戦車は砲や機銃だけでなく様々なものを車内に装備しています。結果、戦車のなかは狭く、乗り心地はけっしてよくありません。

そのため専用の帽子、その名も戦車帽を被ることがあります。それはどのようなものなのでしょう。

頭を強打したら最悪死んでしまうかも

 戦車は文字どおり「戦うための車」です。なので、乗員の乗り心地は二の次であり、敵戦車を含む目標をいかに撃破できるか。一方で、自車は戦闘能力の喪失をいかに最低限に抑え込むかに知恵が絞られてきました。よって、乗員については生き残ればよく、死なない程度の傷などは無視、といっても過言ではありません。

 特に初期の戦車は、ろくなサスペンションも備えずに誕生したことから、ものすごく揺れる「乗り物」で、そのような乗り心地無視の状況は、第2次世界大戦ごろまで続きました。

戦車の歴史は帽子の歴史? 戦車乗りなら絶対に必要な「戦車帽」...の画像はこちら >>

ロシア(旧ソ連)の戦車帽を被ってT-34-85戦車に乗る青年(2019年6月、柘植優介撮影)

 当たり前ですが、戦車は敵弾の直撃だけでなく砲弾の破片や爆風などに耐えられるよう頑丈な鋼鉄でできています。その内部には砲や機関銃が据えられているうえ、そのための砲弾や弾薬箱が置かれ、さらに他にも視察窓(ペリスコープ)の出っ張りや各種操作用レバー、さまざまなスイッチ類など、ありとあらゆる機器や道具が所狭しと配されており、むしろ乗員の方がそれらの間に押し込められるようにして、空いたスペースに乗っているという感じです。

 そのため、戦車がゆっくり走るだけでも、乗員は時に頭や体を戦車内部のあちこちにぶつけることになります。とはいえ、体をぶつけるぐらいであれば打ち身やアザ、血豆程度ですみますが、頭をぶつけることは問題でした。

 頭は人間にとって最も重要な部位です。

頭部の表面は直下に堅牢な頭蓋骨があるので、硬い物の角などにぶつかると表面の組織が潰れるように割れるなどして出血する創となったり、出血はなくともタンコブ(皮下血腫)ができたりします。

 しかし、こういった外傷よりも重大なのが、頭蓋骨の内側で起こる脳しんとうや脳内出血などであり、これらは時に命にかかわりかねない負傷になり得るのです。

試行錯誤が続いたイギリス戦車帽

 このような事態を防ぐ手段としては、ヘルメットや保護帽を着用するのがベストなのはいうまでもありません。そのため、自国で戦車を開発し装備できる国では、ほぼ同時に「頭部を保護するための戦車用帽子」が生み出され、用いられるようになりました。

 ただ、歩兵などが地上戦で用いる、いわゆるスチールヘルメット(鉄帽)を戦車内で被るのには問題がありました。なぜなら、このようなヘルメットはおもに銃弾や砲弾の弾片から頭部を保護するためのもので、屋外使用を前提としているので大きいうえに重く、加えて保護範囲を広くするべく縁につばなどが付いているなどで、狭い戦車内で被るにはかさばり過ぎるものだったのです。

 戦車内で用いる保護帽は、耐弾性よりも出っ張りが少なく、軽くて衝撃吸収性に優れている方が重要だと判明したことから、各国とも戦車乗員用の専用ヘルメットを発案します。

戦車の歴史は帽子の歴史? 戦車乗りなら絶対に必要な「戦車帽」とは 被らなきゃ死ぬ!?

第2次世界大戦初頭、イギリス本土で訓練中のイギリス軍戦車兵(画像:イギリス戦争博物館/IWM)

 戦車発祥の国イギリスでは、頭頂部が厚紙またはベークライトで造られ、前面に分厚いクッションが張られた、飛行帽のような耳をカバーするヘッドホン付き幅広のストラップを備えた車両乗員用保護帽を開発しました。

 とはいえ、被りにくかったことから乗員らには不評で、第2次世界大戦中盤以降、イギリスの戦車乗員はもっぱらベレー帽をかぶり、最前線などでどうしても保護帽を被る必要がある場合については、つばなどの出っ張りがほぼない落下傘兵士(パラトルーパー)用のスチールヘルメットを被っていました。

 ゆえにイギリス軍では、大戦中期以降には落下傘兵士用スチールヘルメットから派生した新しい車両乗員用保護帽が誕生し、旧型に代わって多用されています。

 ドイツでは、頭部を保護するためラバースポンジで作られた内帽の外側を、黒い布で覆った「シュッツ・ミッツェ」と呼ばれる保護帽が用いられました。これは一見すると大きなベレー帽のように見えるものでしたが、その形状から通信用ヘッドホンの装着に邪魔だったこともあって、実戦では第2次世界大戦初頭にしか用いられず、戦車に無線機器が標準で備えられるようになると姿を消しました。

世界中で使われたアメリカ製戦車帽

 一方、アメリカではベークライトや厚紙を加工して作った硬い外装の内側にクッションを貼り込み、左右の耳の部分にはヘッドホン・スペースも組み込まれた戦車兵用保護帽「タンカース・ヘルメット」が生み出されました。

 これはゴーグルのストラップを通すガイドもあらかじめ備えられており、非常に使い勝手に優れていたことから、第2次世界大戦後も世界中で重用されたほか、その後の戦車兵用ヘルメットの開発にも大きな影響を与えた「傑作」でした。

 ソ連(現ロシア)は、飛行士(パイロット)が被る、いわゆる飛行帽のような外見の帽子を用いていました。布素材の帽体に、布や革で作ったクッションを外部の必要個所に装着しているのが特徴でした。

戦車の歴史は帽子の歴史? 戦車乗りなら絶対に必要な「戦車帽」とは 被らなきゃ死ぬ!?

M4戦車の前に並んだアメリカ陸軍の戦車兵。この戦車帽は、初期の陸上自衛隊でも使用された(画像:アメリカ陸軍)

 なお、いずれの国も各ハッチなどから頭を出したり、または下車して車外活動したりする際には、一般兵科用のスチールヘルメットを被ることが多かったようです。

 このようにして各国で生まれた戦車用ヘルメットも、第2次世界大戦を経て、さらにその後の戦争で様々な戦訓を得た一方、素材技術や車内通話機器などの発達などもあり、大きく進化を遂げて行くことになります。

 ところで、とある戦車道を描いたアニメ作品に登場する女子部員たちはほとんど戦車兵用保護帽を被っていないのですが、あのアクロバティックな走行事情に被弾状況のなか、頭は大丈夫なのでしょうか。もしかしたら、ひと試合終わるたびに、皆が頭コブだらけ傷だらけで、部員同士がお互いに泣いたり笑ったりしながら、薬つけあったり包帯巻きあったりを、映っていないところで行っているのかもしれませんね。

※誤字を修正しました(8月9日7時00分)。

編集部おすすめ