欧州において鉄道の線路幅、すなわち軌間のバリエーションが豊かなのには、それ相応の背景があります。そしてその線路幅の違いが、国の戦略をも左右しかねないというお話。

舞台はウクライナ、ポーランド、そしてロシアです。

兵站≒鉄道網から見たロシアの脅威

 2021年12月現在、ロシア―ウクライナ国境にロシア軍10万人以上が集結しているといわれ、緊張が高まっています。具体的には約100個大隊戦術グループ(BTG:ロシア軍の戦闘編成単位)の規模で、戦車が約1000両とされます。SNSには戦車や装甲車、砲兵だけでなく、補給部隊や工兵隊も鉄道輸送される動画が投稿され、雪解けが始まる春の前にいよいよ侵攻か、などといった見方もあるようです。

 またポーランドもロシアと密接な関係のべラルーシと国境を接し、ロシアから軍事的圧力を受けており、アメリカからM1「エイブラムス」戦車を購入し、自国内でNATOの演習を行い、緊張感を高めています。

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貨車に積載されたロシア軍の車両。車幅ぴったりと平台貨車に収まっているのが分かる(画像:ロシア国防省)。

 戦車大国ロシアの戦車群は確かに怖いのですが、ウクライナとポーランドではロシア軍の侵攻リスクがかなり違います。その理由のひとつとして、鉄道のゲージ(レール幅:軌間)に注目してみましょう。産業革命以来、世界史にも影響を及ぼした鉄道のゲージ問題ですが、21世紀の中欧安全保障にもまだ影響を残しています。

 ロシア軍の兵站線(戦場において物資の輸送・供給などを行うため確保される物流連絡路)は、現在でも鉄道頼りです。ユニークな鉄道旅団という部隊も10個、存在します。

鉄道の警備、建設、保守を担い民間から提供された車輌を運用することもできる、ロジスティックの専門部隊です。

その差は鉄道の線路幅にあり? ウクライナとポーランド ロシアの脅威度が段違いなワケ

兵站駅に集結したBMP-1歩兵戦闘車。右上では車両が専用プラットフォームを使って貨物列車最後尾から乗り込んでいる(画像:ロシア国防省)。

 そしてロシア国内ではその鉄道旅団を介し、工場から陸軍補給倉庫、軍管区から師団、旅団レベルまでを鉄道で結びつける体制が構築されています。主要兵站駅には、戦車や車輌が貨車に自走して乗降できるプラットフォームなど、専門の施設も用意されています。ウクライナ国境に集結した兵力の兵站線も鉄道が担っており、動画もよく投稿されています。

欧州における鉄道の線路幅がバラバラであることの影響

 ロシア鉄道のゲージ(線路幅)はいわゆる標準軌(1435mm)よりも幅の広い広軌(1520mmまたは1524mm)で、ヨーロッパでは旧ソビエト連邦内とフィンランドでしか使われていません。スペインも広軌ですが、ゲージのサイズがロシアとは違います。

 このゲージの違いが、ロシア軍の作戦行動に大きく影響します。バルト三国、ウクライナを含む旧ソビエト連邦内なら広軌で統一されており、鉄道でスムーズな兵站線が引けます。一方ポーランドには、ロシアからウクライナのキエフを経由して南部のクラクフまで、1本だけ広軌の鉄道が通っていますが、ほかは標準軌であり兵站線を連続できません。

 ゲージが違えば鉄道を使った兵站線はそのまま連続することができず、積み替えかゲージの変更(いわゆる改軌)工事を行わなければなりません。

台車交換や軌間を変更できるフリーゲージ方式もありますが、しかし結節点には設備が必要でスムーズな物流を妨げますし、ロシアの貨物列車はほとんど対応していません。

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連結された平台貨車の上を地上から誘導されてそろそろと進むBMP-1歩兵戦闘車。落下したら大ごとで慎重に運転しなければならない(画像:ロシア国防省)。

 積み替えることは単純な話ではありません。というのも、戦車、装甲車、車輌などの大物から、弾薬、燃料などの危険物、食料、機械部品から医薬品、被服に至るまで多種多様の大量の荷物を扱わなければならないからです。積み替え中継点ではそれらの荷下ろし、受取、仕分け、再梱包、適切な保管と管理も必要です。敵の攻撃やゲリラ襲撃も警戒しなければなりません。兵站中継点は、敵にしてみれば狙い所に違いないからです

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燃料が無くては、戦車は動けない。タンクローリーから給油されるT-72戦車。タンクローリーも鉄道で前線まで移動してくることが多い(画像:ロシア国防省)。

 ゲージの違いで、WW2独ソ戦のドイツ軍も苦労しました。鉄道のおかげで守るに易く攻めるに難い環境なのですが、ロシアが軍事的理由から広軌を選択したというわけではなさそうです。

ロシアで敷設が始まった1830年代当時は広軌優位論が盛んであり、他国との連結はあまり考慮されていませんでした。広大なロシアでは標準軌より広軌の方が、輸送力が大きく有利と当時は考えられており、これが理由のようです。

トラックを使えばいいじゃない…とはいかない理由は?

 トラックも頼りになりません。ロシア軍の旅団には2個トラック大隊があり、150台の貨物トラック、50台のトレーラー、260台の特殊トラックが定数になっています。ロシアの旅団編制はアメリカなど西側とは違うので単純な比較はできませんが、砲兵火力を重視した内容で、戦車や装甲車の数はアメリカの旅団戦闘団(BCT)の4分の3、しかし砲兵は3倍、防空部隊も2倍です。航空優勢はアメリカ軍に取られることを念頭に、支援火力は自前で持ち、防空力を強化する編制になっているのです。

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ロシア陸軍は多連装ロケット砲などを多用して砲兵火力は充実している。一斉射撃するBM-27「ウラガン」、最大16発を20秒で撃ち尽くす(画像:ロシア国防省)。

 多連装ロケット砲大隊を含む砲兵は、短期集中で大火力を投射できますが大量の弾薬を一挙に消費します。この砲兵部隊に弾薬を完全に補給するのには、56台から90台の貨物トラックが必要になるとされます。しかし150台しかないトラックの半数を、砲兵部隊の弾運びのためだけに割くなど不可能です。

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ロケット弾を打ち尽くすのはあっという間だが、嵩張るロケット弾を前線まで輸送するのは大ごとだ。
BM-27に補給する9T452弾薬運搬車(画像:ロシア国防省)。

 この兵站線の特徴からロシア軍は、旧ソビエト連邦領域内で「積極的防衛作戦」は行えますが、領域外で持続的な作戦行動を行う能力は限定的です。鉄道による兵站線が引けるかどうかのゲージの違いが、ポーランドとウクライナの安全保障上のリスクに違いを生んでいるといえます。しかしロシアがウクライナを抑えればまた状況は変わります。キエフ経由の広軌が利用でき、ポーランドのリスクは格段に高まります。

 国境付近に集結した兵力を数えるだけではなく、軍用列車を観察することでロシア軍がどう動くつもりなのか占うことができます。SNSに投稿される鉄道で運ばれる戦車の動画は「ミリ鉄」「撮り鉄」趣味どころではありません。中欧の人たちにとっては死活問題なのです。

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