ドル/円は、米リスクオフの後退と米金利高の割に重いままで、為替ヘッジが効いている可能性があります。実は、過去に日本のサイクル転換を強烈に推し進めたドライバーがヘッジ操作だと言っても過言ではないのです。

8月のリスクオフ再燃シナリオを念頭に、為替ヘッジの正体、相場インパクト、投資対応をガイドします。


円高に影響大な「為替ヘッジ」、8月の日本株リスクに備えるの画像はこちら >>

※このレポートは、YouTube動画で視聴いただくこともできます。
著者の田中 泰輔が解説しています。以下のリンクよりご視聴ください。
「 【ドル/円と日本株】見えざる円高最恐ドライバー 」


サマリー

●ドル/円の重さの背景には、為替ヘッジが効いている可能性がある
●為替ヘッジが動意づくと、巨額で、かつ集中的に行われ、強烈な相場インパクトをもたらし得る
●もし7~9月に米景気指標悪化、関税交渉不調となれば、為替ヘッジ・リスクを注視
●米リスクオフでの円高は、日本株に対する相乗的な圧迫になり得る
●相場急落ケースでは、米国株サイクルとドル/円・日本株サイクルの時間差を留意する


重いドル/円相場の背景

 5月を通じて、米国株は人工知能(AI)テック主導で失地回復に向かい、日経平均株価も3万8,000円台につっかけるまでになりました。リスクオフ感はかなり緩和されています。米国では、財政赤字や関税インフレへの懸念があるとは言え、リスクオフ警戒の後退も手伝って、債券は売られ、金利が上昇しました。


 米リスクオフに伴うドル売り円買いポジションは、リスクオフの緩和で一部買い戻されました。ドル/円は、通常は米金利に連動し、5月も米金利上昇がドル高・円安にも作用しています。しかし、米金利と対比すると、ドル/円の重さが一目瞭然です(図1)。


 ドル/円の重さの背景には、数カ月スパンでリスクオフ再燃への警戒があるとみています。5月、6月は、経済指標に関税の影響が明確には現れず、米国と主要な貿易相手国は関税を巡る交渉中です。つまり、リスクオフの猶予期間と言えます。


 ただし、7~9月には指標悪化、関税交渉の不調によるリスクオフの可能性を排除できないままです。この異常な不確実性、リスクオフ再燃懸念は、どのような取引でドル/円相場に重さをもたらしているのでしょう。


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図1:ドル/円と米国債10年金利との乖離
円高に影響大な「為替ヘッジ」、8月の日本株リスクに備える
出所:Bloomberg

為替ヘッジの相場インパクト

 筆者が注視するのは為替ヘッジ操作です。歴史的に相場の変わり目を強烈に推し進めたのは、為替ヘッジ操作です。為替ヘッジは、為替相場の変動リスクを直接被る資産の残高、すなわちストックの規模に応じて発生すると考えられます。


 例えば、日本の生命保険会社は2024年末で120兆円、年金基金のうち年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)は130兆円弱の外国証券を保有しています。日本の対外資産は1,500兆円を超え、対外負債を差し引いたネットで500兆円以上と、世界最大級です。


 逆に、外国人が保有する日本株の残高は、時価総額の3割強として250兆円規模でしょう。日本の機関投資家も外国人投資家も、彼らにとっての外貨資産の全てがヘッジ対象になるわけではありません。しかし、ヘッジ率を1%変更するだけで、1兆円単位の為替取引が発生します。


 景気・金利サイクルの変わり目では、機関投資家のタイプによって異なるとはいえ、外貨資産の残高に対するヘッジ率の10%、20%、30%もの変更が生じ得ます。しかも、リスク回避の行動であり、一部が動き出すと、連鎖的に同調行動が広がり、相場水準の劇的なシフトを一気にもたらすことがあります。


 近年は、日本の貿易赤字、デジタル赤字、NISA(ニーサ:少額投資非課税制度)による対外投資などが円安要因として注目されました。

しかし、これらはその時々のフロー取引です。ストックに応じたヘッジ操作の為替取引は、規模が大きく、しかも集中して発生しがちなため、通常のフロー取引では抗しがたいのです。


 筆者は、このヘッジ操作に着目して、円高懸念がくすぶる2005年夏に劇的な円安、2008年のリーマン・ブラザーズ破綻に伴う米金融危機時には劇的な円高、2013年のアベノミクスの異次元緩和に際しては劇的円安が来るという見通しを打ち出しました。図2の投機的取引をしのぐ2005年のドル高・円安、2008年からのドル安・円高と、図3の生命保険会社の為替ヘッジ率を対比してみてください。


 一般の方々あるいはプロでも、外国人はヘッジ操作になじみがなく、その相場インパクトの推計に基づく予想は、サプライズとなりました。為替ヘッジ操作はかつてほどシンプルではなく、国際収支の構造、対外資産の様態も変化しています。


 そのため、どの程度が為替ヘッジの対象か、どのタイプの市場参加者が為替ヘッジに走るかの推計は断念しています。ただし、主要な機関投資家の外貨建て資産、日本の対外資産が膨張している以上、為替操作が招く円高リスクを無視できないという見方を維持しています。


図2:投機の円ポジションとドル/円(2005~2009年)
円高に影響大な「為替ヘッジ」、8月の日本株リスクに備える
出所:Bloomberg

図3:主要生命保険会社の為替ヘッジ率
円高に影響大な「為替ヘッジ」、8月の日本株リスクに備える
出所:主要生命保険会社の決算資料より田中泰輔リサーチ集計

8月リスクと日本株

 足元のリスクオフ猶予期間のドル/円の重さの背景には、リスクを抑止しようとするドル売りヘッジがじわじわ出ているであろうと、推測しています。


 筆者が警戒するのは、7-9月期に米経済指標の悪化が確認され、米連邦準備制度理事会(FRB)が数回にわたる利下げに動く展開です。 先週のトウシル動画 では、「8月が怖い」と題して、このリスクオフ再燃シナリオを解説しました。


 問題は、日本株の方向性を決める最強のドライバーが外国人投資家であり、その外国人がドル/円動向に沿って日本株を売買しがちなことです。

円高時は日本株売りに動くでしょう。しかも、リスクオフで米国株安になっていれば、米金利低下に沿うドル安・円高との相乗作用が日本株にのしかかってきます。


 同じ展開が2024年7月後半から8月初めにかけても発生しています。7月後半から米AIテック株が軟調になり、折悪く景気指標の下振れが相次いだことで債券金利が低下し、円高を促しました。それが8月初めの日経平均株価にフラッシュ・クラッシュをもたらしました。


 このレポートは、何も皆さんを怖がらせるために書いているわけではありません。まずは、8月のリスクについて、転ばぬ先の杖として為替を注視することを提言します。


 次に、相場急落は、リスクを回避できれば、買い場のチャンスになり得ることをご留意ください。もしFRBが利下げを進めるなら、その後のトランプ米政権の減税や規制緩和など、政策プットの総合作用で、米国株は金融相場という上昇サイクル入りも期待できます。


 ただし最後に、米金利低下は米国株にはサポートとして効き始めても、円高をもたらす分だけ、日本株を圧迫すること、すなわち、米国株サイクルとドル/円・日本株サイクルは特有の時間差があり得ることも注意が必要です。


 日本株の回復が遅行するというネガティブな見方も出てきそうですが、サイクル投資の観点からは、さまざまな相場の時間差展開にこそ投資妙味を増大させる鍵があります。それだけに、サイクル投資の基本ロジックを転ばぬ先の杖としてきちんと踏まえておくことをガイドしています。


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(田中泰輔)

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