引き合いに、インフレ予想が低位でアンカーされていることを強調することになるでしょう。
しかし、デフレにはならず~米国は1970年以降デフレを経験していない~
もっとも、米国はデフレにはならないとみています。市場では、トランプ関税の影響で米国の物価は一時的に上昇するものの、そのうち景気が悪化するためデフレに向かうとの論調が伺われます。しかしこの見方、果たして信ぴょう性の高いシナリオと言えるでしょうか。
デフレは「持続的な物価下落」と定義されますから、デフレというからには、例えば消費者物価指数の伸び率が持続的にマイナスで推移する必要があります。図表5は、米国の消費者物価指数の前年比を長期的に見たものですが、実は食品およびエネルギー除く総合指数の前年比はマイナスになったことがありません。
図表5 米国の消費者物価指数

景気に敏感な「財」(食品およびエネルギー除く)に限って見れば、2000年代前半のITバブル崩壊後や、2012年以降の数年間など、持続的に伸びがマイナスで推移したケースはあります。しかし、景気に感応的でない「サービス」(同)が高い伸びを維持し、消費者物価全体ではデフレに陥っていません。
「サービス」の価格が景気に関係なくプラスの伸びを維持するのは、もちろん「家賃」など動き難い品目の存在もありますが、米企業が人件費削減を雇用調整によって行い、賃金を下げないという傾向が強いことが背景にあります。
人件費削減を賃金調整で行う日本とは対照的ですが、だからこそ景気日付を判定するNBER(全米経済研究所)では、景気後退を判断する際、雇用を重視しているというわけです。
従って、仮に米国経済が7-9月期にマイナス成長となり、10-12月期に景気後退に陥ったとしても、デフレにはならないとみています。米国はインフレの国。上述した「トランプ関税の影響で景気が悪化するためデフレに向かう」との見方は行き過ぎであり、パウエル議長がトランプ関税によるインフレリスクを意識するのは、中央銀行家としてごく自然なことなのです。
むしろ、5、6月の消費者物価が思いのほか上振れていれば、7月利下げは見送られ、トランプ大統領とのあつれきが高まるというシナリオも十分あり得るとみています。
(愛宕 伸康)