新型コロナの影響で自由な旅行ができない昨今。観光業界や貸切バス業界はいわば「冬眠中」ですが、それが明けたとき、周囲の光景は大きく変わっていると考えられます。

新しい観光はどのような姿で、事業者はどう対応しているのでしょうか。

「旅に出ることが目的」の時代はとっくに終わり

 新型コロナウイルス感染症により、観光産業は大きな打撃を受けました。バス業界でも、生活の足として運行を継続している路線バスとは対照的に、貸切バス事業者の多くは、2021年2月現在、助成金を受けて乗務員らを休業させています。いわば「冬眠」状態です。

 いつか感染が収束した時、貸切バス、また旅行会社や宿泊施設など、観光産業は再生することができるのでしょうか。

旅行業界と貸切バスに待つ「冬眠明け後」の世界 「GoTo」や...の画像はこちら >>

中古車販売店に並ぶ観光バス。車両を売却するバス事業者も多い(成定竜一撮影)。

 歴史を振り返ると、戦後、わが国の観光産業は、修学旅行や社員旅行など貸切バスを使う団体旅行を中心に復興しました。高度経済成長を経て新幹線や特急電車など鉄道網も充実すると、個人旅行も増加します。それを受け、東京の「はとバス」をはじめ、地域の観光地を回る定期観光バスが充実しました。この時期は、旅行会社の窓口で、鉄道や航空などの幹線交通と、現地のバス商品、宿泊を組み合わせて手配するのが一つの定番だったのです。

 バブル期には、企業が費用を負担する豪華な社員旅行が増えました。

貸切バス業界では、欧州車を中心として「二階建てバスブーム」まで起こります。

「昭和」の観光産業は、旅行会社主導、団体行動中心だったと言えます。交通網の整備が不十分だったため、有名観光地を効率よく巡ることに意義があったのでしょう。むしろ、旅先の宴会で羽目を外すことも含め、「旅に出ること自体が、旅の目的になりえた」時代だったのです。

 しかし今日では、観光地を総花的に回る旅程では、旅行者を満足させることが難しくなっています。みな旅慣れした上に、インターネットの普及もあって旅先の情報収集が容易になりました。有名観光地を訪れても、テレビで見た風景を「確認」するに過ぎません。

 また、職場や地域単位の団体旅行が減る一方、自家用車の普及や高速道路の延伸、レンタカー価格の下落などもあり、個人旅行はクルマ中心にシフトしました。

変化に取り残された「非クルマ旅」

 従来型の旅行会社や、貸切バス事業者にとってはピンチです。そこで2000年代から、「ニュー・ツーリズム」の必要性が叫ばれてきました。「テーマ性を重視し、かつ現地でしかできない体験を提供しなければ、旅行会社の存在意義がない。そもそも、余暇の過ごし方が多様化する中、旅行してもらえなくなる」という危機感の表れです。

 テーマ性と体験型を両立するコンテンツには、映画のロケ地巡り、パラグライダーなど都会ではできないスポーツ、子供の教育にもつながる農漁業体験などの例が挙げられました。

 併せて、ツアーの形は「発地型」から「着地型」に変わるべき、とも言われました。旅の「発地」に当たる大都市の旅行会社が組むツアーだと、凡庸な内容になりがちです。現地の旅行会社なら、地元の人だからこそ知る魅力を発掘してコースを組めるはず。それが着地型ツアーです。全国、世界からの旅行者が現地集合で1台のバスに乗り合わせる形態なら、伝統文化、スポーツや自然など多様なテーマごとに個性的なコースを設定しても集客が容易、という意味もあります。

「鉄道などの幹線交通+現地でのツアー参加」という形態は、以前の定期観光バス最盛期と同じに見えます。異なるのは、コース内容が、有名観光地中心の「金太郎あめ」でない点です。

旅行業界と貸切バスに待つ「冬眠明け後」の世界 「GoTo」や「MaaS」を救世主と呼べない理由

水陸両用バスなど車両に工夫をしてアトラクション性を高める現地ツアーも増加している。写真は「スカイダック横浜」。ただし緊急事態宣言にともない運休中(Goran Bogicevic/123RF)。

 では、実際に、「昭和の旅行」からの脱却は進んだのでしょうか?

 宿泊施設は、成功した分野と言えるでしょう。

以前の温泉旅館は、団体の受け入れに適した、客室やサービスが画一的な大型施設が中心でした。しかし、ウェブ予約が中心になり、旅行会社のパンフレットよりも格段に多い情報を、旅行者自身が見比べなら予約できる環境になりました。結果、「大浴場はないが、客室に露天風呂」や、「ペット同伴可」といった個性的な宿が増えています。

 クルマ旅行であれば、好みの宿を予約して、個性的な旅行を楽しむことは容易になったように感じます。しかし肝心の、公共交通を使う「非クルマ旅行」の分野が、十分に変化したとは言えそうにありません。

IT技術は「心の琴線に触れる」感動を提供できない

 課題は、いくらウェブ予約が便利になっても、旅程を組み立てるというステップが、一般旅行者にはハードルが高いことです。それも、モデルコース通りでは満足しません。一人ひとりの心の琴線に触れる旅程でないといけないのです。

 往復の幹線交通と現地の宿泊とをウェブ上で自由に組み合わせ、パッケージ価格で予約できるサービスを「ダイナミック・パッケージ(DP)」と呼びます。テーマパークやコンサートなど目的地が明確な旅行では、簡単、お得に予約できるので人気です。現地の交通機関や観光施設をオプションで追加できる機能も充実しました。

 ただ、「“北海道ガーデン街道”のお庭巡りと、味わいある“秘湯の宿”を楽しみたい」といった複雑かつ感覚的な希望の場合、宿泊先や交通の乗り換え情報を調べて……という作業が、別途求められます。

旅行業界と貸切バスに待つ「冬眠明け後」の世界 「GoTo」や「MaaS」を救世主と呼べない理由

スマホアプリを活用して様々な交通を便利に利用できる「MaaS」の実験も各地で行われている。写真は東急グループが伊豆エリアで展開する「Izuko」のサービス(恵 知仁撮影)。

 スマホアプリを活用し、地域内の交通機関を便利に利用できるようにする「観光型MaaS」も、各地で実証実験が進められています。IT技術を活用し「バスとタクシーの中間」に当たるオンデマンド交通を導入することで、鉄道駅やバスターミナルから観光地、宿泊施設への「ラストワンマイル」が便利になる点など、期待できる部分はあります。

 しかし、現時点では、IT技術が「心の琴線に触れる」旅程作成を助けるには至っていません。

 発地側の旅行会社が企画、集客、催行を自ら行う従来型ツアーに対し、現地の旅行会社が企画、催行する着地型ツアーでは、遠方からの旅行者を集客する仕組みが必要です。しかし、旅行会社は発地型ツアー、またOTA(予約サイト)は宿泊単品やDPといった得意分野から抜け出せず、新しいニーズに対応する旅行流通のあり方が整わないのです。

発想古い? 「GoTo」批判の裏にある本当のニーズ

 期待されていたはずの着地型ツアー自体も、なかなかコースが出揃いません。催行日を限定し、その日に参加者を集中させることが多い発地型ツアーに比べ、着地型ツアーは、毎日安定して参加者を集めないと収益を確保できません。流通網が整わないから安定集客が困難で商品が揃わず、商品が充実しないから流通網も整わない、という「ニワトリと卵」状態です。筆者(成定竜一:高速バスマーケティング研究所代表)自身、変化の必要性を業界に長く訴えながらも、具体的なソリューションを示すことができず、忸怩たる思いです。

 新型コロナの感染も、いつかは収束するでしょう。

多くの人は自由に旅する喜びを待ち望み、観光産業は、首を長くしてその日を待っています。しかし、それは同時に、助成金などの支援策が終了することで、「冬眠」中の旅行会社や貸切バス事業者の中に、命脈を絶たれるところが出るリスクをも、はらんでいます。

旅行業界と貸切バスに待つ「冬眠明け後」の世界 「GoTo」や「MaaS」を救世主と呼べない理由

鉄道駅と観光地間のラストワンマイルが、「非クルマ旅行」充実のカギの一つ。写真は奈良井宿(長野県)で運行される「重伝建周遊バス」(成定竜一撮影)。

 一時停止中の「Go Toトラベル」には、「大手優遇」「高級宿のみに恩恵」という指摘があります。しかしそれ以上に、「団体旅行から個人旅行へ」という変化と、「一人ひとりが本当に興味あるテーマ」「そこに行かないとできない体験」という新しい旅行ニーズへの適応が問われている、とみるべきでしょう。

コロナ禍という大惨事を変革の契機と捉え、昭和の成功体験である団体旅行や「お仕着せ」ツアーから脱却し、「一人ひとりが本当に行きたい旅行」をサポートする仕組みを作ることができるか。いわば、「旅行の民主化」に、わが国の観光産業の将来がかかっているのです。

編集部おすすめ