中国では、4月の主要経済統計が発表されました。工業生産、小売売上、固定資産投資などが軒並み低迷しています。

不動産不況とデフレも収まる兆候が見られません。5月12日の関税合意を受けて、米中の経済動向に改善に向かうのでしょうか。さらに、就任から1年を迎えた台湾の頼清徳総統の「中国へのスタンスの変化」にも注目です。


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著者の加藤 嘉一が解説しています。以下のリンクよりご視聴ください。
「 米中台の新・三角関係。対中トランプ関税と中国経済悪化は誰の得? 」


(写真:© copyright 2011 Sharleen Chao/Getty Images)


中国経済4月の主要統計指標は軒並み低迷

 第2次トランプ政権が今年1月20日に発足して以降、中国政府がトランプ関税の発動、およびそれが中国経済に与え得る影響やショックをかつてないほど警戒、懸念してきた経緯は本連載でも度々検証してきました。米中間の追加関税率は3桁まで跳ね上がり、「実質的な貿易停止」という状況下で、米中貿易の壊滅的な停滞が米中それぞれを含めた世界経済や市場動向に与えるリスクが懸念されてきました。


 そうした中、 先週のレポート「米中関税戦争が『90日の停戦』、その深層と日本への示唆は?」 で扱ったように、5月12日、米中両国はスイスのジュネーブで開催された約2日間におよぶハイレベル協議を経て、共同声明を発表し、90日間という期限付きで追加関税率を115%引き下げる旨などを発表しました。


 市場の反応は顕著で、やはり米中関係が持っているインパクトの大きさを改めて実感した次第です。トランプ政権にとっても、中国との関税交渉やその先にある合意が米国経済にもたらすさまざまな影響を軽視できないという状況なのだと思われます。


 トランプ関税が中国経済に与える影響が懸念される中、5月19日、中国国家統計局が4月(1~4月)の主要経済統計を発表しました。

以下、3月との比較で整理します。


  4月 3月 工業生産 6.1% 7.7% 小売売上 5.1% 5.9% 固定資産投資 4.0%(1~4月) 4.2%(1~3月) 不動産開発投資 ▲10.3%(1~4月) ▲9.9%(1~3月) 不動産を除いた固定資産投資 8.0%(1~4月) 8.3%(1~3月) 貿易(輸出/輸入) 5.6%(9.3%/0.8%) 6.0%(13.5%/▲3.5%) 失業率(調査ベース、農村部除く) 5.1% 5.2% 16~24歳失業率(大学生除く) 15.8% 16.5% 消費者物価指数(CPI) ▲0.1% ▲0.1% 生産者物価指数(PPI) ▲2.7% ▲2.5% 中国国家統計局の発表を基に筆者作成。▲はマイナス。数字は前年同月(期)比

 工業生産、小売売上、固定資産投資という主要3項目の伸び率が、3月に比べて軒並み鈍化しているのが顕著に見て取れます。また、近年低迷が懸念されてきた不動産開発投資は、1~4月再び2桁のマイナス成長に逆戻りです。


 貿易も全体的には低迷傾向にあり、デフレ基調も続いています。若年層の失業率は若干改善していますが、これから6月以降、1,000万人を超える大学卒業生が労働市場に流れ込んでくる予定で、夏にかけて雇用状態が悪化する可能性は大いにあります。


 想定内だったとはいえ、トランプ関税の発動が本格化した4月、中国経済がその影響を如実に受けたという経緯は否定できないでしょう。国家統計局も5月19日、「4月、外部の要素が中国経済に与えるショックは拡大した」と公式に認めている点は特筆に値します。


軽視できない「トランプ関税」の影響。米中合意を受けて好転なるか?

 ここからは、トランプ関税が中国経済に与えている影響について、具体的に見ていきましょう。


 上記で整理した表にあるように、4月の貿易は前年同月比5.6%増、内訳を見ると、輸出が同9.3%増、輸入が同0.8%増ということで、伸び率を前月と比較すると、全体では鈍化、輸出が鈍化し、輸入が改善したという経緯になっています。


 次に、中国税関総署が発表した統計を基に、米国との貿易を見てみると、4月、中国の対米輸出は前年同月比21.0%減(330億ドル)、輸入は13.8%減(126億ドル)という結果でした。3月は特に、4月から始まるトランプ関税の本格発動を前に、中国から米国への駆け込み輸出が増え、対米輸出は9.1%増でしたから、その落ち込み方は顕著だと言えます。


 その他、中国税関総署が5月18日に発表した4月の貿易統計(ドル建て)を基に、中国から米国への輸出額の大きな品目を見てみると、電気機器が前年同月比32%減、家具や寝具が27%減、玩具が25%減、プラスチックや関連製品が27%減となりました。やはり、米国が中国からの輸入品に対して課した145%の追加関税が相当程度影響したのでしょう。4月の対米輸出にとっての下振れ要因として作用したと理解できます。


 今後の展望ですが、5月12日の米中共同声明を受けて、米国の対中輸入品への追加関税率が30%、中国の対米輸入品への追加関税率が10%までそれぞれ引き下げられました(液化天然ガス、石油、石炭、大豆、トウモロコシなどへの最大15%の関税は継続)。この状況が8月上旬まで90日間続くことになります。ただ、5月も前半は3桁に上る追加関税率の影響を直接的に受けてきましたから、5月、中国の対米輸出入額は4月同様鈍化、低迷する可能性が高いと言えます。


 一方、これから8月上旬にかけての90日間は、中国の対米貿易にとって極めて重要な時期になるでしょう。私が米中の政府、市場関係者らと議論している限り、これからの3カ月の間に輸出入できるものは一気にしてしまおうと、またしても駆け込み的な輸送ラッシュが早くも展開されているようです。例として、海上輸送の予約状況を分析する米調査会社VISIONが5月14日に発表したデータによると、5月12日の関税引き下げ発表後、中国発・米国行きのコンテナ予約数が300%近く増加しているといいます。


 中国以外にも、米国は日本をはじめ関連諸国と継続的に関税交渉を行っていますが、90日間という期間が一つの目安になっている中、その期間、そしてその期限を越えて、各国間の貿易状況がどう推移していくのか、そしてそれらが各国経済にどのような影響を与え、政府や企業の実質的な対応や行動につながっていくのか。


 2025年を通じて、「トランプ関税」からは目が離せそうにありません。


台湾では頼清徳政権発足から1年。「有事」の行方は?

 さて、直近の状況として、私から見て市場関係者の関心が非常に高い分野でもう一つ注目すべき事象がありました。


「台湾有事」をめぐる動向です。


 私が日頃意見交換をする機会のある国内外(特にウォール街)の機関投資家たちの多くは、「仮に中国が台湾に侵攻すれば、マーケットへのインパクトはリーマンショックどころの騒ぎではなくなる」という見方を示しています。故に、台湾海峡を巡る地政学的情勢の現状がどうなのか、これからどうなっていくのかを綿密に分析することが重要です。


 その観点からすると、5月20日、台湾の頼清徳(ライ・チントー)政権が発足してちょうど1年がたちました。20日午前、頼総統は総統府で約15分間の談話を発表し、3人の記者からの質問にも答えました。私もリアルタイムで、画面越しでその模様を見ていました。


 15分におよんだ談話の中で印象的だったのは、「中国」に関する言及や内容が何もなかった点です。確かに、自由や民主主義の強調、米国を含めた民主主義国家との連携強化、権威主義への対抗といった文言や主張から、誰がどう聞いても中国を暗にけん制、批判している内容はみられましたが、それでも「中国」と名指しで、強硬姿勢をむき出しにするようなことはありませんでした。1年前の就任演説( 参照レポート「台湾新総統の就任演説に中国が強く反発。

無視できない日本への影響」 )とは大違いでした。


 質疑応答の中で、日本の朝日新聞の記者が、中国側が頼総統を批判しているといった観点から、中国との関係について直接的に切り込む質問をしてきましたが、それに対しても、頼総統は静かな口調で、「中国」に対してほぼ名指すことなく、「平和の追求」を前面に押し出し、「対等な立場で尊厳がある限り、中国との対話は続ける」と明言しました。一方、回答の冒頭で「侵略者こそが平和の破壊者だ」と主張し、名指しはしていないものの、強い言葉で中国をけん制した点を、中国側がどう受け止めたかは要注目だと思います。


 頼総統による「5.20演説」を受けて、中国国務院台湾事務弁公室の陳斌華報道官は20日談話を発表し、「台湾独立を企てる挑発行為を止めなければ、両岸関係に改善の余地は生まれない」、また、頼総統を名指しした上で、「外部の勢力と協力し、武力によって独立を諮るという誤った路線を維持している」と直接的に批判をしました。


 ただ、私から見る限り、中国側からすれば、頼総統の5.20演説は、自身が想定していた以上に抑制的だったと言えるでしょう。頼総統としても就任から1年が経ち、野党が国会で多数を占め、政権運営がレームダック化している中、中国に対して必要以上の強硬姿勢を貫くことは、政治的に得策ではないという考えを持つに至っているのかもしれません。


 トランプ大統領が「戦争嫌い」なのは有名な話ですが、台湾有事を巡る当事者である中国と台湾、そして影響力が絶大な米国が、台湾海峡における緊張度の悪化を防ぐべく、それぞれが自制的な態度と政策を取るようであれば、緊張は緩和し、経済への影響も好転していく流れを作ることが可能になってきます。


 私としては引き続き、米中交渉×中国経済×台湾有事の関係性と相互連動を注視していきたいと思っています。この3要素が日本経済や市場動向に与える潜在的影響は甚大になると考えるからです。


(加藤 嘉一)

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