「子にお金で苦労させたくないなら、学歴より金融リテラシーが重要」と話すのは、教育投資ジャーナリストの戦記さん。元勤め先の三井物産のトップビジネスマンほど、自分の資産運用は苦手だったという驚きの事実。

その背景には、プロゆえのリスク回避志向と、低コスト投資信託やNISAが最近登場したばかりという時代背景がありそうだ。


三井物産のプロビジネスマンの残念な資産運用。お金持ちの条件は...の画像はこちら >>

 こんにちは、教育投資ジャーナリストの 戦記(@SenkiWork) です。


 今回は「金融リテラシー」の重要性について考えてみます。親によるわが子への教育投資の先には、「高い給与所得や社会的地位を得てほしい」という期待が少なからず込められています。その先には、もちろん金融資産の形成という目標も含まれます。要は、「子どもにお金に苦労してほしくない」という話です。


 結論からお話しすれば、金融資産形成の鍵は、学歴やその先にある就職ではなく「金融リテラシー」だと僕は考えています。それでは、リアルな世界をのぞいてみましょう。全2回シリーズの第1回目です。


三井物産の「事業投資のプロ」の個人資産運用

 僕は2000年新卒で三井物産に入社し、2018年まで在籍していました。優秀で尊敬できる先輩や同僚たちにも恵まれ、とても幸せなサラリーマン時代を過ごすことができました。


 2009年から2011年の2年間は社費でカリフォルニア大学バークレー校へのMBA留学をさせていただきましたが、出発の際に当時の幹部から「国益のために働きなさい、君たちが物産に戻ることは期待していない」との訓示があったほど、三井物産は志が高い会社です。


 ゆえに、僕の昔話が、次代を担う若者たちの金融リテラシーを上げるという国益に少しでも貢献できたら幸いです。


 さて、僕は2011年から2018年までは、社内でも「狩猟民族」とされる、事業投資を得意とする部署に配属されていました。


 当時、社内でも伝説的な事業投資ノウハウを持っている方がいらっしゃいました。ここでは、Aさんと呼ばせていただきます。三井物産が物流(商品やモノを仕入れて販売するトレード)から事業投資へビジネスモデルを改革するその先頭に立ってきた方で、事業投資のプロです。


 そのAさんがいよいよ定年退職することになり、盛大な送別会が開催されました。僕はありがたいことにAさんから少しかわいがられており、たまたま隣の席に座らせていただくことになりました。そのときの会話です。


戦記(当時30代):「Aさん、これまでご指導いただき、ありがとうございました。」


Aさん:「私も定年なので、これからの人生を考えないといけないね。そういえば、戦記君ってたしか資産運用しているとか、前に言っていたよね? 私にも退職金が出るのだけど、これまで資産運用とか一切したことがないから、よく分からない。資産運用ってどうやってやるものなの?」


戦記:「…え? は、はい、私は資産運用が大好きでして…。でも、Aさん、これまでの物産マン人生で数千億円の事業投資をあれだけ仕切ってこられたのに、個人としての資産運用はしてこなかったんですか?」


Aさん:「やったことないよ。だって、資産運用は怖いじゃん。

減ったら嫌だし。証券会社にだまされていそうな気はするし。貯金はしてきたけど、手元にあまりお金はないな。だから、今回の退職金●万円をどうするかが大事になると思う。」


戦記:「そ、そうですよね!」


 うそみたいな本当の話で、僕はとても驚きました。海外を相手に数千億円単位の事業投資やプロジェクトファイナンスを仕切ってきた伝説の人物が、個人としての資産運用に疎く、そして退職金の運用方法についても知見を持っていないだなんて。


 乾杯のビールの後、枝豆を食べながら僕の頭はフル回転して、以下のようなことを考えていました。
――三井物産の高い給与所得と海外駐在手当で家計は黒字だったのだろう。さりとて余剰キャッシュを資産運用していないことから複利効果は働いていない。そして、退職金●万円を当てにしていることから、保有金融資産は多くても同額程度か。自己居住用の不動産を保有しているかどうか、またそのローン返済状況にもよるが、キャッシュは本当に少ないかもしれない。総合的に考えると、億り人には到達していない可能性の方が高いだろうな。


三井物産の「リスクマネジメントのプロ」の個人資産運用

 それでは、Aさんは個人的な努力を怠ったから金融リテラシーを獲得できなかったのでしょうか。


 実は、そんなことは全くありません。


 Aさんとの会話の後に、僕が20代のときに三井物産でリスクマネジメント系の仕事をしているときの上司Bさんとの会話を思い出しました。Bさんはリスクマネジメントのプロです。


 2006年のランチでの会話です。


戦記(当時20代):「ついに当社も確定拠出年金(DC)が導入されましたね! これで資産ポートフォリオを自分で組めますし、楽しくなりますね! 会社の兆円単位の資産のリスクマネジメントをされているBさんが、DCの運用先に何を選ぶのかぜひお聞きしてみたいです。」


Bさん:「そりゃ、戦記君、定期預金の一択でしょ。」


戦記:「え、、、ま、まじですか。僕は株式と債券の比率、そして株式でも先進国なのか新興国なのか、みたいな会話を正直期待していたんですが(汗)。」


Bさん:「だって、DCは将来の年金資産だよね。減るの嫌じゃん。(当時はデフレだったこともあり)キャッシュが最高の資産よ。株は特に怖い。だから、DCで十分だと思うのだけど、この発想に間違いはあるのかな? 私はDCで資産を大きく増やそうとは思わないんだよね。日々、リスクマネジメントの仕事をしていると、グローバル経済なんて、いつどうなるか分からないとも思うし。」


戦記:「なるほど、そういう見方もあるんですね。」


 以上は2006年の会話ですので、その2年後、2008年にリーマンショックが発生したときには、「さすがはBさん!」と思いましたし、Bさんのスタンスは短期的には正しかったことになります。


 しかし、2006年から2025年という時間軸で見た場合ではどうでしょうか。株式市場の偏差値50の投資先とも言えるS&P500種指数は、2006年8月1日の終値は「1,270.90」ポイントでした。

2025年8月1日には「6,238.01」ポイントですので、19年間で約4.9倍になっています。


 Bさんが仮にDC運用において「定期預金」を選択し続けた場合、この19年間でさほど増えていないはずです。


 これを単なる結果論と片付けるか否かも、金融リテラシーです。


その道のプロほど金融リテラシーが低かった理由

 このように、事業投資のプロや、リスクマネジメントのプロでも、個人としての資産形成に関するスキル、特に金融リテラシーを持っていなかったりします。


 これには、大きく二つの理由があります。


 第一に、本業の知識(事業投資やリスクマネジメント)が豊富すぎると、個人としてリスクテイクする気になれないようです。優秀すぎるがゆえに、リスク回避型になり、その結果として株式や債券の複利効果を得る時間を逸してしまっているように見えました。


 第二に、過去10年間(2015年から2025年)の時代の変化が早すぎたためです。


 AさんやBさんが若かりし時代にはインターネットはまだ存在せず、よってインターネット証券会社もまだなく、投資信託や上場投資信託(ETF)といった金融商品も少なかったと思います。


 2025年の今でこそ、iDeCo(イデコ:個人型確定拠出年金)やNISA(ニーサ:少額投資非課税制度)といった制度は広く知られていますが、実はその歴史はまだまだ浅いものです。


 iDeCoは2001年にスタートしましたが、例えば三井物産が企業型DCを導入したのは僕の資産運用記録によれば2006年です。僕はこの時からDC運用を開始し、転職の際にiDeCoに移管した上で、2025年現在で19年間運用しています。


 またNISAはさらに歴史が浅く、2014年開始。実は日本において税制優遇としての資産運用制度が普及してきたのは、歴史的にはつい最近のことなのです。


 これは、投資信託の歴史を見ても分かります。


 例えば、今この記事を読んでいる人は誰でもご存じであろう、「eMAXIS Slim 米国株式(S&P500)」が誕生したのは2018年7月です。また、「オルカン」として親しまれている「eMAXIS Slim 全世界株式(オール・カントリー)」が誕生したのは、2018年10月です。


 個人としての金融資産形成を意識した、「低コスト型の投資信託」が本格的に誕生してから、実はまだ10年も経っていません。


 そう考えると、ビジネスパーソンとして成功していたAさんやBさん(どちらも2010年代に定年退職)の金融リテラシーが磨かれず、個人として資産運用をする機会を失ったのは、個人の意識の問題というよりは、時代的な背景が問題だったと考えるのが適切かもしれません。


(トウシル編集チーム)

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