駅そばには各鉄道会社の看板ブランドがありますが、JR東日本系の駅そば店は複数の看板が存在。歴史的経緯によるものですが、いま、ブランド統一を進めています。

その事情を“中の人”に聞きました。

JR東日本系列は「生そば系」と「茹でそば系」に大別

※本記事は『旨い駅そば大百科』(「旅と鉄道」編集部編/旅鉄BOOKS)掲載の内容を再編集したものです。
 
 東急電鉄系の「しぶそば」、小田急電鉄系の「箱根そば」、南海電鉄系の「南海そば」のように、駅そばには「この電鉄にはこの店」という看板ブランドがあります。しかしJR東日本系の駅そば店というと、数多くの店が乱立している印象です。JRエキナカ飲食店などを手がけるJR東日本クロスステーション 外食事業部 そば営業グループの渡邉 淳さんに、その現状を聞きました。

「JR東日本の駅そば店といえば」にしたい ブランド乱立は歴史...の画像はこちら >>

池袋駅構内の「大江戸そば」。
大江戸そばは都内の駅で展開される(伊藤真悟撮影)。

――JR東日本の駅そばというと、「大江戸そば」や「いろり庵きらく」など、いろいろな店がありますね。

 私たちが展開する駅そばブランドには、大きいもので3本の柱があります。一つは「いろり庵きらく」で、もう一つは「そばいち」。この2つがメインで、このほかに社内で“茹でそば店舗”と呼んでいるブランドがあります。「きらく」「そばいち」が生そば(生麺)を使っているのに対し、茹でそば(茹で麺)を使用しています。

――打ち立ての生そばに対し、工場で茹で上げた麺を店で湯通しして提供するのが茹でそば。両者の性格は大きく異なりますね。

 “茹でそば店舗”については、ブランドが統一できていないのが現状でして……。たとえば、横浜エリアでは「濱そば」、千葉エリアは「菜の花そば」、埼玉エリア「そば処中山道」、多摩エリアは「清流そば」。名称の違いはありますが、社内では茹でそばとして一括管理しているので、麺やスープは基本的に同じものです。

――エリアごとに名称は異なっても、原則同じブランドだと思ってよいのでしょうか?

 はい。

そもそも駅そばの場合、もともと各駅で昔から営業していた店を統合する流れがあります。たとえば首都圏でいうと、国鉄時代に別会社が運営していた「喜多(きた)そば」という店舗がいくつか存在し、現在も宇都宮線の古河駅(茨城県古河市)などに残っています。そのような別会社の流れを汲む店を次々に統合し、東京エリアでは「大江戸そば」の名称で統合させた経緯があります。

立川名物「おでんそば」は文化の違いの象徴!?

――コンビニやファミレスのような全国チェーン化とは、大きく異なるのですね。

 以前は、同じ店名でも、メニューが店舗でバラバラということもありました。「そのまま働いてほしい」という合意のもと、旧会社の従業員を引き継ぐケースがあって、“文化”の違いが現れてしまうのです。

現在はほとんど解消しましたが、今でもごく一部で残っています。たとえばJR立川駅限定の「おでんそば」という、駅そばファンには有名なオリジナルメニューがそれです。

――おでんネタをトッピングした「おでんそば」ですね。調べてみると、立川を拠点にした中村亭が1945(昭和20)年頃に考案したメニューで、「奥多摩そば」の名称で駅そば店を営業していました。のちに中村亭も、日本レストランエンタプライズ(現・JR東日本クロスステーションフーズカンパニー)に統合されています。

 立川駅には、中央線と青梅線、南武線で合計4つのホームがあり、各ホームで1店舗ずつ弊社の茹でそば系店舗が営業中です。

しかし中央線の2つのホームは「清流そば」、青梅線と南武線は「奥多摩そば」で、名称が違います。

「JR東日本の駅そば店といえば」にしたい ブランド乱立は歴史の象徴 いま統一化を図る理由

立川駅のおでんそば(430円)。さつま揚げ(写真)、がんもどき2枚、玉子2個の3種類から選べる(画像:JR東日本クロスステーション)。

――同じ立川駅にある駅そば店でも、店名に成り立ちの違いが現れているのですね。では、立川のように駅限定のメニューを打ち出すことはないのでしょうか?

 現在はむしろ、統一化を進めようとしています。一つには、ブランド戦略があります。

「菜の花」も「そば処中山道」も実はウチなのですよと言っても、名前すら覚えてもらえないので、ブランドの統一化を目指そうという考えです。ただ、これには時代の変化も影響しています。

ブランド統一を進める“いまっぽい”理由とは?

――時代の変化というと?

 各駅でメニューがバラバラだと、どこの業者から仕入れて、どんなメニューを提供しているのか把握できません。こうしたことが、食材アレルギーへの配慮に直結してくるのです。

――昭和の時代に比べて、より厳格な店舗管理が求められているのですね。

 食材だけではありません。もともと立ち食いそばなので、“早い・安い”の一方、女性には入りづらい雰囲気がありました。近年は「立食でギュウギュウに詰め込まれて食べるのはイヤ」「イスがほしいし、荷物置きもあったほうがいい」とったニーズが強くなっています。こうした配慮も独自店舗が乱立していると対処しづらいのです。

 2000年代初めころからは、立ち食いそば店でも“生そば化”の流れが出てきます。そうした時代変化を背景に生まれたのが、「いろり庵きらく(以下「きらく」)でした。もともと「いろり庵」というそば居酒屋があり、ここはオーダーが入ってから生麺を茹でるスタイルでした。テーブルサービスのレストランなので、価格設定も高めです。その経験をもとに、それよりも“少し気楽なバージョン”にしたのが「きらく」で、従来型の駅そばのスタイルと、本格的なそば屋との中間というイメージで展開しています。

「JR東日本の駅そば店といえば」にしたい ブランド乱立は歴史の象徴 いま統一化を図る理由

JR東日本系駅そばチェーンの主力「いろり庵きらく」(画像:JR東日本クロスステーション)。

――そのほかに「きらく」にはどんな特徴がありますか?

 トッピングのかき揚げは、店内で揚げた自家製です。従来型の茹でそば店では、店内で揚げる調理スペースが確保できず、自社工場で揚げたものを各店に輸送するしかありませんでした。揚げ物については、調理のコンテストを社内で開催し、一定の評価を得ると「かき揚げマイスター」の称号が与えられる制度もあります。テクニックを“見える化”し、「マイスター」にそのスタンダードを伝え広める役割を担ってもらっています。

それでも崩さない駅そば「らしさ」

――一方、「そばいち」のコンセプトについては?

 JR赤羽駅のエキナカ商業施設「エキュート」内にあるのが1号店で、エキュートの開発業者側からの出店要請により生まれました。「きらく」は駅の食堂というイメージで、そば・うどんだけでなく、カレーライスやカツ丼なども提供しています。これに対して「そばいち」は、そば専門店というコンセプトを打ち出し、うどんは扱いません。ごはんものはありますが、そばとのセットが基本です。

――だから「そばいち」なのですね。

 生そばと自家製のかき揚げで両者は共通していますが、「そばいち」では“乗せモノ”にこだわっています。たとえば、従来は単に「コロッケそば」とするところを、埼玉・狭山産の里芋を使っているので「狭山のさといもコロッケそば」とし、商品名で強くアピールしました。

 店舗は藍色を基調に、藍染の暖簾を入り口付近に設置しています。内装は和柄を随所にあしらい、和食器などのオブジェを配し、そば屋感を演出しました。とはいえ、駅そば店なので「天せいろ1500円」みたいな専門店的なメニューはなし。食券にセルフサービスですし、ファーストフードという形態からは外れていません。

「JR東日本の駅そば店といえば」にしたい ブランド乱立は歴史の象徴 いま統一化を図る理由

「そばいち」は、藍染の暖簾が目印(画像:JR 東日本クロスステーション)。

――あくまでも駅そばであると?

 はい。味については、「そばいち」では、かつお節の風味とさば節の旨みをミックスし、「きらく」より出汁をより利かせるようにしていますが、食べ比べないとわからないレベルです。もう少し差をつけないといけないのかもしれません。

――従来型の茹でそば系の店舗と、味は異なるのでしょうか?

 実は、茹でそば系店舗の麺は、「そばいち」「きらく」ともほぼ一緒。前日などにあらかじめ工場で茹でて冷蔵して持ってくるか、店で調理した茹でたてを提供するか、その差だけなのですが、味に差が出るのです。

 ただし、駅そばファンの中には、茹でそばのボソボソした食感を好む方もいます。そのほうが駅そばっぽいのでしょう。つゆについても、「きらく」「そばいち」は洗練され、薄くて透き通った色で甘めにし、旨みを追求しているのですが、それよりも真っ黒で味が濃く、昔ながらの駅そばの味を好まれる方もいます。