外航海運大手の商船三井(9104)は、コロナ禍中の運賃上昇期に蓄積した株主資本を活用して、LNG船隊拡大など、安定収益源を拡充することで、2035年に利益水準を2025年計画対比約2.5倍にすることを計画しています。しかし、株価は事業拡大の実態を織り込めておらず、割安感があります。
株主資本が14年で4倍以上に
商船三井を「買い」と判断する理由に入る前に、まずは同社の2010年以降の株価推移を見てみましょう。
商船三井の株価および当期純利益:2010年以降)

商船三井の株価関連主要指標

商船三井(9104) (株価4,830円:7月14日終値)は、世界の海運業界において時価総額第8位で、日本企業では 日本郵船(9101) (時価総額第5位)に次ぐ企業規模を誇る企業です。この2社に第9位の 川崎汽船(9107) を加えた3社が日本の主要外航海運企業です。
海運業界には大きく分けてコンテナ船、エネルギー関連、自動車船、ドライバルクの四つの業界が存在します。世界的にはそれぞれの業界専業の海運会社が多いですが、日本企業3社は四つの業界全てに関わっており、ポートフォリオ分散が効いた状態となっています。
2020年代に海運業界で起きた最大のイベントはコンテナ船運賃の高騰です。コロナ禍における巣ごもり需要や港湾労働者不足を受けて2020年後半からコンテナ輸送運賃が急騰しました。
2022年後半にいったん下落しましたが、イエメンの武装組織フーシ派がイスラエルによるガザ攻撃を非難して紅海を通過しようとする船舶への攻撃を始めたことで迂回(うかい)して喜望峰周りの航路をとる船が増え、再び上昇基調となりました。
その中で日本の海運企業3社の利益も急拡大。2019年度に326億円だった商船三井の当期純利益は、ピークを付けた2022年度には7,961億円となりました。その後は利益水準が落ち着きを取り戻しつつある状況ですが高止まりの状況で、資本蓄積は急速に進んでいる状態です。
2010年度と2024年度を比較すると、株主資本は4.1倍に増加しました。
商船三井は潤沢となった株主資本を武器に、市況変動の影響を大きく受けるコンテナ船とは対照的に、長期契約中心で安定収益をもたらすLNG船隊拡充など、安定収益型事業向けを中心とした大規模投資計画を打ち出しています。
足元での株価(4,830円:7月14日終値)は、こうした同社の現況と将来像を織り込みきれていないと考えられます。そこで、投資判断を「買い」とします。
「買い」と判断する三つの理由
商船三井を「買い」と判断する理由は、以下の三つです。
【1】安定収益型事業を中心とした利益拡大計画が時価総額に反映されておらず、株価が割安
【2】これまでの事業成長の実態が時価総額に反映されておらず、株価が割安
【3】タンカー同業他社比でPBRに割安感がある
それぞれの理由について詳しく説明します。
【1】安定収益型事業を中心とした利益拡大計画が時価総額に反映されておらず、株価が割安
商船三井は安定収益型事業向けを中心とした大規模投資計画を打ち出しています。安定収益型事業の割合が高い不定期専用船(エネルギー、自動車船、ドライバルクなど)の利益水準は、2035年に、2025年計画対比約1.7倍とする計画となっています。
これにより、収益ボラティリティの高いコンテナ船事業への依存度を下げつつ経常利益を安定的に4,000億円かせげる事業体制を目指しています。潤沢な株主資本に支えられた当該計画の実現性は高いと考えますが、時価総額には反映しきれていない状況です。
商船三井の長期目標

【2】これまでの事業成長の実態が時価総額に反映されておらず、株価が割安
2010年からの14年間で資本蓄積が進み、株主資本は4.1倍となりました。時価総額も2.9倍に増加しましたが、PBRは0.9から0.6へと低下しており、事業成長の実態が時価総額に反映しきれていない状況です。
商船三井の業績(2010年度と2024年度の比較)

【3】タンカー運航同業他社比でPBRに割安感がある
商船三井の比較対象に適するグローバルなタンカー運航の同業他社には、中国の コスコ・シッピング・ホールディングス(01919) 、キプロスの フロントライン(FRO) 、米 インターナショナル・シーウェイズ(INSW )、モナコの スコーピオ・タンカーズ(STN) などがあります。
主要タンカー運航企業10社のPBRを比較すると、各社で水準感はまちまちですが、共通でデータ取得可能な2016年以降のPBRの中央値と直近値を比較すると、米中対立で株価に下げ圧力を受けている中国企業以外では、商船三井と川崎汽船のみが中央値を下回る状況となっており、割安感があります。
世界の主なタンカー運航企業10社のPBR(直近値と長期中央値)

また総還元利回りを比較すると、総還元利回りが10%以上でPBRが1倍を上回っている企業が複数あるのに対し、日本企業3社とスコーピオ・タンカーズは10%以上であるにもかかわらずPBRは1倍を下回っています。
世界の主なタンカー運航企業10社のPBRと総還元利回り

(西 勇太郎)