10月4日に行われた自民党総裁選は、予想外の高市氏勝利となりました。日銀の10月利上げ期待が大きく後退し、市場も大きく反応しました。

株価は大幅高、長期金利は上昇、為替は大きく円安に振れました。これらは何を意味するのか。そして物価高対策の処方箋は正しいのか。新政権が直面する課題を整理します。


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「 高市ショック、処方箋間違えば招かれざる円安と悪性インフレの引き金に 」


自民党総裁選、予想外の高市氏勝利で日銀の利上げ観測が大きく後退

 10月4日に行われた自民党総裁選は、高市早苗・前経済安全保障相が小泉進次郎農相との決選投票に勝利するという予想外の結果となりました。10月15日に召集される臨時国会で首班指名選挙が行われ、高市氏が新総理に選出される見通しです。


 市場は、積極財政派である高市氏が首相になれば財政拡張路線が進むとの見方から、株高・債券安(長期金利上昇)、そして円安で反応しました。ただ、7日の臨時総務会で決定された新たな執行部を見ると(図表1)、財政規律派の麻生太郎氏や鈴木俊一氏が手綱を締めると予想され、箍(タガ)が外れるほど財政拡張路線が進むことはないとみられます。


<図表1 自民党の新執行部>


高市ショック、処方箋間違えば招かれざる円安と悪性インフレの引き金に(愛宕伸康)
出所:自民党、楽天証券経済研究所作成

 


 一方、金融政策に関しては、ここ数カ月にわたる物価上振れリスクの高まりや、日本銀行による最近の情報発信、9月金融政策決定会合(MPM)における2人の政策委員の利上げ提案などを受けてかなり進んでいた市場における10月利上げの織り込みが、利上げを嫌う高市氏の自民党総裁就任によって一気に後退しました。


 高市新総裁も就任記者会見で「日銀法第4条に従って、政府と日銀が足並みをそろえてやっていかなければいけない」、「日銀とのコミュニケーションを密にしていかなければならない」と述べているように、日銀法には、政策運営において政府と十分な意思疎通を図るべきであることが明記されています(注)。


(注)日銀法第4条には、「日本銀行は、その行う通貨及び金融の調節が経済政策の一環をなすものであることを踏まえ、それが政府の経済政策の基本方針と整合的なものとなるよう、常に政府と連絡を密にし、十分な意思疎通を図らなければならない。」と規定されています。


 高市氏が総裁に就任しなければ、10月15日からの臨時国会で首班指名、組閣とスケジュールがタイトな中にあっても、10月29~30日のMPMまでに「十分な意思疎通を図る」ことは可能だったかもしれません。むしろ、インフレを助長する円安を進行させないためにも、意思疎通が円滑に図られていることを演出し、10月利上げに踏み切った可能性が高かったのではないでしょうか。


 しかし、記者会見で「日本の経済はギリギリのところにある」「コストプッシュ型のインフレという状態を放置して、これでもうデフレじゃなくなったと安心するのは早い」と述べた高市氏に対し、短期間のうちに10月利上げの必要性を説き、納得させるのは植田和男日銀総裁にとって至難の業といえます。為替円安が極端に進むようなことでもない限り、10月利上げの可能性はかなり低下したと言わざるを得ません。


 ちなみに、10月の利上げが見送られた場合、9月MPMで利上げ提案した高田創審議委員と田村直樹審議委員は、経済・物価情勢に大きな変化がないのであれば、10月MPMにおいても利上げを提案することになると予想されます。場合によっては、9月29日の講演で物価の上振れリスクを指摘した野口旭審議委員も、利上げ提案に加わるかもしれません。


高市新政権で市場が何を意識しているのか~株高・債券安・円安~

 ともあれ、前述したとおり、自民党総裁選での高市氏勝利を受けて市場は大きく反応しています。週明け6日の株式市場では日経平均株価が急騰、終値で前週末比2,175円(4.8%)高の4万7,944円と、最高値を大幅に更新しました。


 債券市場では財政拡張への警戒感が強まった結果、10年金利が前週末比0.03%上昇の1.692%、より財政リスクを反映しやすい超長期では、20年金利が0.09%上昇の2.706%、30年金利が0.14%上昇の3.306%まで水準を切り上げ、このうち30年金利は過去最高値を更新しました。


 長期金利がいかに財政リスクを意識しているかについては、ファンダメンタルズが比較的似ており、政策金利0.5%で景気拡大期にあった2007年2月からリーマンショック直前の2008年8月までの平均値と比較することで、ある程度イメージできます(図表2)。


<図表2 日本の長期金利の推移>


高市ショック、処方箋間違えば招かれざる円安と悪性インフレの引き金に(愛宕伸康)
注:点線は政策金利が0.5%に引き上げられた2007年2月から、リーマンショック直前である2008年8月までの、それぞれの平均値。出所:Bloomberg、楽天証券経済研究所作成

 図表2の点線が2007年2月から2008年8月までの平均値ですが(10年金利1.59%、20年金利2.14%、30年金利2.38%)、それと現在の水準を比較すると、10年金利は0.1%程度の上振れで済んでいる一方、20年金利と30年金利が大幅に上回っていることが分かります。


 本稿で具体的に紹介することは避けますが、筆者が景気指標や物価指標などから推計した10年金利の試算値が1.6%程度であることから考えても、超長期金利の上振れは、ファンダメンタルズ以外の要因、すなわち投資家(特に海外投資家)が財政リスクを意識することによって需給バランスが悪化した結果だと類推できます。


 財政リスクを意識しているのは為替市場も同様です。加えて、日銀の利上げ観測の後退もあり、前週まで1ドル=147円前後で膠着(こうちゃく)していたドル/円相場は一気に3円程度円安方向に振れました。その後も、米系大手投資銀行の円買い推奨の撤回が相次ぐなど円安の流れは止まらず、8日午前2時の時点でドル/円は1ドル=151.50円前後で推移しています。


 このように、高市氏勝利に対する市場の反応から読み取れることは、財政拡張や金融緩和継続に伴う成長期待と、インフレの上振れや財政リスクに対する懸念の高まりであり、後者が招かれざる過度な円安を呼ぶことになれば、結果的に国民が期待する物価高対策に逆行することになります。


高市新政権が直面する難題~インフレを助長する円安にどう対処するか~

 高市氏は第2次安倍晋三内閣が実施した「アベノミクス」の継承者として知られています。ただ、異次元緩和を軸としたアベノミクスはデフレ脱却のための政策であり、それが開始された2012年後半とは、経済・物価の環境が大きく異なっています(図表3)。


<図表3 アベノミクス当時と現在の経済・物価環境の違い>


高市ショック、処方箋間違えば招かれざる円安と悪性インフレの引き金に(愛宕伸康)
注:ULCとはユニットレーバー・コスト(実質GDP1単位に必要な人件費の総額)のこと。出所:総務省、内閣府、日本銀行、Bloomberg、楽天証券経済研究所作成

 図表3は代表的な経済・物価指標を、第2次安倍内閣が誕生した2012年10-12月期と現在(2025年4-6月期)で比較したものですが、これを見ると掲載した全ての指標において、アベノミクス当時と大きく異なることが確認できます。


 例えば、当時マイナスだった国内総生産(GDP)GDP成長率は、現在では名目・実質とも明確なプラスで、マクロ経済の需給がバランスを示すGDP(需給)ギャップも大幅に改善しています。また、消費者物価指数(CPI)やGDPデフレーターといった物価指標や、雇用者報酬やユニットレーバー・コスト(ULC)といった賃金指標も明確なプラスとなっています。


 デフレに苦しんでいた当時と違って、現在はむしろ行き過ぎたインフレを抑制しなければならない局面であり、アベノミクスと同じ処方箋では、病気(インフレ)を悪化させる可能性があります。


 高市氏も記者会見で、「何としても物価高対策に力を注ぎたい」と述べています。であれば、持論である財政拡張や金融緩和の継続は現実に即した形で修正することが重要となります。

その修正能力が新政権誕生とともに問われることになるでしょう。


(愛宕 伸康)

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