食品価格の高騰が収まりません。なぜ、ここまで高騰しているのでしょうか。
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著者の吉田 哲が解説しています。以下のリンクよりご視聴ください。
「 食品価格はもう下がらないのか!? 」
トランプ関税が大豆相場に影響も
以下は、中国における大豆の輸入状況を示しています。中国は主に米国とブラジルから、交互に大豆を輸入しています。
図:大豆:トランプ2.0始動後100日間のトピック

米国からの輸入がピークを迎えるのは2月前後、ブラジルからの輸入がピークを迎えるのが8月前後です。中国は、季節が真逆という特性を利用して、北半球と南半球から分散して輸入することで、年間を通じて安定した輸入量を維持しています。
ところが、中国が報復措置として、米国産大豆の輸入関税を引き上げたことで、米国産大豆が中国で出回る量が減少する懸念がでてきました。以下の通り、中国の米国への穀物別の輸入依存度において、大豆は突出して高いことが分かります。
図:中国の米国への穀物輸入依存度(毎年1-3月期)※金額(米ドル)ベース

中国の報復関税が本格化すれば、中国でのモノ不足と、米国でのモノ余りが同時進行する可能性があります。
こうした関税問題に関わる動きは、大豆相場の短中期的な動向に影響を与えるきっかけになり得ます。
食品価格高騰は「長期的な大問題」
「トランプ関税」は、大きな問題です。今後も注意深く、その動向を観察・対応していかなければなりません。ただ、食品価格高騰は、トランプ関税によるマイナスの影響が大きくなる何年も前から起きていました。
以下のように、食品に関わる国際価格を押し上げている材料を、短期と長期に二つの時間軸に分けて整理しました。トランプ関税は今のところ「短期」の材料の一つにすぎません。食品価格高騰の理由と動向を深く考えるためには、長期の材料に重点を置く必要があります。
図:食品に関わる国際商品の価格を押し上げている材料(2025年5月時点)

長期視点の材料には、(3)世界的な人口増加、(4)ESG起因の価格上昇圧力、(5)異常気象の頻発、(6)耕作地を他の用途へ転用、(7)投機資金の長期滞留、(8)世界分断起因の出し渋り、(9)エネルギー価格の高止まりなどが挙げられます。
(3)については、新興国における嗜好品を求める人口の増加や、先進国における生活習慣の変化が、(4)については、環境配慮をきっかけとした耕地面積の拡大鈍化や、人権配慮をきっかけとした買い取り価格上昇の機運が目立っていることが、長期視点の上昇圧力を強める要因となっていると、考えられます。
(5)については、世界各地で異常気象が頻発し、農産物の生産量が減少する可能性が高い状態が続いていること、(6)については、より収益性の高い植物を栽培したり、鉱物資源の採掘を優先したりするケースが目立っていること、(7)については、リーマンショック(2008年)やコロナショック(2020年)の後に欧米の中央銀行が行った大規模な金融緩和によってもたらされた投機資金が市場に長期で滞留していること、などです。
(8)については、食品の原材料を生産する、国々の民主度が低下傾向にあり、出し渋りのリスクが高まっていること、(9)については、生産の現場で、輸送や燃料のコスト、電気代が上昇していること、などです。
こうした(4)から(9)が同時にもたらす長期視点の上昇圧力を受けて、食品価格は(短期視点では反落は起きつつも)長期視点で高止まりしていると言えます。食品価格高騰の背景を知るためには、世界の人口動態、ESG、異常気象、転作、世界の分断、出し渋り(資源の武器利用)、エネルギー価格など、広範囲に目を配る必要があります。
長期視点の底値切り上げ「パラダイムシフト」
実際の長期視点の高止まりの様子を確認します。
図:穀物の国際商品の価格推移

上のグラフは、穀物の主要品目であるトウモロコシ、大豆、小麦の価格推移です。1970年代後半と2010年前後に、長期視点の価格水準が切り上がっていることが分かります。
また、穀物と同様、以下の通り、チョコレートやコーヒー、オレンジジュースなどの嗜好品の原材料価格も、2010年前後に長期視点の底値切り上げが起きたことが分かります。
図:食品(嗜好品)の国際商品の価格推移

これまで長期にわたって維持されてきた価格の水準感が、劇的に変化しました。これはさまざまな分野において、均衡点が劇的に変化する「パラダイムシフト」だったと言えます。2010年前後に、私たちの生活に直接的に関わる食品の原材料価格において、パラダイムシフトが起きました。このことこそが、食品価格の高騰が収まらない原因であると、筆者は考えています。
そしてパラダイムシフトの背景には、先ほど述べた(3)から(9)の長期視点の材料が深く関わっていると考えられます。これらの材料はトランプ関税や一過性の天候不順など、短期視点の材料と異なり、長期視点で食品の原材料価格を押し上げ続けます。
出し渋りという名の「資源の武器利用」
V-Dem研究所(スウェーデン)は、世界各国の民主主義に関わる情報を数値化して多数の指数を公表しています。「自由民主主義指数」もその一つです。
法整備、裁判制度、言論の自由など、民主主義に関わる多くの情報を数値化したこの指数は、0と1の間で決定し、0にが¥すればするほど、その国が自由で民主的な度合いが低いことを、1に接近すればするほど自由で民主的な度合いが高いことを意味します。
以下のグラフは、穀物の主要生産国の自由民主主義指数の推移を示しています。右に記した「ト」はトウモロコシ、「大」は大豆、「小」は小麦の意味で、これらの文字の右の数字は、2023年の生産量のランキングです。
図:穀物の主要生産国と自由民主主義指数

2010年ごろを境目とし、低下傾向が目立ち始めたことが分かります。2010年ごろは、以前の「 金(ゴールド)相場、長期視点では5,000ドルも? 」でも述べたとおり、世界全体でこの指数の低下が始まったタイミングです。
世界全体の自由度・民主度が後退する中で、オーストラリア、米国、カナダ、ブラジル、アルゼンチン、インド、ウクライナ、ロシアなどの穀物の主要生産国でも、同様のことが起きていました。
同様に、以下の図のとおり、2023年のカカオ豆、コーヒー豆、砂糖、オレンジなどの主要な生産国の同指数の平均は、0.3~0.4前後という低水準でした。
図:食品(嗜好品)の主要生産国と自由民主主義指数(2023年)

自由民主主義指数が低い国では、法の支配や独立した司法が維持されなくなる、国家間の対外的な枠組みにおけるルールが順守されなくなる、などの動きが目立ち始め、ゆくゆくは自国の利益を第一にする考え方が支配的になる可能性があります。資源を持っている国が自国優先の姿勢を強めると、資源を出し渋る懸念が大きくなります。
OPECプラスが協調減産(自主減産ではない)を2026年12月まで継続することを表明していること、ロシアが西側諸国などに対して穀物などの輸出制限を行っていること、一時、インドが自国の食の安全保障を理由に小麦の輸出を停止したことなどは、まさに出し渋りの例です。こうした「資源の武器利用」は、世界全体の需給ひっ迫懸念を強めます。
自由度・民主度が低下して世界情勢が不安定化する中、資源を持っている国は、(1)自国の食・エネ供給の安定、(2)西側に対する影響力の安定、(3)価格の安定(=高止まり)の、三つの安定を目指していると考えられます。
世界の自由度・民主度の後退傾向が長期化すれば、「出し渋り」という資源の武器利用も、長期化すると考えられます。
新興国発の需給ひっ迫懸念
最後に需要面に目を移します。時間軸は短期ではなく、長期です。新興国における嗜好品を求める人口の増加は、今後の価格動向にどのような影響を与えるのでしょうか。
以下のグラフは、人口一人当たりの主要穀物(トウモロコシ、大豆、小麦)の消費量の推移です。家畜のえさなど、間接的に消費されるケースも含んでいます。先進国と新興国・途上国の分類は、国際通貨基金(IMF)の基準としました。
図:主要穀物(トウモロコシ、大豆、小麦)の人口一人当たりの消費量 単位:キログラム

2023年時点で、先進国では一人当たり、同穀物を677キログラム、消費しています。一方で新興国・途上国においては245キログラムです。経済的に豊かな国ほど、穀物を多く消費していることが分かります。
新興国・途上国の経済が発展すれば、穀物の消費量は増加すると考えられます。現在の先進国と同じ生活水準になった場合、新興国・途上国での同量は2.5倍程度になります。
さらに、以下のグラフは、これらの穀物の収穫面積の推移を示しています。先進国(オーストラリア、米国、カナダ、フランスなど)の収穫面積はすでに頭打ちです。新興国・途上国は増加傾向を維持していますが、報じられているとおり、森林伐採などの環境破壊を伴う面積拡大であると、考えられます。
図:主要穀物(トウモロコシ、大豆、小麦)の収穫面積 単位:百万ヘクタール

いずれ、環境保護の観点から、新興国・途上国の収穫面積の増加が止まる可能性があります。長期的には、世界全体として、需要増加と供給制約が同時進行する可能性があります。
今回は、食品価格高騰が収まらない理由をまとめました。「トランプ関税」という足元の材料だけでなく、人口動態や食文化、資源国の思惑などの長期視点の材料に注目することではじめて、食品価格の今後の動向が見えてきます。まだしばらく、食品価格高騰が続く可能性があると、筆者は考えています。
[参考]農産物関連の投資商品例
国内個別株・ETF
丸紅(8002)
WisdomTree 農産物上場投資信託(1687)
WisdomTree 穀物上場投資信託(1688)
WisdomTree 小麦上場投資信託(1695)
WisdomTree とうもろこし上場投資信託(1696)
WisdomTree 大豆上場投資信託(1697)
外国株・ETF
ディアー(DE)
コルテバ(CTVA)
ニュートリエン(NTR)
アーチャー・ダニエルズ・ミッドランド(ADM)
ブンゲ・グローバルSA(BG)
ヴァンエック・アグリビジネスETF(MOO)
インベスコDBアグリカルチャー・ファンド(DBA)
国内商品先物
トウモロコシ 大豆 小豆
海外商品先物
トウモロコシ 大豆 小麦 大豆粕 大豆油
商品CFD
トウモロコシ 大豆 小麦 コーヒー、粗糖、ココア、綿花、生牛
(吉田 哲)