アフガニスタン情勢の急変を受け、日本大使館員の脱出は「友好国の軍用機」によるものと伝えられました。今回、自衛隊に出番がなかった理由と、アメリカ軍が他国で軍を展開できる根拠がどこにあるのか、法的観点から解説します。

アメリカ軍がアフガニスタンに輸送機と部隊を派遣

 2021年8月14日(土)、アメリカのバイデン大統領はアフガニスタンに展開しているアメリカ軍部隊の規模について、現在の4000人に加えてさらに1000人を増派し、計5000人態勢とすることを発表しました。この増派は、現在アメリカ軍がアフガニスタンの首都カブールの国際空港で実施している、アメリカ人や現地のアフガニスタン人を輸送機で国外に退避させる作戦を支援するためのものです。

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2021年8月15日、アフタニスタンのカブール国際空港を警備するアメリカ陸軍(画像:アメリカ中央軍)。

アメリカ軍が実施する「非戦闘員退避作戦(NEO)」とは

 このように、アメリカ軍が自国民などを危険な地域から退避させるための作戦を「非戦闘員退避作戦(Non-combatant Evacuation Operations、NEO)」といいます。

 アメリカ軍の法務担当者などが作成した、国際法や国内法などに関するハンドブックである「作戦法規便覧」によると、NEOは「国防総省の協力を得て行われる、自然または人為的災害、暴動、差し迫った、あるいは現実のテロ活動、敵対行為あるいはそれに準じた状況から生ずる現実の、あるいは可能性ある危険に直面している地域を含む危険な海外の領域から非戦闘員を退避させる作戦」と定義されており、アメリカ軍がアメリカ国務省と連携して実施します。

 NEOによる退避の対象となるのは、現地のアメリカ政府関係者やアメリカ軍関係者およびその家族、さらにプライベートでその国を訪れていた人々を含むアメリカ市民や、その命が危険にさらされている現地や第三国の民間人などです。

自衛隊が実施する「在外邦人等輸送」と「在外邦人等保護措置」

 今回、日本政府は自衛隊をアフガニスタンへ派遣していませんが、自衛隊も海外で危険に瀕している日本人を国外に退避させるための措置を講じることができます。それが「在外邦人等輸送」(自衛隊法第84条の4)と「在外邦人等保護措置」(自衛隊法第84条の3)です。

 在外邦人等輸送は、外国で災害や暴動といった緊急事態の発生により治安が悪化した場合に、外務大臣から防衛大臣に対する依頼を通じて、自衛隊がその国にいる日本人および特定の外国人を国外に退避させるというものです。ただし、この措置を実施するに際しては、現地の治安状態が、輸送を実施する航空機や車両の運行を安全に行うことができる状況にあることが前提とされています。

アフガニスタン脱出 邦人保護に自衛隊なぜ派遣できない? 米軍展開の根拠と比較

タイで実施された多国間共同演習「コブラゴールド2012」にて、NEOの訓練に参加する陸上自衛隊員(画像:アメリカ海兵遠征軍)。

 一方で在外邦人等の保護措置は、外国における緊急事態に際して、日本人および特定の外国人の生命や身体の安全が脅かされた際に、外務大臣から防衛大臣に対する要請を通じて、自衛隊がこれを保護するものです。

在外邦人等の保護措置を実施するケースというのは、たとえば現地の治安当局などが日本人の安全を確保できていないような場合や、輸送を実施するに際して必ずしも道中の安全が常に確保されているわけではない場合などで、領域国の警察権を補完する形で、上述の在外邦人等の輸送よりも危険な状況下で日本人を保護することができます。

 両者の大きな違いとして、在外邦人等の輸送に際して自衛隊は自分自身や自分の管理下に入った人の生命を守るための武器使用(自己保存型武器使用)しか認められていませんが、保護措置に際してはこれに加えて任務の実施を妨害する行為を排除するための武器使用(任務遂行型武器使用)を行うことができる点が挙げられます。

日本政府はなぜアフガニスタンに自衛隊を派遣できなかったの?

 それではなぜ今回、日本政府はこれらの根拠に基づいて自衛隊をアフガニスタンに派遣することができなかったのでしょうか。

アフガニスタン脱出 邦人保護に自衛隊なぜ派遣できない? 米軍展開の根拠と比較

「コブラゴールド2019」にてNEOの訓練に参加する陸上自衛隊の中央即応連隊の動画より、「任務遂行型武器使用」を実施中の様子(画像:アメリカ陸軍)。

 まず、タリバンの急速な勢力拡大にともなって、自衛隊機の運航に関する安全が確保できるかが不明瞭であったことから、仮に自衛隊を派遣するとなれば、その根拠は在外邦人等の保護措置であったと考えられます。そうなると、問題はこれを実施する際の要件を満たすことができるかどうかという点です。

 保護措置の実施に際しては、(1)当該地域の安全を現地の当局が確保し、戦闘行為が行われることが無いこと(2)武器使用を含む自衛隊の活動について領域国が同意していること(3)当局との連携が見込まれること、という3つの要件を満たすことが求められています。しかし、現状ではアフガニスタン政府が事実上、崩壊してしまったことから、現地の治安当局がカブール空港の安全を確保しているとはいえませんし、当然、自衛隊との連携も見込めません。さらに、これに加えて自衛隊の展開には現地政府の同意が必要になりますが、その政府が存在しているとはいいがたい状況では、たとえ外務大臣からの要請があったと仮定しても、そもそも自衛隊の派遣を行うことができなかったのではないかと筆者(稲葉義泰:軍事ライター)は考えます。

アメリカ軍の場合はどうなっているの?

 ちなみに、アメリカ軍では先述したNEOの実施に関して、領域国の態度が(1)許容的 (2)敵対的または非許容的(3)不明瞭という3つの分類を設けています。このうち、(2)と(3)の場合はアメリカ軍がNEOを実施することに関して領域国の同意が得られていません。そのため、NEOを実施するとなると他国領域に無断で軍隊を派遣することになり、国連憲章第2条4項に規定された武力の不行使に関する規定との抵触が問題になります。

アフガニスタン脱出 邦人保護に自衛隊なぜ派遣できない? 米軍展開の根拠と比較

アフガニスタンからの退避を支援するため、C-17輸送機によりアフガニスタンのカブール国際空港に向かうアメリカ海兵隊の第24海兵遠征部隊(画像:アメリカ中央軍)。

 そのため、こうした場合にNEOを実施するための国際法上の根拠として、先述した作戦法規便覧では(1)国連憲章制定以前の実例などから、自国民保護に関する慣習国際法が存在している(2)領域国による保護が期待できない場合、限定的な期間および目的で実施されるNEOは国連憲章2条4項で禁じられている武力の行使にはあたらない(3)安保理決議がある場合、または自衛権の行使にあたる場合のNEOは許容される、という3つの根拠を提示しています。

 今回、現地に所在していた日本人のうち、大使館職員はイギリス軍機により無事アフガニスタンから退避することができており、そのほかの日本人についても国外待避の手段が講じられているとのことです。また、現在のところ日本政府が自衛隊を派遣するという状況は生起していません。

 ところが、8月20日(金)になって、アメリカ政府がアフガニスタンにいる民間人の国外退避を支援するため、日本政府に対して自衛隊の派遣を含む協力を要請していることが明らかになりました。

 仮に、自衛隊の派遣を日本政府が決断した場合には、現状ではそれに対応するための法的根拠となる規定が自衛隊法などに存在していないことから、どのようにこの問題をクリアするのかが注目されます。

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