長い間変化がないように見える通勤形車両の側面から、時代を経るごとに「戸袋窓」が消えつつあります。なぜでしょうか。
通勤電車の車体側面というと窓とドアがひたすら並んでおり、そのイメージがずっと変わっていないように思えますが、それでも変化はしています。そのひとつが「戸袋の窓」です。新しい車両では、この窓が省略されるケースが増えています。これは、どのような背景や理由があるのでしょうか。
旅客列車の窓は、外の景色を見るためのものというイメージでしょう。しかし車両の機能という面に目を向けると、特に空調や室内照明が未発達の時代、窓は換気と採光を行う重要な鉄道部品でした。
特に通勤形の車両では少しでも車内に光を入れるため、1980年代ごろまでに製造された車両の多くには、上述したように戸袋に窓が設けられていました。戸袋とは、車両のドアを収める部分です。
ドアと大きな窓の間にある細長い窓が戸袋窓。車両は小田急8000形電車(画像:写真AC)。
特に、大きな1枚のドアが片側に開く「片開き」と呼ばれるドアを持つ車両では、戸袋窓が必ずといってよいほど設けられていました。
しかし通勤形車両において、2枚のドアが両側に開く「両開き」が主流となったうえ、日中でも室内灯を点灯するようになると、戸袋窓は必ずしも必要とはいえなくなります。
製造やメンテナンスの観点ではデメリットも戸袋窓は清掃の際、二重になった窓ガラスを車体から外す必要があるため手間がかかります。さらに構造上、戸袋窓のための穴を車体に空けることで、腐食防止など車体そのものの補強が必要となり製造コストが増すほか、補強に伴い重量がかさむなどデメリットが目立つようになります。

広告枠を確保、増設するために戸袋窓をふさいだ西武9000系電車。細長い戸袋窓が白い板でふさがれている(2014年8月、児山 計撮影)。
そのため、徹底した軽量化が設計コンセプトのひとつだった東武8000系電車や相鉄6000系電車などは、1960年代の製造ながら戸袋窓を設けておらず、他社も1980年代ごろから追随して戸袋窓のない車両を新造するようになりました。1990年代まで、新造する通勤形車両に戸袋窓を設けていた京王電鉄と西武鉄道も、現在新造する車両に戸袋窓はありません。
現代は明るいLED照明が主流となり、外光を採り入れる必要性は低下しています。むしろ戸袋窓を省くことで、車両の軽量化や製造、メンテナンスの簡易化ができるメリットの方が大きくなりました。
なお、西武鉄道の新2000系電車や9000系電車、6000系電車は当初、戸袋窓がありましたが、2008(平成20)年からの改造で戸袋窓が順次ふさがれました。
ドア横の広告は、B3サイズの紙をアルミの額縁で囲むタイプが主流です。乗客の目線の高さにあることから注目度が高く、交通広告の中でも人気のあるスペースとされています。
西武鉄道でも戸袋窓のない車両にはドア横に広告枠がありましたが、広告というのは多くの人に見てもらうことが重要です。戸袋窓付きの車両が運用されていると、広告主にとっても媒体提供側である鉄道会社にとっても「機会損失」となります。そこで西武鉄道は従来車両の戸袋窓をふさぎ、広告枠を増設することで広告の価値を高めたというわけです。

乗客の目線の高さに合わせ、ドア横に設けられたB3サイズの広告枠。車両は東急2020系電車(2018年2月、草町義和撮影)。
なお、戸袋窓がある車両とない車両の両方がある京王電鉄では、広告出稿時の注意点として、「(戸袋窓のない)9000系・5000系・1000系車両に掲出」する旨が示されます。同じく小田急電鉄に出稿する際も、「一部の車両編成には掲載されません」などと車種限定である注釈があります。広告代理店も「必ずしもすべての車両に広告が掲載されるわけではありません」と喚起しています。広告価値を高める、つまりより多くの人に商品の魅力を伝えるためには、戸袋窓のない車両に統一した方が良いというわけです。
戸袋窓が消滅する理由はさまざまですが、今後の新造車で戸袋窓付きの車両が登場するケースは、東京メトロ15000系電車のようなワイドドアで、戸袋窓を設けないと室内に圧迫感が生まれる、といった特殊な例を除いて登場しないと思われます。