米中両政府は12日、米国の中国に対する関税率を145%から30%に引き下げることで合意しましたが、楽観は禁物です。米国がスタグフレーションになるリスクは引き続き高く、FRBはインフレと景気悪化の板挟みで指標の出方を注視するしかありません。

日銀も利上げスタンスを維持しながら様子見する姿勢が昨日公表の「主な意見」から読み取れます。


米スタグフレーションなら、日銀は利上げ姿勢を保ち様子見するし...の画像はこちら >>

※このレポートは、YouTube動画で視聴いただくこともできます。
著者の愛宕 伸康が解説しています。以下のリンクよりご視聴ください。
「 米スタグフレーションなら、日銀は利上げ姿勢を保ち様子見するしかない 」


米国はスタグフレーション(インフレ+景気後退)へ

 米中両政府は12日に共同声明を発出し、


【1】米国は相互関税率を当初の34%(基本税率の10%、追加税率24%)に戻し、追加税率24%を90日間停止する


【2】中国は125%としていた報復関税のうち24%を90日間停止し、10%を残してそれ以外は撤廃する


ことで合意しました。これにより今後90日間は、米国の中国製品に対する関税が基本税率10%と違法薬物対策で課した20%の計30%となります。電気自動車(EV)、鉄鋼・アルミニウムを対象とした関税も維持されます。


 この結果、米国経済への影響は多少緩和されることになりますが、現実にはトランプ関税の一部はすでに実施されており、米国の4月の関税収入はネットで160億ドル(1ドル=140円で換算すると2兆2,400億円)と、昨年4月に比べ90億ドル(同1兆2,600億円)程度増加しています。


 米エール大学予算研究所が4月2日に算出した米国の実行関税率22.44%は、中国への関税率54%を前提としています(図表1)。それが24%低下したとして、ざっくり3~4%程度の押し下げになると見込まれますが、しょせんその程度。実行関税率の着地は10%を明確に上回ると予想され、米国経済への影響について過度に楽観するのは危険です。


図表1 米国の実行関税率(the average effective US tariff rate)
米スタグフレーションなら、日銀は利上げ姿勢を保ち様子見するしかない(愛宕伸康)
出所:米エール大学予算研究所ほか各種資料、楽天証券経済研究所作成

 関税引き上げによる米国経済の影響は、総需要曲線と総供給曲線を使ったマクロ経済学の古典的な考え方で、簡単に整理することができます。図表2を見てください。


 関税が引き上げられると、米企業が安価で購入していた輸入原材料の価格が上昇する、もしくはより高価格の代替国内品への差し替えが発生する結果、米国企業の生産性が低下します。つまり、これまでの生産コストで同じ量が生産できなくなるため、総供給曲線は上方にシフトします。


図表2 トランプ関税で発生する米国の総供給ショック
米スタグフレーションなら、日銀は利上げ姿勢を保ち様子見するしかない(愛宕伸康)
出所:楽天証券経済研究所作成

 その結果、総生産がこれまでのYからY´に減少する一方、物価はこれまでのPからP´に上昇することになります。これが今後米国で発生すると予想されるスタグフレーション、すなわち景気減速とインフレの同時発生と整理できます。先週のレポートでは、それが今年の後半にかけて生じる可能性があると指摘しました。


 こうなると、物価安定と最大雇用という二つの使命を課された米連邦準備制度理事会(FRB)は、いみじくもバー理事が9日の講演で述べているように、「年内のインフレ加速、景気減速、失業増大につながる可能性が高く、FRBはどちらの問題に対処するかで難しい決断を迫られる」ことになります。雇用や物価のデータを確認するまでFRBは動けないでしょう。


日銀は利上げ姿勢を保ち見るしかない~過度な円安の是正が唯一の解~

 一方、トランプ関税が日本経済に及ぼす影響は、トランプ関税を実施する側の米国とは異なります。もう一度総需要曲線と総供給曲線で考えると(図表3)、総供給曲線が上方にシフトする米国の供給ショックとは違い、日本では米国向け輸出や設備投資の減少に伴う総需要の減少、すなわち総需要曲線が左方向にシフトする負の総需要ショックが発生します。


図表3 トランプ関税で発生する日本の総需要ショック
米スタグフレーションなら、日銀は利上げ姿勢を保ち様子見するしかない(愛宕伸康)
出所:楽天証券経済研究所作成

 そうすると、総生産がこれまでのYからY´に減少するとともに、物価はこれまでのPからP´に下落するため、日本銀行は利下げで対応するのが適切な金融政策運営ということになります。


 しかし、不幸にも、現在の日本は高インフレに見舞われており、利下げは円安を促しインフレを助長するリスクがあります。日銀としては、総需要が過度に減少してデフレに向かうような事態にならない限り、円安を促さないよう利上げ姿勢を保ちながら、様子見するしかありません。


 現在、日本の金融環境は、実質金利が自然利子率(景気に引き締め的でも緩和的でもない金利水準)を大幅に下回る超緩和状態にあります。

それを踏まえれば、多少図表3のようなことが発生しても、「金融緩和度合いの調整」が進むだけという見方も可能です。


 というより、緩和が必要なほど日本の景気が悪化すれば、そのときは概念的に実質金利が自然利子率を上回っているはずであり、そうした状況に陥りそうかどうかを、日銀は経済物価指標を確認しながら判断することになります。


 いずれにせよ、そのうちFRBが利下げを再開すれば、多少インフレが残っていても米国の長期金利は低下していくでしょうから、その結果、円高が進む可能性が高いと思われます(図表4)。そうした過度な円安の修正が、日本のコストプッシュ型インフレの抑制に貢献すると考えられます。


図表4 ドル/円相場と米国の10年金利
米スタグフレーションなら、日銀は利上げ姿勢を保ち様子見するしかない(愛宕伸康)
出所:ブルームバーグ、楽天証券経済研究所作成

 製造業復権を狙うトランプ政権でもドル安を志向している可能性が高く、ドルの実効為替レートが相当増価(ドル高)している現状への不満が溢出(いっしゅつ)することが予想されます(図表5)。


 それに対し円の実効為替レートは異常なほど減価(円安)しており、参院選を前に日本政府のインフレに対する懸念が強いことを踏まえると、日米の政治的な目線はドル安・円高で一致しているとみることができます。


図表5 日米の実効為替レート
米スタグフレーションなら、日銀は利上げ姿勢を保ち様子見するしかない(愛宕伸康)
注:BISのナローベース。 出所:ブルームバーグ、楽天証券経済研究所作成

金融政策決定会合の「主な意見」でも「様子見モードを続けざるを得ない」

 日銀が昨日(13日)公表した4月30日~5月1日の「金融政策決定会合における主な意見」(通称「主な意見」)でも、「米国の関税政策の展開がある程度落ち着くまでは様子見モードを続けざるを得ない」との意見が掲載されるなど、トランプ関税の影響を見極めたいという姿勢が色濃く反映されたものとなりました。


 例えば、「不確実性がきわめて高いことを踏まえ、予断を持たずに判断していくことが重要」「見通し実現の確度、リスクを見極めていく必要がある」「経済・物価の見通しを巡る不確実性は高く、その確度は従来に比べて高くはない」「日本経済への影響を慎重に見極める必要がある」「米国経済減速から利上げの一時休止局面となる」など。


 重要な点は、経済・物価の見通しに関しては上下双方向に不確実性が高いとの見方で一致しているものの、金融政策運営については、「引き続き政策金利を引き上げ、金融緩和の度合いを調整していく」という基本スタンスで一貫しているということです。今のところ、利下げに転じるリスクを指摘する意見は全く見受けられません。


 それだけ現在の実質金利が低いことが意識されている、もしくは円安に振れさせてはいけないことが意識されていると推察されますが、いずれにせよ、ちょっとやそっと景気が下振れても利上げスタンスは変えないという意思を強く感じさせる今回の「主な意見」だったように思います。


 その意味では、予断を持たずと言っておきながら予断を持っているような…。

FRBと同様、ハードデータを確認する必要があります。


(愛宕 伸康)

編集部おすすめ