路線バスが全国で縮小していくなか、静岡県湖西市で、企業の送迎バスを路線バスのように活用する「企業シャトルBaaS」の実証実験が断続的に行われています。乗車しながら、この取り組みの背景を探りました。
人口減少や運転手不足などを背景に、路線バスが全国で縮小しています。一方、郊外に工場などが多い街の駅前では「送迎バスは次から次に来るものの、乗車できるバスはなかなかない」ということもしばしば。では、その送迎バスに、路線バスの役割をお願いしてみよう、という日本初の取り組みが、2022年1月まで静岡県湖西市で行われました(コロナの影響で1月25日をもって中断)。
交通・移動を改善する「MaaS」(マース)をもじった「企業シャトルBaaS(バース)」(以下「BaaS」)と題したこの実験は、事前登録の上で前日までの予約(LINE公式アカウントか電話)によって、企業の送迎バスに乗車できるというものです。
鷲津駅に発着するBaaS車両。ふだんはデンソーの子会社、浜名湖電装の送迎バス(宮武和多哉撮影)。
社員の通勤のために企業が仕立てた送迎バスは、路線バス車両を使用していても、ナンバープレートは自家用の“白”です。基本的に関係者以外の乗車はできません。
今回は、その運行管理者を市長にして、湖西市の責任を明確にしたうえで届出を行い、関係者以外の有償での乗車を実現しました。また法律上の枠組としては、道路運送法上の「市町村運営有償運送」から「公共交通空白地域」の項(過疎地で自治体・NPOが輸送を行う際によく適用される)を適用し、既存の移動手段が少ない地域での交通機関として認可を受けています。
2か月強の予定で行われている実証実験では、JR新所原駅に接続する「デンソー湖西製作所」「プライムアースEVエナジー」、JR鷲津駅に接続する「浜名湖電装」「ソニーグローバルマニュファクチャリング&オペレーションズ」の送迎バスに乗車可能となっています。各社とも交代制の従業員の通勤や、拠点間の人員移動などもあるため日中も送迎バスを運行しており、そのなか平日のみ3~4往復を乗車可能な便として設定。
また「ソニー湖西サイト便」では工場から500mほど先の笠子公会堂まで、「浜名湖電装便」では終点・鷲津駅から200m先の遠鉄ストアまで延長運転を行うなど、社員送迎に差し障りない範囲で利便性の向上を図っています。こうした場合は、ガソリン代など距離分の必要経費を湖西市から企業側に支払うのだそうです。
低コストで市民の足確保湖西市によると、運行にあたって準備したものは、送迎バスの車体に貼る「BaaS」と書かれたマグネットステッカー、アスファルトにスタンプを押すように施工する乗り場表示、そして予約を各社のドライバーに伝達する「MONET Technologies(モネ・テクノロジーズ)」の配車システムなどで、通常の路線バスを開設したり増便したりするより、ずっと低コストだといいます。
社会実験は順調に進み、多い区間では、運行10日間で約70~80人が利用しているとのこと。なお運賃は現金ではなく、今のところ専用の回数券での支払い。将来的にはアプリ決済を視野に入れているそうです。
クルマ関連城下町ならではの「BaaS」

車内に貼り付けられた社員・関係者用のBaaS告知(宮武和多哉撮影)。
静岡県の最西部に位置する人口約6万人の湖西市は、トヨタグループの創業者・豊田佐吉の故郷としても知られ、自動車部品・電子部品などの工場が立ち並んでいます。国道1号、301号を中心に幹線道路の整備が進み、自動車の製造現場が身近ということもあって、“クルマ社会“化が早くから進んだ地域でもあります。
いまでも移動手段の7割を自家用車が占めるという湖西市ですが、高齢化が進み運転に注意を伴う人々も多く、また農作業を次世代に受け継いだ人々など、仕事上での運転を必要としない人々も出てきました。しかし湖西市の路線バス網は静岡県内でもかなり散々たるもので、かつて遠鉄バス・国鉄バス(JRバス)が頻繁に運行していたバス路線は平成初期に相次いで廃止、2021年には遠鉄バス最後の1路線も撤退しています。
代替手段として整備されているコミュニティバス「コーちゃんバス」はほとんどの路線で1日3、4本ほど。かつ、朝晩の子供の通学に合わせて運行している場合も多く、買い物や通院が必要な時間にはバスがなく、増発しようにも運転する人手も足りないというミスマッチも起きていました。
そうしたなで、朝方には駅前に何台も列をなす送迎バスの活用は、「企業城下町」とも言える湖西市ならではのアイデアと言えるでしょう。
「乗りものの提供」だけじゃない湖西市の工夫「BaaS」の各路線は、午前中の9時台~11時台など、コーちゃんバスの路線を補完するように設定されています。また企業とっても、昼間の利用は少なく、バスの有効活用が課題となっていました。バスを増発する余裕がない自治体、送迎バスというリソースが空いている市内の企業、通院などの用事に乗車するバスがない地域の人々、この3つの課題を一挙に解決しようとしたのです。
実証実験は2020年から断続的に続けられており、沿線の医療機関や薬局、スーパーと提携した健康相談や割引券配布なども行われ、利用のきっかけ作りにもなっているそうです。各地域の町内会では高齢者どうしで利用を呼びかけ、「BaaSで出かけてスーパーや郵便局に寄ったあと、近くの喫茶店で一息ついて、帰りは『コーちゃんバス」で、といった使い方の発見にも一役買っているといいます。
全国的に、高齢者のあいだでは「何十年とバス乗ったことがない」人も多く、バス事業者が「乗り方教室」を開催する例もあります。そうしたなか湖西市では、近所の口コミで自然に「ちょっと使ってみようか」という流れが広がっているように見えました。

「コーちゃんバス」の車両(宮武和多哉撮影)。
ただ「BaaS」の本分はあくまでも送迎バスで、企業の関係者が優先です。
ちなみに、送迎バスのドライバーも高齢の方が多く、配車システムのアプリ操作に戸惑うなどの問題もあったそう。そこは「紙ベースで翌日の予定をプリントアウト」というアナログな方法で解決をみたそうです。最新技術にこだわらない、現地にあった運用システムのすり合わせも行われています。
実は他地域でもアイデアはあった「送迎バスを路線バスに」なお、「企業送迎バスを路線バスのように使う」というプランは、神戸製鋼所の製鉄所がある兵庫県加古川市などでも検討されましたが、送迎バス(特定輸送)への一般客乗車という“法の壁”から実現していません。委託を受けているのが地元の路線バス事業者とその車両(神姫バス)ということもあって、将来的には検討されるのかもしれません。
また富山県黒部市の「YKK AP黒部製造所」のように、自治体やバス事業者と協業のうえで、工場関係者は社員証で乗車できるシステムを取り入れつつ、送迎バスの「一般路線バス化」を図ったケースもあります。
「送迎バスに一般客が混乗」という形態は、送迎バスを仕立てる体力を持つ企業の存在も必須となります。「BaaS」の全国展開には、クリアしなければいけない問題もまだまだありますが、バス不足・移動手段不足を補う選択肢の一つとして、定着するかが注目されます。
※一部修正しました(2月8日10時11分)。